占拠されたイーストウッドタウン


「アラモ」ーー南の荒野に住む人ならば誰でも知っている悪漢の名前だ。

 実際、こいつのせいで南の荒野の多くの街が滅ぼされている。


「漆黒の騎士団が来ていたんだろ!? あいつら一体何をしてたんだ!?」


「アラモ達、夜中に突然襲ってきたんだ。漆黒の騎士団達も油断してたみたいで、街の人たちと一緒に捕まっちゃって……」


 なんだよ、ノワル達のやつ……漆黒の騎士団なんてカッコつけてる割には全然だめじゃん。


「ドレは自分で逃げてきたのか?」


「街のみんながあたしだけ逃してくれて……街の外にいるアルさんに助けてもらえって……アルさん、お願い! 街を、イーストウッドタウンのみんなを助けて! このままじゃ……」


「わかってるさ。でもまずは少し落ち着こう。街も大事だけど、俺にとっちゃドレは同じくらい大切なんだから」


「う、うん……ありがと」


 まず俺はドレを連れて、近くに見えた岩場へ進んでゆく。

なによりもまずは、すっかり疲弊しているドレを休ませるためだった。


「SABORURU!」


「ちっ! こんな時にっ!」


 岩陰から南の荒野特有の魔物サンドゴブリンが飛び出してくる。

俺は銃を抜き、撃鉄を弾いた。


 銃声が3発鳴り、2匹の悲鳴が響き渡った。


 しまった、1匹撃ち漏らした!


 すると俺の脇を銃声がすり抜けて、残ったサンドゴブリンを見事に撃ち抜く。


「良かった、間に合って……」


 疲れ切っていても、ドレは正確な射撃をしてみせた。

もう俺からドレへ銃に関して教えてやれることはないのかもしれない。


「ーーっ!?」


 俺は脇から魔物の気配を感じた。

しかし俺の腕では、一発必中は難しい。

そこで俺は物真似の力を発動させた。


 狙いをつけるのはほんの僅かの時間。引き金を押し込んだまま撃鉄を弾く。

銃声と共に闇の中からサンドゴブリン特有の乾いた悲鳴が聞こえてきた。

 物真似を通してドレの実力を体感した俺は、興奮で胸を弾ませる。


 本当にドレの射撃は凄い。きっと将来はみんなを守ることのできる、立派な保安官になるはずだ。


「やっぱアルさんって銃上手だね」


「今のはドレの真似をしただけだよ」


「あたしの?」


「本当にドレは射撃が上手くなったよ。もう俺から教えてやれることは無いかな?」


「そ、そんな寂しいこと言わないでよ! あたし、まだまだアルさんから教わりたいことたくさんあるんだから!」


 ドレがすごく慕ってくれているのは分かっている。

だけどそれに甘えて居続けるのは、東の山での二の舞になりかねない。

シグリッドのようにドレへ怖い思いをさせるのは、もう懲り懲りだからだ。


……

……

……



 岩場で火を焚き、ドレに食事を摂らせて、状況がひと段落した。

 俺は改めてドレからイーストウッドタウンの状況を聞くことにした。


「街の人たちは全員酒場に閉じ込められてるよ。漆黒の騎士団の人達は地下倉庫にまとめて閉じ込められてる」


「敵の人数は?」


「13人だったかな。それとアラモが連れている黒くて大きな魔物が1匹……」


「その情報詳しく!」


「あたしも少ししか見てないからよくわからないけど、とにかく大きくて、2本のすごく太いツノを持っていたいよ」


「やっぱりベヒーモスか……」


 南の荒野で最大級の大きさを誇り、最も凶暴とされる魔物がベヒーモスだ。

無法者と並んで、南の荒野が頭を抱える原因の一つだ。

しかし無法者と厄介者が手を組んでいるとなると、これは想像以上にきつい状況だ。


 無法者13人なら不意を突けばなんとかできそうな気がしていた。

しかし更にベヒーモスがいるとなると、そうは簡単に行きそうもない。


 兎にも角にも、今は情報不足だと考えた。


「ふわぁ……」


 ようやく安心できたのか、ドレもあくびをするほどの余裕ができたらしい。

それはそれで良いことだと思った。


「夜も遅いし、今日は休もう。こんな状態じゃ、救えるものも救えないしね」


「うん。わかった」 


 とりあえず今夜はここで休んで一旦、体勢を立て直すことにする。

すると夜半過ぎ辺りに、背後からモソモソとドレが近寄ってくる気配を感じた。


「どうした?」


「ごめんアルさん……今日は冗談抜きで、その……一緒に寝ても良い?」


 時々、ドレはいたずらで俺のベッドへ潜り込んでくることがあった。

この子曰く、狼狽する俺を楽しんでいた、とのことらしい。

いつもなら強く拒否をしていたところだ。


でも、今はドレにとっては非常事態だし、心細い気持ちがあるのだろう。


「良いぞ。来いよ」


「ありがとう、アルさん」


 やがて背中へドレの感触が伝わってくる。

 この子もそろそろ14歳で、成人は目前だ。

そんな子が背中に密着して来ているんだから、緊張しない方がおかしい。

多少変な気分だって、頭を掠めてくる。

だけど今一番感じているのは、ドレを少しでも安心させてやりたいという気持ちだ。


「今日は拒否らないんですね?」


 不意にドレが悪戯っぽく言ってくる。


「今日は特別だ。でも、どうなっても知らないぞ? 俺だって男なんだから」


「……アルさんなら……いいよ?」


「はっ!?」


 思わずそう声を挙げてしまい、しまった! と思ったが後の祭り。

背後から予想通り、ドレの含み笑いが聞こえてくる。


「そんなこと言って絶対にしないくせに。これまでいくらだってチャンスあったでしょ?」


「はぁ、もう、お前なぁ……」


「さぁさぁ、どうぞ?」


「あんまり変なことばっかり言ってると、追い出すぞ?」


「やっ!」


 こういう悪戯は本当にリアクションに困って仕方がない。

でも、ようやくいつものドレに会えた気がして嬉しかった。


「アルさん……どこにも行かないで……」


「……」


「ずっと一緒にいて……だって、あたしは……すぅ……」


 本当に今後のことを考えると色々な意味で困ったと俺は思った。



……

……

……


「すぅー……すぅー……」


「じゃあな、ドレ。立派な保安官になれよ。代わりにお前が守るべき街は俺が必ず救うから」


 俺は未だ眠ったままのドレへそう語りかけた。

傍には渡せる限りの食糧と金を置く。

これだけあれば隣町へ行くには十分だろう。

いずれ救い出したイーストウッドタウンの人を、ここへ寄越しても良い。


 装備を整えた俺は一人、朝日に照らされた赤土の上を歩き始める。


 悪漢アラモとその一味からイーストウッドタウンを救い出すために。

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