第7話 【3分で読める1501文字】
季節は移ってすっかり日差しの強くなった衛星夏(スプートニクサマー)の頃。
大通りを歩いていた小さな娘が少し高い位置にある窓から店内を覗くためにつま先立ちになり、三つ編みにした茶髪を背中で揺らしながら、ナッツアイスとベリーーシャーベットをコーンに乗せるコレーグをジッと見つめている。
コレーグもまた娘に微笑み返す。
まるでこの世の命運がかかっているかのような視線にソーシオが思わず吹き出し、カウンターで話す元軍人と亜人族の女性はそれを見て笑い話の種にした。
「あの娘はアイスが欲しいのだろうな。でも何故あんなに汗だくなんだ? 眉間にあれほど皺まで寄せて…… 怒っているのか?」と、ジャンブが呟く。
「今日は暑いからね。そのせいでイライラしてるんじゃないかな」
「たしかに暑いな。それに子供の身分でお金も持っていないからアイスが買えずに憤っているのかも」
「そうだね~ お金がないなら、しょうがないけど観賞で我慢してもらおう」と、アミスターが彼の言葉に応えた。
「それにしても、あの二人は随分仲良くなったね。足の悪い方なんて店の隅で大人しくしてるだけだったのに。あんなに楽しそうな顔しちゃって」
「牙獣族の娘の方は尻尾があるぶん反応が分かりやすいな。ブンブン振ってるぞ」
「だね~」
「それにしても…… この店は季節ごとにメニューがガラっと変わるんだな。夏場はアイスも出すのか。ソーシオとコレーグも器用なもんだ」
「前のシーズンは芋を焼いてたのにね。なんともヘンテコだよ」
「ハハハハハ。間違いない」
牙獣族の女性はいつもと違ってサンドイッチではなく、ロッキーロード・バターカップ・ピスタチオのフレーバーを少しずつ飾った小さなセットをスプーンで掬って食べていた。
プレスして焼かれるワッフルコーンの甘ったるい香りがする。
ウエハースがパリパリと砕かれ、店主がケチって購入した薄すぎるナプキンは零れたアイスを一拭きすればすぐに使い物にならなくなった。
トッピングの中で微妙に不人気なスプリンクルの入ったタブ容器はシロップの入ったディスペンサーの隣で大人しく仏頂面で突っ立っている。
元軍人の頼むモノはいつもと変わらない。
コーヒーの匂いだ。
彼の片足には矯正器具が装着されており、以前ほど負担をかけずに歩行が出来るようになったらしい。そして、それを一番喜んでいるのは彼ではなく傍らの亜人の女性だろう。
すると、「試作品だ。味見してくれないか?」とジガンテが元軍人に差し出したのは小皿に乗ったタグ付きでショーケースにまだ並んでいないフレーバーのアイスだった。
凝りだしたらどこまでも凝るのがここの店主の長所なのやら短所なのやら。
「明るいピンク色のアイス…… 何味なの、コレ?」
「バブルガムだ。桃の風味を足した」
「…………ナニソレ?」
「食えば分かるよ。感想を聞かせてくれ」
彼女は恐るおそるスプーンでアイスを掬い、パクリと口に入れた。元軍人はしばらく味わったのちに「おいしいよ。好きだな俺は」と少し微笑みながら返す。
牙獣人の女性もスプーンで一口掬って食べて同じような感想を彼に伝えた。
そして、お互いの顔を見合って可笑しくなったのか二人とも鈴を転がしたように笑い出す。
そして。
「なるほど二人はすでに愛し合っているのかもしれないな」とジャンブは思った。
その後に二人が結婚したと店主とソーシオが話しているのを聞いた。
思えば、ある日のテラス席で「俺は幸せになるのが怖いんだ……」と弱音を吐く元軍人に対し、「でも『幸せ』とは仲良くしておいた方が良いわよ?」と牙獣人の女性が微笑みながらそう返していたのを見たことがある。
すると、元軍人は過去に自身が体験したことを訥々と語り始めた。
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