3ヶ月後の東の山(*前半シルバル視点)
――本当はもうとっくの前からわかっていました。
ユリウスは死んでしまっていて、もう二度と私のところへは戻ってきてくれないのだと。
だけどその事実が受け入れ難い自分も居ました。
だから今日の今日まで、その事実から目を背けていました。
有りもしない妄想に掻き立ててられて、涙を流し続けていました。
そんな私へ2年前に出会ったアル君は優しくしてくれました。
彼の気持ちを知っておきながら、優しくしてくれる彼に甘えていました。
彼の気持ちから目を背けて、利用し続けていました。
でも、シグリッドとそのことで口喧嘩になって、あの子が危ない目にあって……ようやく自分の愚かさかに気がつき始めました。
私は自分のことを最低な女だと思いました。
これではシグリッドやアル君、そして……ユリウスにも申し訳ないと思いました。
だから私は変わろうと思います。新しい一歩を踏み出すために……
●●●
「いやぁ、まさかアルビスが古き魔術師を倒すとはな!」
「ホント、それ! あいつなんでもできるすごい奴じゃなくて、最強の男なんじゃ!?」
「わ、私、もう一回アルビスさんにアタックしてみますっ!!」
シグリッドの行方不明事件から3ヶ月が経っても尚、冒険者ギルドでは俺の話題で持ちきりらしい。
厳冬だった東の山にもようやく春が訪れ始めている。
相変わらず山は、自然の厳しさを俺たちに教えてくれる。
魔物だって相変わらず人を襲ったり、悪さを仕掛けたりしてくる。
だけどどこか、以前に比べてバランスが取れているような、そんな気がしてならない。
もしかすると、古き魔術師が諸悪の根源で、奴が消滅したことで本来の秩序が戻っただけなのかもしれない。
ちなみにこの3ヶ月大怪我を負ったために暇を持て余していた俺は、少し「古き魔術師」のことを調べてみた。
どうやら奴は、俺たち移民が、広大な大陸へ入植する前に住んでいた原住民"キリエル人"だった。
奴が人であったのは今から500年前。その時も、移民の子供を攫っては、魔術の実験材料にしたり、時には食したりと変態じみた活動に明け暮れていたようだ。
結局最後は、建国の英雄たちに倒されたらしいんだけど、あまりに悔しかったのかゾンビになって3ヶ月までは山をふらついていたらしい。
……なんて迷惑な奴なんだ。だから、あの時ユリウスと一緒に葬れて、よかったと思っている。
これでもうシグリッドのような子供が、残酷な仕打ちを受けなくて済むからだ。
しかしこんな調査はただの暇つぶしだった。
更に、こうした深い歴史を調べることで、自分の浅さに改めて気付かされた
……
……
……
「アルお兄ちゃん、今日は元気?」
「ううっ……は、腹が……」
「お腹!? お腹がどうかしたんだね!? すぐお姉ちゃんを呼んで……」
「減った……!」
「へっ?」
「腹が減って死にそうだ! いますぐシグリッドのパンが食べたい!」
「んもうぅ! そういうの止めてっていってるんじゃん! そういうお兄ちゃん嫌いっ!」
ありゃりゃ本気で怒られちゃった。
しかも少し涙目だよ……
あれから3ヶ月、俺はまだシルバルさんの治癒教会のベッドの上だ。
傷自体は例に漏れずエリクサによって完全に治っていた。だけど、死霊のユリウスの槍に込められた呪いや精神的なダメージが蓄積されていたらしい。
故に、シルバルさんからは3ヶ月程の休養と絶対安静を言い渡されている。
「バカバカ! お兄ちゃんのバカ!」
「い、痛いって! さすがにそろそろ……」
「こら! シグリッド! また貴方は! アル君は怪我人なのよ! 良い加減にしなさいっ!」
っと、ここでシルバルさんのご登場。
さすがのシグリッドも、自分の非を認めたのか押し黙る。
「アル君の食事を用意してくれる?」
「……分かった」
シグリッドは少し不満そうな様子で部屋を後にする。
代わりに俺の脇へ座ったシルバルさんは、優しい笑みを浮かべてくれる。
「元気そうね?」
「そりゃ3ヶ月もぐーたらしてますから。てか、そろそろまた活動したいんですけど」
「そうね。でも、もうちょっとだけ。休める時には休んでおかないと」
「はぁ、まぁ……」
「はい、そういう不満そうな顔をしないの! 私が側にいてあげるから……」
ここ3ヶ月の大きな変化としてシルバルさんが悲しそうな顔をしなくなった。
というよりも、元に戻った言うべきか。
まぁ、いつも悩ましげな顔をしていた頃よりも、少し口うるさくなったけど今の方が良いと思う。
さすがはシグリッドのお姉ちゃんといったところか。
――本当に穏やかな日々だった。きっと今ならば、ずっと憧れていたシルバルさんが、俺のことを受け入れてくれると思う。
ずっとこの場所で、時を刻んで行きたい……そう思っている反面、このままではいけないと俺は常々感じている。
ユリウスや古き魔術師と戦って、俺はまだ自分が弱くて情けない奴だと痛感した。
今のままではまたシグリッドやシルバルさんが危ない目にあったとしても、助け出せる自信がない。
きっと俺はこの東の山での温い生活に浸り過ぎていたんだ。
そう思うと決まって、俺の中では物真似の力を授かり、ノワル達と東北の村を旅立った時の決意が蘇る。
俺は比類なき、強い力を手に入れた。何もない俺なんかが。
これはきっと神が俺に与えた宿命だ。
手にしたその力を使って、多くの人々を救えと……
「アル君?」
「な、なんっすか!?」
気がつくとシルバルさんが心配そうな顔つきで俺を見上げていた。
久々に憂いに満ちた彼女の顔を見て、胸にモヤモヤが沸き起こる。
「どこか痛いの? 苦しい?」
「いえ、その……」
「あ、あのね、えっと……」
シルバルさんはスクッと立ち上がった。
そして俺はすぐさま、柔らかい感触に包まれる。
「シ、シルバルさん!?」
「嫌だったら突き飛ばしても良いから……」
シルバルさんは俺の頭を抱きしめながら、自信なさげにそう言った。
嫌なわけあるもんか。でも、違った意味で俺はこの人のことを突き飛ばさなきゃいけないと思う。
俺の本当の気持ちを叶えるためにも……
決意は固まった。
俺はさっそく、東の山から旅立つ準備を始める。
●●●
「こんなもんかな」
ずっと宿屋住いをしていたので荷造りなんてあっという間に終わった。
あとは旅立つだけ。
でもその前に俺にはやり残したことがある。
俺は意を決して、シルバルさんの寝室がある二階へと向かってゆく。
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