浄化の力
「ウルフ!」
「ゔっ……る、う……?」
亡者のウルフが歩みを止め、ルウの名前を呼んだ気がした。
瞬間、ルウから不気味な赤い輝きが迸る。
「ごめんなさい……ルウのせいで、ウルフはこんな姿に……」
「ゔっ……ヴァぁぁぁぁぁ!」
赤い輝きを受けて、ウルフが頭を抱えて蹲った。
苦しんでいるらしい。そんなウルフの頭へ、ルウはそっと手を添える。
「さようならウルフ。貴方と一緒に、外の世界が見たかった……」
「……」
ルウから発せられる輝きが、眩しい白色に変わった。
輝きを浴びたウルフが一瞬で燃え尽きたかのように色を失う。
そして灰となってなって崩れ去っていった。
「な、なんだ、今のは……?」
唖然とする俺の前でルウがグラリと倒れ出す。
慌てて飛び出し、なんとかルウを抱き止めることに成功した。
どうやら眠っているだけらしい。
城に群がっていた亡者達が撤退してゆくのだった。
●●●
大勝利とは言えない状況だった。
城は多数の死傷者で溢れ返っている。
城自体も、もう何度も亡者の攻撃に耐えられそうも無いほど、破損してしまっている。
「大丈夫ですよ、すぐに治しますからね!」
「あ、ありがとうございます。聖光の魔術師様……」
シグリッドは率先して傷病者の治癒に当たっていた。
「行きますわよ!」
「うん! そーれっ!!」
レオヴィルとドレも兵に混じって、城の修復に従事している。
俺もできることをしようと一歩を踏み出した時のこと。
後ろはルウの侍女が声をかけてくる。
「アルビス様、王がお呼びです。至急ご同行願います」
「分かりました」
あまり良い話では無いんだろう。
俺は侍女に続いて城の地下へと降りてゆく。
不気味な階段の先には、禍々しい扉があった。
そして扉の先にあった光景に息を飲む。
部屋中には呪術的な器具が満載されていた。
きっとその全てが、部屋の中心に設置された円筒の中に浮かぶ"ルウ"のために存在しているのだろう。
「白銀の騎士団アルビス、よく来てくれた」
円筒の前にいた西の果ての国の王が、声を掛けてくる。
「まずは礼を言わせてくれ。ルウやこの城をウルフの手から守ってくれてありがとう」
「いえ……ところで、ご用件は依頼の件でしょうか?」
「うむ。この機会に、君にはことの重要性を認識して貰おうと思う。ご覧の通り、我が国に残された猶予は少ないからな」
西の果ての国の王は、この国の成り立ちから話し始めた。
●●●
西の果ての国は最も活躍をした、建国英雄の一人が作った国だ。
そして最も広大で、力を持つ国である。
どうして西の果ての国が、広大なる大陸随一の国となったのか……その理由は、この国の北方に"魔王"を封じた土地があるからだった。
魔王と言っても、特定の魔物や人物が封印されている訳では無い。
移民運動に反対した、原住民達の魔力や怨念がより集まってできた、禍々しい力の根源のことを魔王と指しているのだ。
これを浴びると、元々大陸に存在していた獣は、魔物となり、人は亡者と化して、民の命を奪うという。
だから西の果ての国は、この"魔王"を封じるべく、力を付け、結果最大の国力を誇るようになったのだった。
●●●
「しかし、ここ最近魔王の動きに活発化が見られた。通常の力では対処し切れなくなった。そこで我々は、このような事態を想定し、生み出した"魔滅の巫女"を使用することとした」
「生み出したって、もしかしてルウは……?」
「魔王を消滅させるために、我らが作成したホムンクルスだ」
ホムンクルスとは、まことしやかに囁かれていた、魔道士共が作成した"人造人間"のことだ
俺自身、ホムンクルスなんて存在はただの噂話と思っていた。
だけどルウの現状や、さっき亡者のウルフを鎮め、消滅させた様子から、その存在を信じぜざるを得ない。
「ルウこそ希望の光であり、我が国のひいては大陸全土の未来がかかっている存在なのだ」
「……色々と分かりました。だけど、もう一つ教えてください。貴方達は、一体このルウに何をさせる気なんですか?」
「それは……」
やはり王はまだ何かを隠している。
いったい、この小さなルウに、この人たちは何をさせるつもりなのだろうか。
「王様、ルウから話す」
突然、円筒からルウの声が響いてきた。
ルウは円筒の中から俺を見下ろしていた。
その目は出会った頃と同じように、人形のようだった。
「ルウは、ルウの存在をかけて魔王を消滅させる。それがルウの生まれた意味。ここにいる意味……」
「存在をかけてって……ルウ、お前!?」
「仕方ない。ルウが生まれた時から、ルウの命の使い方は決まってた。これも全部、民のため。大勢の人の安らぎのため。これがルウの願い」
「……」
「ルウの願いを叶えるために、アルビス、手伝って! もうジャガナートも、ウルフも、レギンも居ない。だから誰もルウを魔王のところまで連れてけない。だから、お願いっ!」
ルウの言葉が胸に突き刺さる。
誰かに強制されたわけでも無いルウ自身の言葉を受け、俺は依頼を承諾するのだった。
●●●
「ウルフ……今なら、お前の気持ちがわかるような気がするよ」
俺は僅かに残ったウルフの灰へそう語りかけた
小さなルウに背負わされた世界を救うという大役。
運命を受け入れたように振る舞っているくせに、実は別の願いを持っているのは、この短い間の交流でもよく理解できた。
そしてそんなあの子をかつて見守り、家族のように接していた聖騎士達。
きっと彼らは今の俺と同じく、ルウの宿命に胸を痛めていたのだろう。
だから亡者になってまでも、ここへ帰ってきた。
ルウを、重い宿命から救い出すために……。
たまたまとはいえ俺はルウに課せられた宿命を知ってしまった。
そして彼女をその宿命へ向かわせる先導役を引き受けてしまった。
俺がルウにしてやれる最良の選択。それは……
「お兄ちゃん?」
振り返るとシグリッドがいた。
俺は彼女をギュッと抱きしめる。
「いきなりどうしたの? なんかあった?」
「シグリッド成分の補給」
「そっかぁ! えへへ……どうぞたっぷり補給してね?」
「するする」
「も、もっと、深く補給しても良いんだからね……?」
シグリッドの明るい声に、気持ちが癒されてゆく。
……まだ状況は俺の憶測の域を脱していない。
もしもの時、俺はシグリッドたちのことを裏切ってしまうことになるんだろう……
だけど、そうなったとしても俺は……
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