囚われの漆黒の騎士団
遠目で見ても、いつも賑わっているイーストウッドタウンが閑散としているのがわかった。
更に街からは、獣のような遠吠えが何回も聞こえて来ている。
どうやらベヒーモスの鳴き声のようだ。
さすがに正面切って侵入するのはマズイ。
俺は街道を外れ、側にある岩場から街の中へ潜入を試みる。
途端、一軒の家の窓ガラスが割れ、火が上がった。
「ぎゃはは! 燃えてる! 燃えてるぜぇ!」
「このまま街ごと火の海にしてやろうか! ひゃははは!」
お揃いの赤いスカーフを巻いた明らかに悪そうな二人組が不快な笑い声をあげている。
するとすぐさま、鋭い銃声が鳴り響く。
途端、笑い声を挙げていた二人組が押し黙った。
やがて二人の前へ、葉巻を咥えた筋骨隆々な男が現れる。
「何を勝手なことをしている。この街が全焼したらどうするつもりだ?」
「あ、いえ、これはちょっとした余興でしてねボス……」
「余興だと?」
葉巻男が不愉快そうな声をあげると、背後でベヒーモスが唸りを上げた。
家に火を放った二人組は、更に背筋を伸ばして緊張する。
「す、すいませんでした! すぐに消します!」
「……次やったら、お前達はシルバーくんに食わせる。よく覚えておけ」
多分、あの葉巻男が「アラモ」なんだろう。
てか、あのベヒーモス、シルバーくんって名前なのね。
なんか可愛いような……シルバルさんと名前が似ていて複雑な心境の俺だった。
とはいえこれは一つ目の収穫だ。
アラモ一身は団結しているというよりも、ボスのアラモがベヒーモスを使って恐怖政治を敷いているらしい。
幸い、火をつけた二人組は必死に消火を行なっている。
今が移動のチャンスかもしれない。
「GUOOOONN!!」
その時、ベヒーモスが不穏な雄叫びを上げた。
途端、アラモをはじめとした無法者達が、一斉に俺の隠れている物陰へ視線を注ぎ始める。
まずいバレた!? でもなんでバレたんだ!?
しかし焦っていても仕方がない。
今はこの場から離れないと。
でもどこへ逃げたら良いのやら……
すると迷っている俺の腕を少し小さな手がいきなり掴んでくる。
「こっちだよ!」
「ド、ドレ!? なんでお前が……」
「良いから早く!」
「お、おい!」
俺はドレに引かれるがまま、路地裏を縦横無尽にかけていった。
「GOOOOO……」
不思議とベヒーモスは唸りを収めた。
ドレに手を引かれて走り、ちょうどベヒーモスの背後に回ったところだった。
「あの化け物鼻は良いみたいなんだけど、正面だけらしいんだ。昨日も後ろに油だまりがあるの気が付かなかったしね」
「……助けてくれて、更に情報をくれたことにはお礼をいうよ。でも、なんで来たんだ?」
「それはこっちのセリフだよ! なんであたしをあんなところに放置したのさ!」
「なんでって、危ないからに決まってるだろうが!」
「荒野で野晒しのほうが危ないって!」
「いやいや俺に付いてくる方が危ないって!」
と、二人で顔を見合わせて息を潜めた。
後ろには鈍いベヒーモスでも、さすがに何かを感じたらしく首を傾げている。
「とりあえずあたし帰らないから。アルさんと一緒に街のみんなを助けるから!」
ドレは小声で、でもはっきりとそう言ってくる。
もうどう言ってもダメだよなこれ。
「わかった。でも、危ないことは絶対にするなよ? あんまり俺から離れるなよ? 約束できるか?」
「約束する! っていうか、アルさんこそあたしから離れない方が良いかもよ?」
「なんだそりゃ?」
「まぁ、見てなって!」
……しかし俺はこのやりとりの後、ドレの言った意味を強く理解することになる。
俺がまずはイーストウッドタウンの現状を知りたいと伝えると、ドレが先行し始めたのだ。
最初は危ないような気がしたが、杞憂だったらしい。
何故ならドレは俺以上に、この街の隅から隅までもを知り尽くしていたのだ。
「オッケー、今なら大丈夫!」
ドレに付いて街を回っていると、自然とベヒーモスの背後に回るようになる。
これならば、凶暴な魔獣に怯えながら調査する必要がない。
まったくドレ様様だ。
「この納屋に漆黒の騎士団の人たちが捕まってるよ。あっちの壁に隙間があるから、そこから中を確認してみて」
ドレの指したところには、確かに亀裂があった。
俺はそこから中を覗き込み、耳を澄ませてみる。
「うえぇん……ひっく……」
真っ先に見えたのは縛られたまま泣きじゃくる女魔法使いのネーロ。
