第5話 【3分で読める1414文字】

 季節は変わり目。雪風(ヴィンター)の頃。


 寒さを凌ぐために厚手に作られたエプロンで手を拭うとコレーグは輪状にしたいくつかのパン生地を、油が入った大樽に放り込んだ。


 コレーグとは『トリア』に新しく入った店員の名だ。働きはじめてまだ一か月ほどだがハツラツとした印象を抱かせる青髪の少女である。


 彼女は油の中で戯れるパン生地をしり目に平皿を用意していると、ほんの数秒でドーナツの体積は二倍に膨れ上がり、遊び足りない黄褐色の浮き輪のようにギラギラと湯船に浮いている。



 ナッツなどを散りばめるのはあとにするようで、彼女はいくつも積まれたパンくず塗れのプレートを器用に避け、ボウルに放り込んで砂糖衣をドーナツに纏わせる。


 そのままパラフィン紙を「カサカサ」と音を立てて口を開かせ、揚げ立てのそれを滑り込ませた。


 シナモン・少し冷やしたナッツ片・砕いたチョコを上からまぶして、「アチチッ、アチチチッ」と言いながら彼女は出来立てのドーナツを平皿に次々と並べていく。



 ジガンテが使う業務用ミキサーの駆動音。


 ソーシオが打鍵したレジがスライドしながら音を立てて開いた。



 その日はいつものように牙獣族の女性客が来店し、いつも頼んでいるサンドイッチをテイクアウトしようとしたその時―― 彼女が急に倒れたのだ。



 ジガンテが傍に寄って彼女の状況を確認する。

 頬は赤く、身体も熱い。首元には発疹が出ている。


 服のポケットからはいくつかの錠剤が出てきた。それを見てジガンテは――。



「これは『亜熱病(チプロー)』だな。亜人によく起こる病気だ。大方、季節の変わり目に身体が対応しきれなかったんだろう。牙獣族は本来は湿地帯に住んでる種族だからな。店の奥に運んで身体を冷やせば大丈夫だろう」


 慌てた人々でごった返した店内は彼女の身を案じる者たちの心配と不安の表情で満ちていたが、彼の発言を耳にした客たちは胸をなで下ろして安堵した。


 たしか彼女は店員との会話の中で「この国に来たばかりで仕事にも慣れていないから頑張らないと」と口にしていた。


 日々のストレスなども重なった結果なのだろう、と眺めていたジャンブもそう結論付けた。



 すると――。



「待って…… 少し俺にも見せてくれないか?」


 奥の角席から屯する人々の合間を縫って足を引きずり出てきたのはたまたま来店していた元軍人の男だった。


 今日は酔ってはいない様子の元軍人―― 彼は倒れた牙獣人の女性に近づくと、錠剤と首元の発疹を何度も見比べた。



「どうしたんだ?」とジガンテが一つ尋ねる。


「この発疹の形…… これは『亜熱病』じゃない。おそらく『火ノ粉病(イースクラ)』だ」


「…………なぜそう思うんだ?」


「発疹の形を見ろ。『亜熱病』の発疹は斑のはずだけど、汗に混じってわずかに湿ってる。水泡が出てる証拠だ。それに胸に近づくにつれてビラン状に広がってる。これは『火ノ粉病』の症状だ。たぶん、掛かり付けの医者が藪だったんだろうさ。こんなの見習医でも見分けがつく程度のはず。だのに処方された錠剤は病状を悪化させるモノばかり」


「じゃあ、どうするべきだ?」


「冷やすのは逆効果だ。店の奥の暖炉で身体を少しずつ温めてあげて。塩漬けの肉を

食べさせると効果がある。あとは水泡と汗で失った水分を取り戻すだけ。コップ一杯に一つまみ程の塩と砂糖を入れて飲ませれば多少は落ち着くと思う。あとは医者を変えることだ」


「わかった。すまない…… 助かった」


「…………いや、別に」



 それからさらに二か月が経った。

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