四章 臍の街、集うアルビスの女たち

すっかり成長したシグリッド


ーー四年前、アルお兄ちゃんと別れた後のこと。

私はお姉ちゃんを問い詰めた。


 どうしてお兄ちゃんは旅立ってしまったのか。

そして時々、すごく悲しそうな、辛そうな顔をしているのはどういうことかと。


 最初お姉ちゃんは何も教えてはくれなかった。

だけどしつこい私に根負けして、アルお兄ちゃんがこの街にやってくるまでにどんな目に合わせれていたのかを聞き出せた。


 そして全てを知った時、私も泣いた。


 お兄ちゃんは何も悪くはない。悪いのは一緒にいた人たちだ。

ただお兄ちゃんに嫉妬をしていただけだ。

だけど優しいお兄ちゃんは、そのことで傷ついて……だから、ああいう危ない戦い方をするようになったんだろう。


 もしもお兄ちゃんに真似られても喜ぶ仲間さえいれば。

そんな人が側にいれば……


 色々と話を聞いて私は、アルお兄ちゃんが安心して頼れる人になろうと決めた。

そのために志したのが、"魔法使い"という職業だった。


 私は元々魔法に興味があった。

お母さんも、お姉ちゃんも魔法を使った治癒士で商売をしていたし、私もきっと特性があるはず。

なによりも、物真似を戦闘の要にしているお兄ちゃんには有用な人材だ。

でも魔法使いになるのは簡単じゃない。

まずは西の果ての国にある、魔術師学園を卒業しなければ、魔法使いにはなれない。


 入試までは一年を切っていた。

本当なら何年もかけて準備をしなければならないほど、魔術学園への入学は難しい。

天性の才能も必要となる。

周りも、お姉ちゃんも、私の挑戦を無謀だから止めろと言ってきた。

だけど私はお姉ちゃんたちの言葉を無視して挑戦をした。


 次会った時は、私がアルお兄ちゃんからお姉ちゃんのことを忘れさせる。

冒険者をしているお兄ちゃんが喜ぶような冒険者に、恋人に、結婚相手になりたい! その一心で。


ーーこの頑張りは実り、合格の華を咲かせた。

魔術学園への入学を許された私は、生まれ育った村を離れて、西の果ての国へ向かった。

そしてそこでも、勉強を一生懸命頑張った。


 いつかお兄ちゃんの側へ行くために頑張った、というのもあるのだけど……正直魔法の勉強が楽しかったという面もある。


 そしてあっという間に3年間の楽しい学生生活を終えて、私は……


「シグリッド! 優秀な成績を収めた貴殿へ100年ぶりとなる最高位"聖光の魔術師"の栄誉を与える!」



●●●



「うわぁー高そう! お兄ちゃん、こんなお店で食事してお金大丈夫?」


「ふふ! それが大丈夫なのだよシグリッド君。さぁ、遠慮せずに好きなものを頼みたまえ!」


「相変わらずお兄ちゃんはお金持ちだね。なんか悪いことでもしてるんでしょ?」


どんなに成長をしても、シグリッドはシグリッドのままで、少し口が悪かった。

でも返ってこの方が安心する。


「してるわけないっての。至って真面目! そんなこと言うんじゃ、店変えるぞ?」


「ごめーん、冗談! さぁて何にしようかなぁ? ふふーん!」


 すっかり大きくなったシグリッドは、楽しそうな様子で高級料理店のメニューを眺め始める。

こんな店を気兼ねなく利用できるのも、レオヴィルからもらった"ジュリアン王家の印章"のおかげだ。


 俺とシグリッドは四年ぶりの再会と、彼女の魔術師学園の卒業を祝って、臍の街でも屈指の高級レストランを訪れていた。


 まさかシグリッドが超エリート校の魔術師学園を現役で卒業しただなんて驚きだった。

そして同時に、随分と立派に育ったというか。

面影はあるものの、俺の記憶の中にあるちんちくりんだったシグリッドとは、特に体つきが大違いだ。

特に……


「アルお兄ちゃん、さっきから私の胸ばっか見てるでしょ?」


「な、なんのことかなぁー?」


「お兄ちゃん、お姉ちゃんみたいなボイン好きだもんね。でも、今は私の方がお姉ちゃんよりも立派なんだよ? ほらほら」


 シグリッドはわざと胸を寄せて、深い谷間を見せつけてきた。

