南の荒野の凄腕バウンティハンター


「す、すげぇ……! なんだよあのカップル! 二人とも一流の魔法使いなのか!?」

「頑張れー! 頑張れー!」

「きゃー! あの銀髪の彼、すっごくイケメンじゃない!」


 なんだか周りの人たちは逃げるのも忘れて、熱い声援を送ってきている。

正直、逃げてくれた方が戦いやすいんだけどなぁ……


「はぁ、はぁ……はぁー……」


「シグリッド!?」


 シグリッドが膝から崩れ、慌てて抱き止めた。

呼吸も息もかなり荒い。

 例え聖光の魔術師だろうとも、力は無限じゃない。

魔法を乱発したおかげでバテてしまったらしい。


「ご、ごめんねお兄ちゃん、こんな時に……」


「良いさ。シグリッドは魔法使いになったばっかりなんだから仕方ないよ。ここからは俺一人で!」


「で、でも!」


「大丈夫! シグリッドも知ってるでしょ? 俺の必殺技をね!」


「待って! お兄ちゃんっ!」


 俺はシグリッドへエリクサを握り渡して、虚空へ向かって駆けてゆく。

 虚空から魔物の発生はほとんど治まっている。

しかしコレが未だ閉じられないということは……


「FUSYUーー」


 虚空から大きな目玉の化け物が姿を表す。

どうやらこいつが、この虚空の主らしい。

こいつを倒さない限り、この騒動は収束しない。


 しかし今の俺はシグリッドの魔法を真似続けたおかげで、元気が有り余っている。

 レリックの奇跡も使っていない。


「さぁ、来いっ!」


「FUSYU!!」


 目玉が爛々を輝きを放ち始めた。

さすがにこれは危ないとギャラリー達は、ようやく逃げ始めてくれた。


 俺は物真似カウンターを放つべく、目玉の化け物へ意識を集中させてゆく。


 その時突然、どこからともなく甲高い炸裂音が響き渡った。


「FU……FUJYU!!」


 何かに目玉の中心を撃ち抜かれた化け物が、瓦解を始めた。

化け物はチリとなって消え去ってゆく。

どうやら何者かの銃撃で弱点を撃たれて一撃必殺となったらしい。


 そして目玉の化け物を一撃で倒した、凄腕が俺の後ろへ降り立った。


「いやぁ、凄い射撃でしたね! 俺も銃を嗜んでーーっ!?」


「やっぱり、そうだ……見間違いじゃなかった……!」


 見たことのあるハットに、南の荒野独特の衣装であるジャケットやホットパンツ。

それらの衣服から健康そうな褐色がかった綺麗な四肢が伸びている。

彼女が手にしているのは、銃身が大分長く改造されているけど、南の荒野時代に俺が使っていた回転弾倉式銃とみて間違いない。


 彼女は銃を投げ捨てまっすぐと俺へ向けてかけてくる。


「アルさんっ!」


「ド、ドレ……なんだよな……?」


「うん! あたしだよ! アルさんの最高の相棒のドレだよっ! 会えた、ようやく会えたっ……!」


 胸の中へ飛び込んできたドレは大泣きを始める。

 背も伸びて、体付きは2年前以上に女性らしくなっていた。

でも抱いた印象は昔のまま。あまりの懐かしさと、嬉しさに俺は胸を躍らせる。


しかしこの時俺はすっかり失念していた。


「誰、その女……? お兄ちゃんの一体なんなの?」


 傍にシグリッドがいた、ということに。



●●●



「アルさん、この人って……」


「なんでお兄ちゃんを介そうとするの? 私に直接きけば良いじゃん。あと、私、あなたが何者か存じ上げないんですけど?」


「お、おいシグリッド。そんな言い方しないでくれよ……」


 魔群侵攻の解決もそこそこ、俺、シグリッド、ドレの3人は静かなカフェを訪れていた。

 きっとすごく良い雰囲気の店なんだろうけど、今は全然落ち着かない。


「す、すみません。あたしは南の荒野出身のドレって言います……」


 俺の正面に座っているドレは、消え入りそうな声でそう答える。


「で、お兄ちゃんとはどんな関係なんですか?」


