ダンシング・ナイト!
「やぁ、レオヴィル。君は踊らないのかい?」
ラスカーズを形態模写し終えた俺は、憮然としていたレオヴィルへ声をかける。
「ああ、ラスカーズ。良いじゃない、放っておいてよ」
王子の再来へ周りの視線が徐々に集まり始めていた。
……今が絶好のチャンス!
俺はすかさず、レオヴィルの前へ屈み込んだ。
「な、何よいきなり!?」
「これを受け取ってもらえないだろうか?」
俺は包みを開き、レオヴィルによく似合いそうな赤いヒールを差し出した。
さすがのレオヴィルも驚きの表情を浮かべている。
「これって……」
「今宵の君のために用意をしたんだ。これを履いて、私と踊ってくれないだろうか?」
視線を寄せていた淑女たちから、小声ながら黄色い歓声が上がった。
二人の姉たちは、口元をへの字に曲げているのは言うまでもない。
「さっ、レオヴィル」
「……もしかしてヒールを隠したのはアンタの仕業?」
「そんな訳ないだろ。そんな卑怯な真似をするものか!」
「それもそうね……ごめんなさい、変なことを言って……ラスカーズはそういうズルいことをする人だとは思っていないから……」
「もしかすると、私たちを気遣って、妖精が悪戯をしたのかもしれないね」
「妖精ね……ふふ……気のきくジョークじゃない」
初めてラスカーズの前で、レオヴィルが笑ったのを見た。
凄く綺麗で、愛らしい笑顔だと思い、自然と胸が高鳴ってゆく。
「ではお嬢様、御御足を失礼致します」
「あ! あ! 良いわよ! 自分で履くから……!」
俺に足を取られ、レオヴィルは真っ赤な顔をして狼狽える。
しかし有無を言わさず、レオヴォルの靴を取り払った。
そして卸したての真っ赤なヒールを履かせてゆく。
淑女たちの黄色い歓声が最高潮になり、姉たちが悔しそうにハンカチを咥えていたのは言うまでもない。
「さぁ、行こう、レオヴィル!」
「……ええ!」
ラスカーズ姿の俺は、レオヴィルの手を取った。
そして暖かい拍手に迎えられながら、ダンスの輪へと進んでゆく。
気を利かせた宮廷楽団が、優雅な音色を奏で始めた。
……正直、ダンスに自信はない。
だけど、やるしかない! レオヴィルとラスカーズ、北の大地の未来のために!
音色に乗って、俺とレオヴィルは踊り始めた。
「そこステップ違うわよ?」
踊りの途中で、レオヴィルにそう指摘されてしまった。
「す、すまない……実はこういう踊りは久々なもので……」
「そうよね。ラスカーズは昔から、こういう場よりも外で、民のために頑張るのが好きだったわよね」
「あ、ああ……」
「なら今宵は私に任せなさい。フォローするわ」
俺はレオヴィルにリードされながら、踊りを続けてゆく。
リードといってもあくまで控えめに、王子であるラスカーズが主役となるように。
俺はずっとレオヴィルがラスカーズのことを嫌っているのではないかと思っていた。
でも、それは勘違いだったようだ。
現に今のレオヴィルは、心の底から楽しそうな表情で踊りを続けている。
「あ、あんまりこっちを見ないでよ! ステップが崩れるじゃない!」
「どうしてだい?」
「バカっ! 良いから踊りに集中なさい!」
目が合えば、少し頬を赤らめてわざと視線を外したりする。
実はレオヴィルも、ラスカーズのことが好きなんだと分かった気がした。
きっとこの二人は上手くゆく。そう思えてならない。
そんな優雅な雰囲気の中に、俺は不穏な空気を感じとった。
一瞬、レオヴィルに意地悪をした二人の姉のものかと思ったのだが、違うようだ。
この物々しくて、粘ついた雰囲気はもしかして……
「ーー!!」
「きゃっ!!」
俺はレオヴィルを抱き寄せると前方へ思いきり飛んだ。
刹那、天井から茶褐色の粘液が床へ降り注ぐ。
それまで優雅な雰囲気に包まれていたホールに戦慄が走る。
「SURAAAAA!!!」
粘液から雄叫び不気味な雄叫びが上がり、人の上半身のようなものが立ち昇ってくる。
どうやらこいつが、先日城に侵入したマッドスライムらしい。
まさか天井から侵入されるだなんて、本物のラスカーズから指示を受けた兵たちも予想外だっただろう。
「衛兵っ! すぐに皆様の非難を!」
俺はそう叫びながらレオヴィルを近くの人の輪へ突き飛ばした。
「そこの紳士方、レオヴィルを頼む! 誰か剣を!」
そう叫ぶと、レイピアが輪のなから俺の足元へ滑り込んでくる。
決して軽い武器ではないけども、ロングソードよりも俺には扱いやすい筈。
「ラ、ラスカーズっ!!」
よしよし、レオヴィルの奴、結構良い感じの悲鳴をあげているぞ。
ここでラスカーズが大活躍すれば、彼女からの評価は急上昇だ!
