聖光の魔術師


「また再会するだっけ?」


「それも言ったね。でも、もっと、別の……」


 シグリッドは消え入りそうな声でそう言ってきた。

 もはやこれ以上、シグリッドから何かを言わせてしまうのは、男として情け無いと思う。

俺はシグリッドの肩をそっと掴む。

そして彼女を抱き寄せた。


「まさかあの時の言葉を本当に実行してくれるだなんてな」


「本気だってあの時も言ったじゃん」


「そういやそうだな……実はさ、俺、この臍の街に来たのって、シグリッドのことを思い出したからなんだ」


「そうなんだ!」


 シグリッドは嬉しそうに声を弾ませた。


「急にシグリッドや、東の山の人たちが何をしているのか気になってね」


「お姉ちゃんにも会うつもりだったんでしょ?」


「あ、ああ、まぁ……」


「今のアルお兄ちゃんは、お姉ちゃんと今の私、どっちが好き?」


 シグリッドはそっと俺の手を握りしめてきた。


「私はお姉ちゃんみたいにズルくないよ? ズルいことなんてしないよ! だって私は……私は、お兄ちゃんのことをずっと……!」


俺は僅かに震えていたシグリッドの手をを握り返した。


「4年前の約束通り、恋人になろっか?」


「……はいっ!」


 シグリッドは愛らしい笑みを浮かべた。

 俺も強い幸福感を感じて、心が晴れやかだった。


「もう絶対にお兄ちゃんを寂しがらせないからね。一人にしないからね。代わりにお兄ちゃんも私を離さないでね?」


「もちろん。もうシグリッドを置いて、どこにも行かないよ。一緒に居よう!」


「うん!」


 俺とシグリッドはお互いに笑みを浮かべあった。

やがて、どちらともなく顔を寄せて、誓いの口づけを交わす。


 かつてシルバルさんとしたものよりも軽いけど、でも暖かくて、幸福感が強いキスだった。


「まさかあのシグリッドと本当にこんなことする日が来るだなんてね」


「……」


「シグリッド?」


 シグリッドは再び俺の手を取ると、立派に成長した胸へ押し当てた。

 ものすごく柔らかい感触と共に、彼女の心臓の鼓動が伝わってくる。


「……しよ?」


「え? こ、ここで……?」


「うん。ずっと……我慢してた……お兄ちゃんのことが好きすぎて、昔から私、時々おかしくなっちゃってたの……でも、もうお兄ちゃんは目の前にいるし……本物のお兄ちゃんがいるんだったら……お願い、お兄ちゃん」


