第28話 後始末はおまかせで

「荒井さん、正当防衛を軽くオーバーです。それから相変わらずファンシーでファンキーな恰好してますね。」


実は荒井さん、すごく綺麗な奥さんと、ものすごく可愛い6歳の娘がいる。

荒井さんの遺伝子はどこにあるんですか!と叫んだ後輩は、笑顔の荒井さんにボコボコにされた。その後は家族ネタは荒井さんの前では厳禁になったものの、生物の不思議についてうらやましさと共に水面下で話し合われたものだ。


娘さんの影響で荒井さん自身が可愛いもので身を固めるようになったが、町中では絶対に目を合わせたくないファンシーなムキムキ坊主にもかかわらず美人の奥さんに愛されているから、愛って素晴らしいのだなあと思う。


「俺はこいつら連れて帰るけど、お前はどうする?あいつらの落とし前もあるんだろ?」


振り向くと、恐怖に固まったまま動けない佐藤礼子と小林次郎がいた。


『そうですね。ちょっと話してから帰ります。』


ふいに荒井さんが耳元まで顔を近づけていった。


「たまにはジムにも顔だせよ、悟。」


慌てて荒井さんの顔を見ると、サムズアップと不適な笑顔を残すと、二人を軽々と両肩に載せて歩いていった。

警察にも極道の世界にも顔の広い荒井さんだから、二人の扱いについては問題ないだろう。

むしろ、あとで荒井さんに状況を説明するのが大変になりそうだ。

問題は後の二人だ。


『で、どうする?』


佐藤礼子に微笑みかけると、佐藤は後ずさり、壁に背をぶつけるとズルズルと座り込んだ。


「あんたたち、なんなのよ、なんなのよ・・」

『何なのよって、女子高生と変なオッサン。ところで、さっき私が逃げたところから今までずっと録音してるから。あんたやあのバカたちの声もばっちり押さえてあるから。今後ちょっかい出すなら、この音声、公開するよ。』


そういいながらポケットから携帯電話を取り出した。

荒井さんに電話をした後、携帯電話のレコーダー機能を起こして、ずっとオンにしておいた。

最近の携帯電話は便利なものだ。

佐藤礼子はグッと奥歯を噛みしめると、悔しそうにうつむいた。


「俺はっ!俺は、止めようと思ったんだ!あいつらが勝手に!」


声の方に目を向けると、次郎が真っ赤な顔をしながら叫んでいた。


「俺は!佐野さんが心配で助けようとしたんだ!」

『へー、あの男たちや佐藤と一緒にいて、結局何もしてくれなかったのに?』

「だって、あんな武器を出されたら何にもできないよ!」

『少なくとも私が逃げたときに警察に駆け込むこともできたよな?』

「だっ!・・あっ・・」


そうなのだ。少なくとも最初の会話で佐藤礼子や男たちが美由紀に何かしようとしていることは十分わかっていたはずだ。

それなのに一緒に追いかけてきて結局見ていただけだ。

止めようとした、なんていうのはチャンチャラおかしい。


『結局のところ、あの男たちとあんた、五十歩百歩だよ。』


次郎は更に顔を赤くし、荒い鼻息をつきながら睨んでくる。


『今後一切係るな。さっきも言ったけど、携帯の録音、ずっと続けてるから。』


右手で携帯電話を見せ、次郎を見つめる。

次の瞬間、次郎が飛び込んできて、携帯電話を奪おうとする。

その動きを予測できていた俺は、右足をそのまま前に出し、次郎の下腹部に叩きこんだ。

次郎は両ひざを地面に叩きつけるようにしゃがみ込んで呻いている。

土下座をしているようだ。


『とにかく、あんたたちが変なことをしないかぎり、この音声は公開しない。だから今後一切係るな。』


佐藤礼子も次郎も返事をしない。でもたぶん大丈夫だろう。

後ろを見ずに帰路についた。


『・・・ごめんな』


公園のベンチに座って、でも何を喋ったらいいのかわからなかった。

しばらくすると口が動いた。


「・・・怖かった・・」

『ごめん・・』


ナイフの青白い光を見たときには、身体に痺れが走って動くことができなかった。

というか、動いていたのは悟だけど、私の恐怖が身体を縛り付けた。

そして同じくらい、悟に任せていれば何とかなる、って安心している自分もいた。


悟が私を守ってくれた。

私の身体だけど、最後のキックで右足の関節が少し痛いけど。

もしも悟が私の身体の中にいなかったら、今頃私はどうなっていたんだろう。

そう考えるとゾッとする。

悟がいてくれて本当に良かった。


俺は疫病神なんだろうか。

勝手に(?)美由紀の中に居座って、美由紀を危険な目に合わせて。

今回の件は完全な八つ当たりだけど、美由紀だけだったらそもそも危険な場所についていかないだろう。

なんとかなると思って相手を挑発までして、荒井さんが間に合わなかったら、美由紀は確実に傷ついてた。

生きてるときの自分のつもりで美由紀を危険な目にあわせてしまった。

俺はやっぱり美由紀から出ていかなくちゃいけない。


たとえその先が「死」であっても。


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