第26話 危機一髪①

本当に情けない。子供っぽく拗ねてるだけだ。

それでもまったく力が抜けてしまって動けない自分がいる。

そう、動けないんだ。


美由紀が他の誰かと恋に落ちたときに、俺は邪魔になる。

俺が美由紀の人生の障害になる。いつかはそうなる可能性はわかっていたけど、

それがリアルなこととして実感できた。

たぶん本当に死ぬことになるだろうけど、いつか外へ出なくちゃな。


あまり盛り上がることもなく、それはたぶん俺のせいだけど、志保さんと志桜里ちゃんに見送られながらの帰り道、加奈子とも別れた俺たちは、それでも会話をすることなく自宅への道をトボトボ歩いていた。


何か喋らなくちゃな、と思っていると、急に美由紀の足が止まった。

意識を前に向けると、3人の人影。

美由紀に突っかかる佐藤礼子と、美由紀に振られた小林次郎。

あとの一人は知らないけど、ドレッド頭・タバコのヤニで黄色い乱杭歯に下品な笑顔と、まともじゃない定番の風貌の男。

おまけに後ろにもう一人。タンクトップ姿の坊主頭で、これまた目つきが悪い。

いずれにせよ平和なご対面じゃない。


俺は右目をウインクした。

美由紀は頷かない。何度もウインクすると、諦めたように少し頷いた。


あまりにウインクするので、自分の後ろに誰かいるのかと振り返っても誰もいないことに少し不思議な顔をしながら、佐藤が言った。


「美由紀、少しお話ししない?小林君も話があるみたいだし。」

『平和に話す雰囲気でもないよね。それにあんたの友達ってこんなにガラが悪いんだ。』


俺はゆっくりと返事しながらこの後の行動をシミュレーションする。

美由紀に傷一つ付けたくない。


「おい礼子、チンタラ喋ってんじゃねーよ。この女、拉致ればいいんだろ?』

「ちょっと、あんまりヤバいこと言わないでよ。あたしはあくまで平和的にお話ししたいだけなんだからさ。」


そういう礼子は薄ら笑いをしながら、なめるように美由紀を見ている。

どう見ても平和的お話合いじゃない。

次郎は次郎で憎しみと興奮の入り混じった目でこちらを見ている。


「近くにダチがやってるライブハウスがあるんだ。そこで話そうよ。」


どう考えても無事に帰すつもりはなさそうだ。

俺は「ハイハイ」と軽く手を上げて答えながら、タイミングを計っていた。


後ろの男が近づいてくるのを待って、2歩進んでから反転する。

慌てて掴みかかってくる男の手をすり抜け、カバンを膝の横にぶつける。

転んだ男の横をすり抜けて走り出した。


「この野郎!」


後ろからドレッドが追いかけてきた。

いや、野郎じゃないし。でも今は野郎か?

坊主頭も追いかけてくるだろう。


カバンから短棒と定期と携帯電話を取り出し、カバンを捨てる。

財布を捨てるのは辛いけど、家の住所がわかるもの以外は今は邪魔だ。


携帯電話であるところに電話をした。コール音が鳴り響く。5回目のコールで相手が出た。


『第一病院跡地!』


それだけ叫んでそのままポケットに入れる。

短棒を繋いで50㎝の棒を作った。

あとは走るだけだ。こちとら伊達に陸上部やってませんぜ。


私立第一病院は老朽化のため建て替えとなり、違う場所に土地を確保した関係で急いで取り壊す必要がない。なので閉鎖してから一月経つが、まだ工事の業者が入っていなかった。

本当は警察に飛び込んで助けを求めるのが正しいのかもしれない。

でもこういう連中はすぐに逃げて、そして蛇のようにしつこい。

だからリスクはあるがこの場でケリをつけるつもりだ。

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