第22話 先へすすまなくちゃ

小さい子の体力にはついていけない。走り回ったら足がガタガタだ。

志桜里ちゃんは4ツ葉のクローバーを探している。しばしの休息を頂戴した。


「今日はありがとうございます。志桜里もとても喜んで。昨日の夜から興奮してちっとも寝てくれなくて。」

「いえいえ、今日は天気もいいし、気持ちいいです。それに食事までご馳走になっちゃってすいません。」


志保さんの作ったサンドイッチは本当においしい。卵サンドの塩加減なんて最高だ。


「実は私も張り切っちゃって。」


私が褒めると、志保さんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。

その笑顔に少し陰りが見えたのはおしゃべりの後、会話が途切れた時だった。


「実は美由紀さんにお願いがあるんです。」


そう切り出した志保さんの顔は少し困った顔をしていた。


「実は寺島さんを撥ねたトラックの運転手さんが志桜里にも謝りたいって、警察から連絡があって。美由紀さんにもお会いしたから断りづらくて、またこの前の公園で会うことになったんです。でも今度は男の人だし。主人にも相談したんですが、あいにく主人は外せない仕事があって。勝手に決めたって怒られちゃったし。それで美由紀さんに一緒にいてもらえないかと思って・・・」


志保さん一家はご主人の転勤でこの町にきて、親類関係が近くにいないらしい。


「いいですよ。その日は用事もないし。」

「ありがとうございます。ほんとにありがとうございます。」


体力の回復を待って志桜里ちゃんと鬼ごっこをした。

今度は足の筋肉痛に悩まされそう。


俺を撥ねた運転手との面会の日。

美由紀には大き目なバッグを持たせて、その中にオリシを入れてもらった。

美由紀はそんな物騒なもの、必要ないって言われたんだけど、相手は男だ。

一応武器を持っていく。まあナイフとか拳銃じゃないから職質されても(されないだろうけど)言い逃れができるし、軽いから運ぶのは大変じゃないし。

一応、一応。

志桜里ちゃんに見破られる可能性が高いので、今日の俺は静かに、美由紀に任せることにする。


公園で志保さんと志桜里ちゃんに合流した10分後、トラックの運転手が現れた。

へー、こういう人だったのか。

三〇才ちょっと前くらい?割と若い。でもあまり身ぎれいにはしていない。なにより顔色が悪く、目の下にクマがある。


男は志桜里ちゃんを見つめたまま動かなくなった。


「あの・・・ご迷惑をかけたのはこちらですし、志桜里に謝っていただかなくても・・」


志保さんがそう切り出した。あまりいい雰囲気ではないので、早々に別れるに限る。

男が絞り出すように言葉を吐いた。


「・・・・お前のせいだ・・・お前のせいだ・・俺は悪くないのに、会社をクビになった・・・お前が悪いんだ・・」


ヤバい!これはアウトだ!謝罪に来たんじゃない。恨みを晴らしにきたんだ!

志保さんが志桜里ちゃんを抱きかかえたまま動けなくなった。

美由紀、チェンジ!俺は合図を送って志保さんと志保理ちゃんの前に出ると、カバンからオリシを出して男と向き合った。


「・・・俺は人を殺しちまった・・・あれから毎晩あの学生を跳ね飛ばした夢を見るんだ・・・毎晩毎晩・・・そのたびに俺は目を覚ましてガタガタ震えてる・・・俺が何をしたっていうんだ。みんなが俺を人殺しだって目で見るんだ!俺が何をした!俺は、俺は・・・」


そう叫ぶと男は頭を抱えてうずくまり、叫ぶように泣き出した。

そうか、この人は恨みを晴らしたいんじゃない。結果的に人を死なせてしまった罪の意識でがんじがらめになってるだけなんだ。


俺はオリシを置き、男の頭を包み込むように抱きかかえた。


『大丈夫だよ。あんたは悪くない。結果的に人を撥ねたけど、あれはしょうがなかった。あんたは悪くない』


俺を拒絶はしないものの、男が泣き止むことはなかった。

しょうがない。最終手段だ。


『だいたい俺、死んでないし。』


男がピタッと泣き止むのをやめ、顔を上げた。おっと距離が近いぜ。


『俺、あんたに撥ねられた高校生。肉体は死んだんだろうけど、意識はこの女の中で生きてる。信じないだろうけど、俺自身理解できないけど、確かに俺、今この女の中で生きてるんだぜ。』


男はキョトンとした顔でまじまじと俺の顔を見ている。

まあ信じられないよな。


『美由紀、挨拶しろ』

「あんたね、何この乱暴な展開。あっ、佐野美由紀と言います。私もあの時現場にいまして、寺島君に強烈な頭突きを食らいました。」

「あんた・・・あの時の・・」

「ええ、もう怪我はすっかり。でもその時から何故か寺島君が私のなかにおりまして・・・

信じられないですよね、こんな話」


とその時、後ろから声が聞こえた。


「ほらママ、あたしの言った通りでしょ!」

「志桜里・・」


志桜里ちゃんだ。振り向くと呆然としている志保さんと勝ち誇ったように胸を張る志桜里ちゃんの姿があった。


「お姉ちゃんとお兄ちゃん、一人の中に二人いるんだよ。あたしの言った通りでしょ!」

「そんな・・」

俺は志保さんと男、二人に伝わるように言った。


『信じられないと思うけど、撥ねられたときに美由紀とぶつかって、目が覚めたら美由紀の中にいたんです。これを生きてるかって言われると微妙だけど、とにかく俺は元気ですから。撥ねられた俺が言うんです。気に病まないでください。お願いします。』

最後は男に向かって頭を下げた。


納得できたのかできないのかはわからないけど、さすがに毒気を抜かれたようで男は謝りながら帰っていった。少しだけだけど顔の険が取れたようでホッとした。

男にもお願いしたけど、志保さんと志桜里ちゃんにも口止めをした。

さすがに志保さんにはもう少し詳しく説明したけど。

志桜里ちゃんからは口止め料としてまた一緒に遊ぶことを約束させられた。

それで済むならお安いもんだ。

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