狂聖騎士ウルフ


「それじゃ行ってくる! 今日も調査よろしく!」


 俺はすっかり日課と化したルウとの会話に出かけていった。

ネズミに変身し、慣れた道を使ってルウのいる塔の最上階へ登ってゆく。


「来た……!」


 白いネズミの姿をした俺をみつけるなり、ルウは嬉しそうな顔をしてくれた。


 初めて会った時、人形のような印象抱いていた。

だけどこうして接してみれば、ルウも普通の女の子なんだと分かった。


「さて、今日はどんなお話がお好みかな?」


「またアレ! アレやって欲しい!」


 ルウは嬉々とした様子で、分厚い生物図鑑を差し出してきた。


 きっかけはひょんなことだった。

ある日ルウは本に出てくる、セイバータイガーの鳴き声がよくわからないと言い出した。

そこで俺は鳴き声を真似て聴かせてみたところ、いたく気に入ってくれたらしい。

それからというもの、俺はルウの要請に従って、色々な動物の鳴き声を聴かせていた。

その度にルウはとても喜んでくれた。


……きっとこの子は、好んでこの寂しい塔で暮らしている訳ではなさそうだった。


 現にこうしてすごく外の世界のことを知りたがっている

ずっと窓の外ばかりを見ているのも、その想いの表れなんだろう。


「なぁ、ルウ。一緒に外へ出てみないか?」


「えっ……?」


 ある日、俺はルウへそう提案してみた。

しかしルウは喜ばなかった。逆に、表情を以前の人形のように固めてしまった。


「それはダメ……」


「勝手に外へ出ちゃ怒られちゃうから?」


「うん……」


「大丈夫! 俺と俺の仲間がちゃんとそばで見守るし、ちゃんと許可は取り付けるからさ」


「ダメ! 絶対!!」


 まさか、ルウから怒鳴り声を浴びせかけられるとは予想外だった。

さすがにやりすぎてしまったのかもしれない。


「ごめんね……」


「アルビスの気持ち、嬉しい。だから余計にダメ。もし、ルウのわがままを聞いたら、アルビスは……」


そう言って、ルウは壁に立てかけてある肖像画へ視線を写した。


 微笑むルウと、そんな彼女を取り巻く屈強な戦士達の肖像画。

今、ようやくこれについて聞けるチャンスなのかもしれない。


「ずっと気になっていたんだけど、この肖像画へルウと一緒に描かれている人たちって誰だい?」


「……ルウの聖騎士……ルウの家族……」


「お兄さん達、ってこと?」


「本当の家族じゃない。ルウに親はいない。だけど、ジャガナートと、ウルフと、レギンが居てくれてからルウは……」


 ルウはこれまでに無いほど、辛く悲しそうな顔をして、声を絞り出していた。


「ルウが外に出たいってわがままいたら、みんな協力してくれて。でもバレちゃって、みんな魔王のところに……それから帰ってこない……」


実際、ジャガナートの顛末を見てるだけあって、これ以上の言及はルウにとって酷なことなのかもしれない。

いやな静けさが垂れ込める。それを打ち破るかのように、窓の外からけたたましく鐘の音が響き渡った。


「なんで警戒警報ーーッ!?」


 長年の冒険者としての勘が、俺の肌を泡立たせた。

俺は咄嗟にルウを抱きしめ、その場から跳ぶ。

瞬間、塔の窓ガラスが思い切り蹴破られ、何かが侵入してきた。


「ウルフ……! あなた、まで……」


 腕の中のルウは涙を流しながら、声を震わせた。


 逆に俺は背後から生じる、圧倒的な強い気配に奥歯を震わせている。


 そこに居たのはまるで獰猛な獣のような気配を放つ、不気味な騎士だった。

手甲から伸びる鋭利な爪が赤黒く染まっている。

ここに来るまで、多数の犠牲者を出しているらしい。


 どうやらこいつは肖像画に描かれているルウの聖騎士の一人「ウルフ」の成れの果てを見て間違いなさそうだった。


