勇気を持って!
「やぁ、アルビス。急にこんなところまで呼んでしまって悪かったね」
扉を開くと、私室にいたラズカーズが迎えてくれた。
「なんか、前に聞いた時よりも警備が厳しくなってね?」
「先日のマッドスライムの件があるからね。更に三つほど関門を加えたのさ」
「じゃあ、もう安心だな」
「そう思いたいのだが……最近、西の果ての国の情勢が不安定で、危険な魔物の発生率も上がっている。このままではすまんだろう……」
ラスカーズは苦笑いをしてみせた。
普段通りにはみえるのだけど……なぜか強い緊張感を覚えてしまう。
やっぱり厳重な警備を何回も潜ったからだろうか?
「で、なんだよ、話って。外じゃ話しずらいことなんだろ……?」
「……早速だが、これを見てもらえるか?」
ラスカーズは応接机の上に置いてあった、綺麗な装飾の施されたレイピアを指し示す。
途端に、俺の心臓が拍動を早めた。
これは先日、ラスカーズを形態模写した俺が扱っていたレイピアだ。
「ず、随分と美しいレイピアじゃないか! もしかしてレオヴィルへのプレゼントかい?」
「……これに見覚えはあるか?」
「それは……」
「これは先日のマッドスライムの件の時、城の庭で発見されたものだ。どうやらこれは、来賓のアントゥール伯爵が、私の要請に応じて、差し出した品らしい」
「……」
「まぁ、話は適当に合わせておいた。しかし、私はこれを所望した記憶はない。これは一体どういうことなんだ?」
「え、ええっと……」
いつになくラズカーズの顔つきが怖く、足が竦んでしまった。
やっぱりいくら友達とはいえ、王子の姿を名を語るのは良くなかったか。
更に大好きなレオヴィルのこととなれば……
「正直に言ってくれ、アルビス! セイバータイガーの時も含めて、俺を語っていたのはお前なんだろう!?」
「すまなかった! 許してくれっ! 別にラスカーズのことを辱めたいとか、レオヴィルを奪ってやろうとか、そういうつもりじゃなかったんだ! 俺はただ本当はカッコいいラスカーズの姿を見せれば、レオヴィルの気持ちも動くかと思って!」
「……」
「だけど俺が浅はかだった! 王子を語るなど、あってはならないことだと気がついた! 本当に、本当に申し訳ない!!」
もうこうなったらひたすら謝るしかなかった。
俺は床に平伏して、頭を下げ続ける。
すると、大きな手が俺の肩を叩いてきた。
「やっぱりアルビスのお陰だったのか……」
「へっ……?」
恐る恐る頭を上げてみる。
なぜかラスカーズが俺へ向けて深く頭を下げていた。
「え、ええ!? な、なんで!?」
「ありがとうアルビス! これまでレオヴィルを守ってくれて! 情けない俺に代わって、レオヴィルの気持ちを惹きつけてくれて!!」
「そ、そうなん……?」
「ああ! 実は明日、レオヴィルからのお誘いで……デ、デートをすることになったんだ!!」
「おお!! やったな! ラスカーズっ!」
「やったぞ! ありがとうアルビスっ!」
俺とラスカーズは勢い任せにお互いを強く抱きしめる。
しかしすぐさま冷静になって、男同士でなんてことをしているんだと思い、離れていった。
「本当に良かったな?」
「あ、ああ……どうやらレオヴィルは、先日の舞踏会で俺のことを見直してくれたらしい。心の底から感謝を申し上げる……さすがは我が心の友アルビス!」
「気を引き締めろ。これからが本番なんだぜ? 偽りのお前じゃなくて、今度は本物のラスカーズが頑張る番なんだから」
「わ、わかっている。そこで前置きが長くなってしまって申し訳ないが……デートはどうすればいいのだろうか!? それを教えて貰いたく、今日は参上をお願いしたのだ!」
「まぁ、俺がどの程度役に立てるかわからないけど……できる限り、協力する!」
「ありがとう、心の友アルビスよ!」
●●●
と、いうわけで数日後、ラスカーズとレオヴィルのデートが始まった。
今、ラスカーズはボルドー家から少し離れた林の前で、レオヴィルのことを待っている。
なんで俺が隠れながらラスカーズの姿を観察しているのかというと……
『騎士団の代わりにアルビスに俺たちの警護をお願いしたいんだ。騎士団に見られるのは恥ずかしい……それに相棒のアルビスが背中を守ってくれるなら、心強いことこの上なしだからな! はっはー!』
……俺自身もラスカーズとレオヴィルの行く末が気になっていた。
だから、奇妙なことなんだけど、俺は二人の警護をしつつ、そっと後ろから見守ることにし、今の状況に至る。
しっかし、ラスカーズのやつ、いつも以上にそわそわしているな。
アレで本当に大丈夫なんだろうか?
やがて、道の向こうからレオヴィルがやってくる。
いつもは狩装束を好んでいる彼女も、お気に入りの平服だ。
結構本気で化粧もしているみたいで、遠くから見ている俺でも見惚れてしまった。
相変わらずラスカーズはガチガチに緊張したまま。
そんな彼へ背伸びをしたレオヴィルは深く帽子を被り直させる。
たしかにああすれば、ラズカーズの顔がよく見えず、誰も王子だとはわからないだろう。
ラズカーズとレイヴォルは並んで歩き出す。
近くの村で開催されている収穫祭を見物するためだ。
俺は適度な距離を置きながら、跡を追いはじめた。
遠目で見ていても、ラズカーズとレオヴィルが何かの会話をしているように見えた。
とても楽しそうな様子だった。
そしてそんな二人の姿を見て、俺は微笑ましさを感じるのと同時に、多少の羨ましさを抱いていた。
ふと俺の頭の中に浮かんできたのは、四年前に別れたきりで、一度も会っていないシルバルさんのことだった。
あの人は俺にとって様々な意味で初めての人だから、思い出が深い。
今頃、シルバルさんは新しい婚約者でも見つけて幸せに暮らしているだろうか?
そうだったら嬉しいのと同時に、多少胸が疼く俺がいる。
次いで思い出されたのは、南の荒野で寝食を共にしたドレの姿だった。
あの子はもう16歳なんだよな。
成人を超えたら南の荒野を出るって言ってたけど、どうしているんだろう。
俺を追いかけるなんて嬉しいこと言ってたっけ。
追いかけるという言葉から連想され、最後にシグリッドとの思い出が蘇った。
記憶の中にあるあの子はちんちくりんなんだけど、アレからもう四年も経っている。
あの子も確か、風来坊な俺を探し出すとか言ってくれてたっけ。
また、どこかで会えたら良いな、シグリッドに……きっとシルバルさんに良く似た美人に成長していることだろう。
ここまで考えて、俺はようやく自分の本心に気がついた。
北の大地の将来のため、友達のラスカーズの恋路のため、という理由はもちろんある。
だけどおそらく、俺がレオヴィルの申し出への回答を躊躇ったのは、心のどこかに彼女達の存在があるからだった。
まさか、本気で追いかけてくれるなんて思ってはいないけど、どこか期待をしている節もある。
……レオヴィルとラスカーズの件が終わったら、一度東の山や南の荒野を再び訪れても良いかもしれない。
俺は意識を目の前のレオヴィルとラスカーズへ戻す。
二人はちょうど、収穫祭の行われている村の中へ入ってゆくところだった。
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