 彼女は時折、呼吸を荒げながら声を絞り出してくる。

 俺はそんなシグリッドの頭を撫でた。


「だったらここじゃなくてちゃんとした場所に移動しよう。せっかくなんだから、ちゃんとしたところで、最高の思い出にしよう!」


「ありがとうお兄ちゃん。嬉しい!」


 俺達はお互いに手を繋ぎ合って、ベンチから立ち上がる。


 刹那、妙な感覚を抱く。

どうやらシグリッドも気づいたらしく、 盛大に嘆息をする。


「最悪っ……こんな時に……!」


「きやぁぁぁぁ!!」


 突然、茂みの向こうから半裸状態のカップルが飛び出してくる。

そして彼らを追うように無数の蝙蝠が飛び出して来る。


「うわぁ!? な、なんだあの量は!?」


「魔群侵攻! 最近、西の果ての国の情勢が不安定で魔物が出やすくなっているんだけど、まさか臍の街にまで……!」


「シグリッド!?」


 シグリッドは俺の静止も聞かず飛び出してゆく。


「お兄ちゃんへ私の力、見ててね! この力でこれからはお兄ちゃんのことを支えるから!」


 シグリッドは夜空へ向けて手を掲げる。

するとすぐさま、彼女の手に光り輝く、黄金の杖が握られた。

瞬間、激しい風圧が公園を木々を揺り動かす。


「我は願う、邪悪を滅し輝きの力を! 我が祝詞を持って、神々の力を我に与えんーー聖光塔(セイクリッドタワー)!」


 シグリッドの祝詞が地面へ金色の輝きを呼び起こす。

そこから現れたのは、荘厳な輝きを帯びた、光の塔だった。

塔は出現した蝙蝠の群れを全て飲み込む。

光の中で蝙蝠達が蒸発し、瞬時に塵へと変わってゆく。


 これが100年ぶりの聖光の魔術師の実力。

それを目にした俺は興奮を隠しきれない。


「うおぉぉぉ! すげぇーっ!!」

「も、もしかして、あの輝きって……」

「あーっ! あの子、新聞で見たわ! あの子が100年ぶりの聖光の魔術師シグリッドよ!」


なんだかカップル達が騒ぎ始めている。


 シグリッドが助けを求めるような視線を寄せてくる。


 俺はその要請に応じて駆け寄り、シグリッドの手を取った。


「逃げるぞ!」


「うん!」


 俺はシグリッドと共に公園から走り去ってゆく。


「ありがとね、お兄ちゃん!」


「いえいえ。っていうかさ……」


「?」


「恋人になったんだから、お兄ちゃんはなくね?」


「そうだね。でもなんかお兄ちゃんって呼び方に慣れちゃってるんだよなぁ……」


 そんなくだらない会話を交えつつ、俺とシグリッドは走り続けた。


 これからはこの子と一緒に居られる。

嬉しくてたまらない俺は、そのまま身を隠すために雑踏へ飛び込んでいった。

木を隠すなら森の中ということだ。


「うわぁぁぁ!!! 出たー!!」


 すると、今度は雑踏に黒い空間が出現し、そこから魔物がうじゃうじゃと這い出てくる。


「ああん、もう! なんで今夜はこんなのばっかなのー!」


 シグリッドは悲痛な悲鳴をあげている。


「出たもんはしょうがない! 俺も加勢するから一緒に!」


「うん! 一緒!」


 俺とシグリッドは街中へ出現した魔物へ突っ込んでゆく。


 俺は早速、銃を抜き弾丸で牽制を仕掛けた。

射撃を受け、魔物の一団の隊列が乱れる。


「シグリッド!」


「うん! 聖光波(セイクリッドウェイブ)っ!」


 シグリッドの杖が地面を打つ。

 地面から聖なる輝きが溢れ出て、邪悪な魔物の一団を飲み込み、消し去ってゆく。

 だけど消されたのは先端の魔物だけだった。


 未だ夜空に浮かんだ虚空からは魔物がどんどん溢れ出ている。


ーーここで俺がシグリッドの術を物真似して……


 そう考えた時のことだった。

 急に体が震え出し、嫌な記憶が蘇ってくる。


 きっとシグリッドは、聖光の魔術師になるために、凄い努力をしてきたのだろう。

そんな彼女の成果を、おいそれと真似て放っても良いのか。

不愉快に思わないか、などと……


「お兄ちゃん、大丈夫だよ」


 気がつくと、シグリッドは優しい笑みを浮かべながら、俺の手を握りしめている。


「私が聖光の魔術師になったのも、お兄ちゃんの力になりたかったからなんだよ! むしろたくさん私の力を真似てほしいんだよ! 私はそんなつまらないことで文句を言ったり、お兄ちゃんを寂しがらせたりしないよ!」


「もしかして俺のことを知って……?」


「これからは自信を持って、いっぱい私を真似て! お兄ちゃん!」


 シグリッドの暖かい言葉を受け、俺の中で何かが吹っ切れた。

この子が一緒なら、もう俺は大丈夫。

力の使い方をためらう必要はない!


「ありがとうシグリッド! 君と再会できて、恋人になれて、今の俺めっちゃ幸せだ!ーー聖光波(セイクリッドウェイブ)!」


 シグリッドを真似た光属性の術が、魔物群れを一撃で粉砕する。

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