「ーーっ!!」


「ウルフっ!」


 再びルウを抱いて跳んだ。

先ほどまで俺が居たところには、ウルフの爪が鋭い軌跡を描いている。


 こんな狭い場所ではこちらが圧倒的に不利。

それに腕の中にはルウがいる。


 俺はルウを抱えて、部屋を飛び出し、急いで塔を駆け降りてゆく。


 そして、目の前の光景に我が目を疑った。


 すでに城は亡者の大群に襲われて居たからだ。


「ドレ! レオヴィル後ろっ!」


 シグリッドは城壁の上から障壁を張りつつ、そう叫ぶ。


「行きますわよ、ドレさん!」


「は、はい! 後衛は任せてください!」


 レオヴィルは兵に混じって戦闘を始め、ドレがバックアップを始める。

どうやら3人の力を借りるわけには行かない状況らしい。


 その時、俺の背後で塔の壁が破裂する。


「……ルウ、ヲ……連レ出ス……!」


 既に亡者と化している、ウルフが俺たちを睨みながら、そう声を漏らしていた。


「ルウは安全な場所に。ここは俺が!」


「アルビスっ!」


 ルウの声を振り切って、ウルフへ突っ込んでいった。

まずは銃を抜き、牽制を仕掛ける。


 すると全ての弾丸がウルフの爪によって弾き飛ばされた。

そして驚いたのも束の間、鋭い爪の軌跡が目の前を過ってゆく。


 危なかった。気を抜いていたら、一撃でやられるところだった。


 やはりこいつとは距離をおいた方が……


「がっーー!!」


 突然、俺の胸元が盛大に切り裂かれた。

一瞬、何が起こったのか分からず、頭の中が真っ白になってしまう。

しかしすぐさま鋭い痛みが襲いかかってくる。

俺は慌てて、エリクサを取り出し一気に飲み干した。


「こ、これ飲むのも久しぶりだな……!」


 心が折れないように、敢えて軽口を言ってみた。


 それだけ このウルフという亡者が恐ろしい相手だから自分を鼓舞する必要があった。


 俺はそれから必死になって、ウルフの攻撃を避け続けた。

時には死なない程度に攻撃を喰らい、奴の行動パターンを見てゆく。


 素早い爪攻撃。そして突然襲いかかってくる、魔力による斬撃。

だがこれ以上の攻撃は、コイツには無いらしい。ならばーー!


 ようやく決意を固めた俺は、ウルフへ一気に突っ込んでゆく。


「ガァぁぁぁ!!!」


 ウルフが吠えた。濃密な闘気が俺へ襲い掛かる。

チャンスはここしかない!


「全力でこぉぉぉいっ!」


 俺がレリックを掲げ、絶対防壁を展開する。

同時に、ウルフの爪が石畳を叩いた。

刹那、石畳が破裂し、激しい炎のような衝撃が立ち昇る。

まともに喰らっていたら、エリクサで治すどころではなかったんだろう。


「サンキュウ、ウルフ! 真の力を見せてくれてなぁ!」


 物真似の力が、俺の中から"別のウルフ"を呼び起こす。

そいつは同じく魔力を溜め、石畳を穿つ。


「ガっ、がぁぁぁぁ!!」


 自分が発した力と同じものにウルフは飲み込まれる。

そして石畳の上へ思い切り叩きつけられた。


「はぁ、はぁ……ど、どうだ……!?」


「ゔっ……ゔっ……!」


 ウルフはゆらりと立ち上がった。

対する俺は思わず膝を突いてしまう。

 まさかこの亡者の実力がこれほどとは。


 逃げなければ危ないのは分かっている。

しかし体力を消耗し切った俺は、立ち上がることができない。


 そんな俺へ、ウルフは足を引きづりつつも、確実に迫ってきている。


 その時ーー視界の隅を、白い人影が過ってゆく。


「ル、ルウっ! 行くなっ!!」


 ルウは俺の静止の声も聞かずに、ウルフへ迷わず駆けてゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る