第24話 苦しくて、本当に苦しくて
十二月に入ると町はクリスマス一色だ。
ショーウインドーの中のマネキンは白いボンボン付きの赤い帽子をかぶっている。
まだ雪が降る時期じゃないけど、冬っ!って感じで割と好きだ。
金曜日の昼休み。小林次郎君に呼び出された。同じクラスだけどあんまり話したことはない。
校舎の屋上。人影はまばらだ。
「あの、佐野さん、クリスマスイブの夜、空いてないかな?」
「えっ、あの、ゴメン、いつも家族で過ごすし、今年は勉強しなくちゃだし・・・」
「あっ、そうなんだ・・・でもたまには息抜きも必要だと思うんだ。ディナーでもどうかなって・・」
これはちょっと困った流れなのかな。そういうお誘いは初めてじゃないけど、なんか今回は絶対に断りたい。
「ゴメン・・」
「あの、佐野さん、もし良かったら僕と付き合ってもらないかな。」
あー、そう来ちゃったかぁ。小林君をそんな気持ちで見たことがない。
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい」
「好きな人がいるの?そうじゃなかったら軽い気持ちで付き合ってもらえないかな。」
好きな人・・・好きな人・・・いないっていうのは簡単だけど、やっぱり言えなかった。
「・・・いるよ。だからゴメン。」
「誰?」
話を被せるように小林君が聞いてきた。
「誰でもいいじゃない。本当にごめんなさい。」
しばらく足元を見たまま動かなかった小林君は、
「諦めないよ。」
そうつぶやくと怒ったように教室へ戻っていった。
疲れた・・・。
さすがにこれはきつい。
美由紀に好きな人がいるっていうのを一番近いところで聞かされるとは・・
もしかして、なんて妄想もしたけど、身体がない俺が候補に挙がるわけもないし。
美由紀が誰かに対してアプローチしたことは無かったけど、きっと俺がいるから何もできなかったんだろう。
きついなぁ。胸は無いけど胸が痛い。
やっぱり美由紀のためにも俺は消えたほうがいいんだろうなぁ。
『なあ、美由紀』
「ん?なに?」
『次郎ん時さ・・』
「ああ、あれね」
『来年のクリスマスなんてもう絶対大変だから、今年くらいは少し遊んでもいいんじゃないか?』
最近は声を落として喋っても、英語のリーディングだっていう言い訳が使えるので、部屋の中で会話をしている。
『ほらお前、好きなやつがいるっていっただろ。お前って結構見栄えがいいしさ、試しに告ってみるのもありかなって。うまくいくかもよ。』
黙っていようかと思ってたけど、どうしても聞いて見たかった。
そして『あれは断るための口実。そんな人いないよ。』っていう美由紀の返事を聞きたかった。情けないことをしている自覚はあるんだけど。
鉛筆の動きが止まった。
『美由紀?』
美由紀は何も答えないまま、過去問に目を落とし、勉強を再開する。
でもちっとも集中できていないことがわかる。
そして乱暴にノートと参考書を閉じると、
「寝る。」
ボソッと言って布団にもぐりこんだ。
時間が経っても美由紀が寝る様子はない。
そして何故か泣いている。
俺は何も言えないまま、美由紀の中でじっとしていた。
どうしようもなく腹が立っていた。
そして切なかった。
悟に告白を勧められたとき、胸の中がねじ切れるくらい苦しくなった。
そんなことを言う悟にも腹が立った。
そして気が付いた。
悟に言われたからだ。
悟が他の人と付き合えばって言ったから苦しいんだ。
小林君に『好きな人いるの?』って聞かれたときに、断る言い訳だけじゃなくて、『いるよ』って言いたかったんだ。きっと私の中の人に聞かせたかったんだ。
私、悟のことが好きだ。やっと自分で認めることができた。
悟は私のことなんて何とも思っていない。それに自分の身体を持たずに私の中にいる。
そんな悟に私の気持ちを伝えるわけにはいかない。
どうしようもなくて、切なくて、涙が止まらない。
だめだ、泣くな、泣くな私!
それでもどうしようもなく涙を止めることはできなかった。
泣いてることは悟にバレバレだったけど、止めることもできず、そして私はそのまま泣きつかれて寝てしまった。
あれから、クリスマスを過ぎても、師走になっても悟とはほとんど喋っていない。悟も積極的に話してはこない。
勉強に集中しているふりはするものの、あまり頭に入ってこない。
そんなことも悟にはわかってしまうのだろうか。
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