「うおぉぉぉ!!」
勢い任せに抜剣し、マッドスライムへかけてゆく。
「SURAAAAA!!」
鋭い剣先がマッドスライムの中に浮かんでいた、真っ赤なコアを突き刺す。
手応えは浅い。しかし、しっかりとダメージは与えられたようだ。
怯んだマッドスライムは俺の頭上を飛び越え、窓ガラスを割って外へ逃げてゆく。
俺はレイピアを手にしたまま、マッドスライムを追って飛び出してゆく
丁度、形態模写の時間切れにもなりそうだったし好都合だった。
マッドスライムは庭のあちこちを滅茶苦茶にしながら逃げている。
……あっ、ポワフィレとパルトンの馬車がぶっ壊された……まぁ、良いか、あの二人のもんだし。
これはきっとレオヴィルへ意地悪をした報いだ。
やがて、庭を見回っていた本物のラスカーズの姿が見えた。
俺はすかさず、マッドスライムを追うのをやめて、茂みへ身を隠す。
「こんなところにいたか、マッドスライム! 今度こそお前を引導を渡してくれる!」
「SURAAAAA!!」
「聖光剣(セイクリッドソード)っ!」
ラスカーズは金色に輝くロングソードをマッドスライムへ叩きつけた。
破壊力抜群のその剣技で、コアを砕かれたマッドスライムはすぐさま蒸発してしまう。
すると騒ぎを聞きつけた国王をはじめ、来賓の人々が集まってゆく。
「良くぞ! 良くぞ危機を救ってくれた、我が息子ラスカーズっ! さすがは次期国王だ!」
国王の声を受け、一斉に来賓たちが拍手喝采を送りはじめた。
「陛下、並びに来賓の方々! この度は私たちの不手際で、混乱を招いてしまい大変申し訳なかった! しかしご覧の通り、危機は脱しましたのでご安心ください! 重ね重ね、この度は大変ご迷惑をおかけして申し訳なかった!」
深々と頭を下げて謝罪するラスカーズを誰も非難しなかった。
拍手は鳴り止むことはない。
輪の中にいるレオヴィルも柔らかい表情でラスカーズへ拍手を贈り続けている。
前回は大失敗をしちゃったけど、その分を取り戻せそうなほどの大成功だ!
これできっとレオヴィルは俺のことよりも、ラスカーズを強く思うようになるはず!
「ああ! あああ!! 私の馬車がぁぁぁ! これ高かったのよぉ!!」
一方、マッドスライムに馬車を破壊されたパルトンは残骸の前で悲痛な声を上げていた。
「ポワフィレ、これがあなた達の馬車の瓦礫の中から出てきたのだけど、どういうことかしら?」
「あ、あ、それはですねお母様……」
ミリオン様が手にしているのは、レオヴィルが持ってきたヒールだった。
どうやら悪事がバレてしまったらしい。
「帰ったらお仕置きね。覚悟なさい」
「「あれだけはいやぁぁぁぁ!!」」
……あの姉たちや、レオヴィルでさえビビっている、ミリオン様のお仕置きってどんなものなのか、無茶苦茶気になる俺なのだった。
●●●
舞踏会から数日が経った。
今のところ、レオヴィルとラスカーズに進展があるようには見えない。
やっぱりまだ何か足りないのか……そう考えながら、今日はボルドー家の庭仕事に従事している。
すると、屋敷の前へジュリアン王家の紋章が入った馬車が停まった。
もしかしてラスカーズがレオヴィルに会いに来たのか?
「ハンターのアルビス! アルビスはいるか! ラスカーズ殿下がお呼びだ! 至急、城へ向かわれたし!」
やや物々しい兵の物言いに、同じく庭仕事をしていた使用人たちが騒然とし出す。
渦中の俺も、実は少し心臓がドキドキしていたり。
……ラスカーズの恋愛相談、だよな? たぶん……?
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