彼女の言う通り、姉のシルバルさんよりもかなりご立派だ。


「や、止めないか! ここでそういう下品なことしないの!」


「視姦してたのはお兄ちゃんの方じゃん」


「ぐっ……」


「別に私は良いよ? むしろ……お兄ちゃんがそういう目で私のこと見てくれて嬉しいし……」


「はっ……?」


「す、すみません! 注文お願いしますっ!」


 シグリッドは慌てた様子で給仕を呼び止め、注文を始めた。

 今のって一体……?


 やがて前菜と飲み物が供出され、俺とシグリッドはグラスを掲げた。


「それじゃあシグリッド、卒業おめでとう」


「ありがとうお兄ちゃん。私もお兄ちゃんにまた会えて嬉しいよ!」


 それから俺とシグリッドは食事をしつつ、お互いの4年間を語り合った。

その中で、シグリッドが僅かに身を乗り出してくる。


「お兄ちゃんだけには私の秘密教えてあげるね」


 そういうとシグリッドは鞄から立派な箱を取り出し蓋を開ける。

そこには眩い輝きを放つブローチが収められていた。


「まさか、これって……!?」


「お? お兄ちゃんちゃんと知ってるんだね? 実はね私が、100年ぶりの聖光の魔術師なんだ」


「マ、マジで?」


「マジマジ! えへへ! まだ授与されたばかりだから、私がそういう人だっていうこと気づかれていないっぽいけどね」


「なら早く言ってくれよ。だったらもっと良い店を用意したのに」


「なんかそんなことよりも、街でお兄ちゃんのこと見かけたのが嬉しくて……これってやっぱり運命って奴なんだよね?」


 シグリッドは妙に色っぽい視線を向けてきた。

 まさか、この子のこんな視線で心臓が高鳴るなんて予想外だった。


 それだけ成長したシグリッドが眩しく映っている。


……

……

……


「あー! 美味しかったぁ! ご馳走様です、お兄ちゃん!」


「お粗末さま。あのさ……」


「んー?」


「シグリッドは、この後どうするつもりなの?」


 高級料理店の店前でそういう俺の声はなぜか震えていた。

すると彼女もまた少し不安げな表情を浮かべる。


「本当は東の山へ帰ってお姉ちゃんに卒業の報告をするつもりだったんだけど……」


「そうなんだ」


「で、でもね! まだお兄ちゃんと一緒に居たいの! 良いかな……?」


「そっか! オッケーオッケー! じゃあどうする? もう一件どこか店でも……」


 シグリッドは強く首を横へ振って見せる。


「行きたいところがあるの。そこでお兄ちゃんとゆっくりお話がしたいの!」


「分かった」


「やった! それじゃ行こっ!」


「お、おい! 待てよ!」


 シグリッドは早足で夜の街を進んでゆく。


 そうして彼女について行くこと、数分。


 俺たちは臍の街の夜景を見渡せる、小高い丘の上にある公園を訪れていた。

そしてここは見ているこっちが恥ずかしくなるほどの、愛の語らい場になっている。


「す、凄い場所だね?」


「うん……ここ、臍の街のカップルの聖地だから……」


「ふーん……」


「あそこ座ろ?」


 俺とシグリッドは手近なカップルシートへと腰を下ろす。

計算し尽くされたベンチの寸法は、見事俺とシグリッドの方を触れ合わせている。


「よくここには来てるの?」


「たまに研修で臍の街に来てたからね……って、誤解しないで! 一人でだから! ここの夜景が綺麗で好きだから!」


 シグリッドは無茶苦茶慌てた様子で、そう言ってきた。

確かに一瞬、気持ちがモヤモヤしただけに、ありがたい付け加えだった。


「いつかこの光景をアルお兄ちゃんと一緒に見たいなぁって、ずぅっと思ってたの……」


 突然、シグリッドは俺へもたれかかってくる。


 身近に感じた懐かしい匂いと同時に成長の色香が拍動を強めてゆく。


「ねぇ、四年前のお別れの時に私がした宣言を覚えてる?」


 

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