第18話 故郷は近くにありて想うもの

その夜。寝るときに悟が言った。


『なあ美由紀、行きたいところがあるんだけど、お願いできないか?』

「どこ?」

『俺の家と、道場と、俺が助けた女の子のところ』


悟の家はわかるとして、道場って?


『俺さ、カリっていう武術を習っててさ。そこの師範には本当にお世話になったんだ。だから遠くからだけでも挨拶したくってさ。』


カリ。初めて聞く名前だけど、そういえば悟って武術やってるって聞いたんだよね。

スマホで検索してみた。

フィリピンの国技の武道。素手や棒、ナイフ、紐などを使う武術。実践的でブルースリーもやっていたと。


「へえ、なんかすごそう。でも私はやらないからね。」

『やれとは言わないよ。それに女性の身体だと昔の動きなんてできないよ。』

「女の子、心配?」


私は苦手な戦い事の話から話題を変えた。


『無事だってのは聞いたけど、できればこの目で確認して、自分がこうなったことを納得させたい。ちゃんといいことをしたって思いたい。』

「そうか、そうだよね。じゃあ今度の休みから順番に行ってみましょうか。」


コンビニ横の路地を曲がると、俺の家が見えてきた。

あれから・・3か月くらい経つか。道から垣根越しに覗き込むと、おふくろが花に水をやっていた。痩せたな。目の下にもうっすらくまが出来てる。


「あら、あなたは」


おふくろが顔を上げて俺に気が付いた。今日はお願いして駅からずっとこの身体を使わせてもらっている。

『あっ、佐野美由紀です。入院中はお見舞いに来ていただいてありがとうございました。』


おふくろは毎日のように美由紀のお見舞いのために病院に来ていた。


「ああっ、美由紀さん、ありがとう!来てくれたの?あがって!」


辛いけど無理して笑っている。そんな感じだ。

俺は拒否できないまま元自宅の居間に上がった。


「この度はうちの悟が本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。お身体はもう大丈夫ですか?」


おふくろが俺に向かって深々と頭を下げる。


「いえもう本当に大丈夫ですから。それよりも悟君にお線香をあげさせてもらえませんか?」


久しぶりにあがる自宅は、以前に比べて少し煤けてみえた。

久しぶりのせいか、身体が違うせいか、いままで感じなかった匂いもある。


居間の横の座敷に仏壇があるらしい。

俺は俺の写真と位牌にお線香をあげた。世界で俺だけじゃねえか?こんな経験するの。

それからおふくろは俺の思いでを俺に話した。全部知ってることだけど。

少し目に光るものがある。それを見たときは切なかった。

それから、俺が荒れてた時の話をするのは勘弁してほしい。


そうこうしているうちに玄関が空き、弟の茂が帰ってきた。

「茂、悟のときに巻き込まれて怪我をされた佐野美由紀さん。お線香をあげに来てくれたのよ。」


おふくろが茂にそう言うも、茂はおふくろに返事もせず、俺に向かって嘲るように言った。


「なんだよ、巻き込まれて可哀そうなあたしってか?それとも賠償金でもくださいってか?」

「茂!」


おふくろが叱責するも、茂は顔を背け、二階の自分の部屋に大きな音を立てて入ってしまった。


「ごめんなさいね美由紀さん、あの子、悟が亡くなってからあんな調子で。悟のこと大好きだったから。」


わかる。確かに仲のいい兄弟だった。やるせなさをどこにぶつければいいかわからないんだろう。


「お母さん、ちょっとごめんなさい。」


俺はおふくろに断ると、二階にあがり、茂の部屋に入った。


「なんだよ、勝手に入ってくんじゃねーよ!」


もともとそんなに気の強いほうじゃない。乱暴な口をきいても、戸惑っている。


『荒れてるねぇ。気持ちはわからないでもないけど、おふくろにそれをぶつけてもしょうがないんじゃない?』

「あんたには関係ない!だいたいあんただって兄貴に怪我させられた被害者じゃないか!」

『でも誰も悪い人はいない。お、いや悟は小さな子を助けただけ。悲しいのはしょうがないけど、それをのみ込むしかねーだろ。お前が小さいころ親父が死んで、悟がもういないんだから、お前がこの家とおふくろを守るしかねーだろ。ふんばれよ。』


茂は俺の顔を見、そして畳を見つめてしばらくした後、絞り出すように言った。


「・・・だいたい兄貴はバカだよ。知らない女の子を助けったって、どこの誰だか知らない子だろ?それで自分が死んじまうなんて、バカだよ。」

『そうだな、バカだ。でもきっと後悔はしてないと思うよ。』

「なんであんたにわかるんだよ。」

『・・・たぶんね、なんとなく』


そのまま茂は顔を伏せたまま動かなくなった。

俺はそのまま部屋を出た。

心配そうに下から二階を見上げていたおふくろに声をかける。


『もう失礼します。またお線香をあげに来てもいいですか?』

「あっ・・はい。いつでもどうぞ。」


俺は靴を履き、お辞儀をして玄関を開ける。

後ろからおふくろの小さな声が聞こえた。


「ありがとうございます。ありがとうございます。」


俺はそっと扉を閉めた。

しばらくして美由紀が声を出した。


「茂君への口調、完全に男だったよね。」

『・・・すまん』

「今日はいいよ」

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