弟子のドレ


「お願いします! どうかあたしに銃の使い方を教えてください! お願いしますっ!」


 南の荒野にやってきて半年経った頃のある日。

 仮住まいの酒場の二階へ帰ると、女の子が扉の前で土下座をしていた。

 南の荒野に来てから、かなりの数の個性的な人たちと会ったけど、いきなり土下座をしている人は初めて見た。


「お願いも何も、君は一体何者だい?」


「あたしはドレ! 13歳ですっ! なんでもします! だからあたしをアルビスさんの弟子にしてくださいっ!」


 南の荒野に来て、銃を持つようになり、俺の能力でわかったことがあった。

それは道具を使った物真似に関しては、体が自然とその扱い方を覚えるということだ。

物真似をし続けることで、体が動作を覚えるのだろう。


 確かに東の山でシグリッドに料理を習ってたら、自然に覚えたもんな。


 とはいえ……


「あのさドレだっけ? 君に銃を教えるのって俺じゃなくても良いんじゃないか?」


 実際、この半年で俺は物真似の力を使わなくても、そこそこ銃が撃てるようになっている。

でもあくまでそこそこだ。結局は真似事なので、オンリーワンの力じゃない。


「俺なんて南の荒野に来て初めて銃を握ったんだぜ? 俺の腕前なんてたいしたもんじゃ……」


「なにを仰います! あたし、知ってるんですよ! アルビスさんがこの町にやってきた時のことを! 目にも止まらぬ早打ちで、悪い奴らを一瞬で懲らしめたじゃありませんか!」


 目にも止まらぬって……ありゃ、物真似をしただけで銃は持っていなかったんだけど……

でも、それを説明したところで納得してくれるかどうか微妙なところだ。


 さてどう言って断ったものかと考えていると、妙に下の方がざわついていることに気がつく。


「おいアルビス、ドレに頭下げさせてるぞ……」

「アルビスさんって実はそういう人?」

「ちょっとショックだわ……」


 階段が格子状になっていたので、俺とドレのやりとりは下の人達に見えていたらしい。


「いや、これには事情があってだねみなさん!」


「お願いします、アルビスさん! 後生ですからぁ……!」


「こ、こら泣くな! くっ付くな!」


「アルビスしゃん……ぐすん……」


「わ、わかったから泣くな! とりあえず部屋で話を聞くから!」


「いやったー! それじゃ早速お話ししましょー!」


 どうやら嘘泣きだったらしい。

 なんてやつなんだ……


――これが俺とドレとの初対面だった。


 ドレは亡くなった前任に保安官の娘で、今はイーストウッドタウンのみんなに育てられているらしい。

彼女の身の上を聞いて、自分と同じ境遇だと思い、すぐさま親近感を覚えてしまった。

そしてなんでドレが銃が撃てるようになりたいかというと、


「あたし今はみんなに守ってもらってるけど、いつかはあたしが守ってあげたいんだ! お父さんの娘として! ようは恩返しっ!」


 気持ちはわかるし、なにせ同じような境遇なのだ。

 俺にどこまで教えてやれるかはわからない。

でも自然とドレの力になってやりたいと思ったのが、今から半年前のこと。


 この日から俺とドレは師弟関係結んでいる。


 そういやシグリッドとドレって同い年だよな。

あの子、元気でシルバルさんと仲良くやってるかな。



●●●



「随分、上手くなったな」


「えへへ! でしょでしょ? 先生が良いからだけどね!」


 日課の町外れでの射撃訓練を終えて、ドレは嬉しい言葉を口にしてくれる。


 ほんと、この半年でドレの射撃はかなり上達したよ。

もう俺よりも銃に関しちゃ上手いんじゃないか?


「さてと、じゃあ俺は予定通り2泊三日で街の外へ行くから」


「やっぱ行っちゃうの……?」


 ドレは寂しそうな顔でそういうが……いやいや騙されちゃいけない。


「そんな顔をして、声を出してもダメなものはダメだ!」


「わかったよ。そんな怖い顔をして言わないでよ、もう……」


 あれ? もしかして本気で寂しがってたのか……?

時々、どれがドレの本音だかわからないのが玉に瑕だ。


「まぁ、あたしみたいなへっぽこが着いてっちゃ邪魔なのは分かるけど……」


「へっぽこなんて思ってないけど念のためにな。ドレになんかあったら困るんだよ」


「アルさん……」


 ドレは嬉しそうな顔をする。

なんかこういう顔をみているとシグリッドを思い出すな。


「それじゃ美味しいスパイシービーンズを作って、アルさんのお部屋で待ってるね!」


「スパイシービーンズは嬉しいけど、待つのは自分の部屋でな」


 だってドレのやつ、平気で俺のベッドで寝たりするんだもん。

それ自体は悪いことじゃないんだけど、どうもこの子の残り香がね。


「それじゃ行ってくる」


「行ってらっしゃいアルさん! 気をつけて!」


 俺は荷物を掲げて、ドレに見送られつつイーストウッドタウンを出た。

荒野で2泊三日で訓練するためだ。

でも、これは建前で本音は、これからイーストウッドタウンにやってくる「漆黒の騎士団」に遭わないためだ。


「漆黒の騎士団」――4大国家評議会直属の戦力として、広大なる大陸のあらゆるところで、様々な任務をこなしているパーティーのことだ。

そして三年前に俺をいきなり追い出した連中でもある。

あの時の悔しさはまだ俺の心に暗い影を落としている。

幼馴染とはいえもう二度とノワルやメンバーの顔を見たくはない。


 それにこの訓練にはもう一つ意味がある。


 南の荒野へやってきてもう一年以上。

最初の頃は苦戦した魔物にも、随分あっさり対応できるようになっていた。

そろそろ次の場所へ旅立つ頃あいかもしれないので、それを確かめるためだった。


 でも、俺が出ていったらドレはどう思うだろうか?

しかしいつもの調子で着いてくるって言われても困るし、うーむ……。


 そんなことを考えつつも、俺は南の荒野に生息する、危険な魔物とも互角以上に戦えた。

銃という、物真似の能力以外の力を手にできたのが大きい。


 本当にそろそろ、南の荒野から旅立つ時なのかもしれない。


 真面目にドレの今後を考えた方が良さそうだ。


 そうして俺は三日目の夕方に、イーストウッドタウンへ戻ってゆく。

すると、赤土の上へ倒れる人影を見つけた。

 俺は無我夢中で倒れている女の子へ近寄ってゆく。


「おい、ドレ! しっかりしろ!」


「アルさん……アルさんだ! うう……ひっく……」


 ボロボロのドレは頬を緩ませる。

そしてボロボロと涙を流し始めた。

ドレが泣くところなんて見たことがない俺は、尋常ならならざる状況なのだと理解する。


「何があったんだ? ゆっくりで良いから教えてくれ!」


「街が……イーストウッドタウンが、アラモに……ぐすん……」


「アラモだと!? ノワル達は、漆黒の騎士団はどうしたんだ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る