 俺の隣に座っているシグリッドは、妙に晴れやかな笑顔でドレを問いかけた。


 あ、この笑顔、怒りの感情が含まれてる……こういうところはシルバルさんにそっくりだ。

さすがは姉妹……


「えっと、2年前に南の荒野にやってきたアルさんに銃の扱い方とかを教わっていました……あとは、一緒に故郷を救ったり……」


「そうなんですね! じゃあ、私と一緒ですね……私、シグリッドって言います!」


「シグリッド!? も、もしかしてあの100年ぶりの聖光の魔術師の!?」


「ドレ、ちょっと声でかい!」


 俺に注意されたドレはしゅんとした様子で肩を竦めた。


「あ、あの、あたしからも聞いて良いですか?」


「どうぞなんなりと」


「シグリッドさんとアルさんのご関係って……」


「恋人ですよ?」


 シグリッドはさらっとそう答えると、俺の方へギュッと抱きついてきた。

それを見たドレは、深く重い溜息を吐く。


「やっぱり、そうだったんだ……アルさんにはずっとこんなに素敵なパートナーが居たんだ……」


「いや、なんていうか、そういうシグリッドとそういう関係になったのはついさっきで……」


 そこまで言いかけて、それが何なんだと思う俺だった。

言い訳などシグリッドやドレに対して失礼だと思う。


 重苦しい空気が俺たちの席へ垂れ込める。

やがて目の前のドレは、これまでの暗い雰囲気を払拭するかのように、昔のような笑顔を浮かべる。


「いやぁー久々にアルさんと共闘できて嬉しかったよ! それに恋人で、あの聖光の魔術師のシグリッドさんとお会いできて凄く光栄でした! お茶にも誘って頂いてありがとうございます!」


「お、おい、ドレ……」


「実はあたし、今バウンティハンターをやってるんです! アルさんに教わった技術を活かして、悪い奴とか魔物をこらしめてるんです! だから、いつの日かお二人のお役に立てる日が来ると思うんですよね!」


「だから……!」


「と、いう訳であたしはすんごく忙しい身なので、ここで失礼します! でもご入用の際はお気軽にお声がけくださいね! お二人には特別価格で対応しますので! それじゃ!」


 ドレは素早く立ち上がると、逃げるように店から出て行ってしまった。


「お兄ちゃん」


「……」


「ドレさんは……南の荒野にいた頃の……恋人? お姉ちゃんみたいな……」


「……ドレが言ったことが全部だよ。それ以上もそれ以下もないのは確かだし……」


 とはいえ、何も感じていなかったといえば嘘になる。

現に再会したドレは、シグリッドとはまた別の美人に成長していて、気持ちが揺り動かされていたのは確かだ。


 そんな中、ずっと肩に抱きついていたシグリッドがスッと離れた。


「行って」


 そしてポンと俺の肩を押してくる。


「シグリッド……?」


「行って! 今すぐあの子を追いかけてあげて!」


「……良いのか?」


「んもうぅ! つべこべ言わず早く行く! 女の子を泣かせたままでいる男は最低なんだから!」


「ありがとう! 行ってくる!」


 シグリッドの後押しを受けた俺は席から立ち上がる。

すると、シグリッドの指先が俺の服の裾を摘んできた。


「……街の中央広場にある噴水の前で待ってるね。ずっと、ずっとお兄ちゃんのこと待ってるからね?」


「……分かった。必ず行く!」


 俺は店を飛び出して行った。


 俺は結構最低な奴かもしれないと走りながら思った。

 シグリッドのことは好きだ。だけど同時に、ドレのことも大切に感じている。

どちらも欲しがっている自分は最低な人間だと……だけど、それでも、今のドレを一人にすることはできなかった。


 俺はドレの姿を追い求めて、夜の街を駆け抜けてゆく。

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