「だ、大丈夫だからきっと……こら男共! 落ち込んでばっかいないであんた達もネーロを励ましてやれよ!」
きつい性格の女僧侶のヘイスアが怒鳴り声をあげる。
怒鳴られたリーダーのノワルを含む男どもは、憔悴しきっていてそれどころではなさそうだ。
「うるせぇぞ!」
扉の番をしていたゴブリンのような顔をした無法者達が入ってきた。
全員、顔がそっくりなので兄弟なんだろう。
「い、いやぁ! ゴブリンはいやぁぁぁ!!」
無法者を見た途端、ネーロは取り乱す。
そういやこいつ、新人の頃にゴブリンに群がられてちびってたもんなぁ……
泣き叫ぶネーロを見て、ゴブリン似の無法者兄弟はニヤリと笑みを浮かべる。
そして縄を引き、ネーロを思い切り引き寄せた。
「な、なにるすんだい! ネーロに暴力を……きゃっ!!」
ヘイスアも縄を引かれ、倒された。
ゴブリン似の無法者が彼女の頭を踏みつけて動きを封じる。
「俺はな、ひひ……お前みたいにきぃきぃ泣き叫ぶ女が大好きなんだ」
「おいおい、止めとけよ。女どもは大事な商品なんだろ?」
「別に使用済みだろうとなかろう、こいつなら高く売れるだろうよ。……じゃあ、俺はこっちのキツそうな女にするかなぁ」
無法者達は気味の悪い笑顔を浮かべつつ、そんな会話をしていた。
動くことのできないネーロとヘイスアは顔色を真っ青に染めて、まさに戦々恐々といった状態だ。
「や、やめろ! ふ、二人に手を出すーーがはっ!」
声を上げたノワルは言葉半ばで、無法者共に顔を蹴飛ばされた。
「ひゅーかっこいいね。なんならお前から相手をしてやろうか?」
「やるか? やっちまうか? 仲間の前で、恥ずかしい初体験をよぉ!」
「良いな、それ! 意外とこいつ、男の癖に……ひひっ、可愛い顔してるじゃねぇか!」
無法者がノワル達へにじり寄ってゆく。
そんな光景を目の当たりにした俺は、軽く咳払いをし、喉の調子を整えた。
「おい、お前ら。そこでなにしているんだ!」
「ボ、ボス!?」
俺がボスのアラモの声真似をした途端、無法者達の顔から血の気が引いてゆく。
「やべぇよ、やべぇ!」
「ズラかるぞ!」
「こらてめぇ、さっさとズボンを履きやがれ!!」
無法者達は蟻の子を散らすように、納屋から出てゆく。
アラモの声はほんの少ししか言いていなかったので自信が無かったけど、うまく騙せたらしい。
これで連中も暫くは漆黒の騎士団に手を出さないだろう。
「次行くぞ」
「う、うん」
俺はドレに続いて、ノワル達が囚われている納屋を後にする。
ーー本当はノワル達なんて助けるつもりなんてなかった。
実際、ざまぁみろ、と思ったところもあった。
だけど……あんな状況を見過ごせるほど、俺は冷血な人間ではなかったらしい。
「アルさん」
「ん?」
「やっぱアルさん、カッコいいよ。あたしじゃたぶん怯えて何もできなかったと思う」
「できることをやっただけだって。たいしたことじゃない」
「アルさんのそういうところ……す、好き……だね……!」
でも、ドレから嬉しい言葉聞けたから、よかったということにする俺だった。
……
……
……
次第に日が落ち、イーストウッドタウンが薄闇に包まれ始める。
そして俺とドレは集会場として使われていた、街で一番大きな建物の前にいた。
アラモたち無法者が、その中へ続々と入って行ったのを見かけたからだった。
このタイミングで潜入すれば、敵の正確な数や、より多くの情報が得られるかもしれない。
「ドレ、ここにこっそり入りたいんだけどできるか?」
「もっちろん! 任せて! こっちだよ!」
●●●
イーストウッドタウンのはずれにある、小汚い納屋。
その中では囚われた漆黒の騎士団の面々が、息を潜めている。
「ね、ねぇ、みんな……昼間に聞こえた声に、聞き覚えあるような気がしない……かな?」
不意に女魔法使いのネーロが言葉を放つ。
「それね! 私もなんかどこかで聞いたことある響きだなって……」
女僧侶のヘイスアもネーロに同意する。
「もしかして……アルビス?」
リーダーのノワルの言葉を聴き、全員がピンと来たらしい。
「でも、なんでこんなところにアルビスくんが……」
「いや、そもそも私たちアイツを……」
「……」
ノワルをはじめ、漆黒の騎士団はそれ以降黙り込んでしまう。
過去に彼らが、アルビスへどんな仕打ちをしたかわかっているからだ。
しかし同時に僅かながら、脱出の希望を見出しているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます