便利な【物真似(モノマネ)】の力を嫉妬され仲間を外された俺が一人で世界を救う旅を再開したら……みんなには頼られるし、可愛い女の子たちとも仲良くなれて前より幸せなんですが?
思い出をレリックに変えて――さようなら、東の山
思い出をレリックに変えて――さようなら、東の山
「アル君……?」
扉をノックすると、 シルバルさんの声が聞こえてくる。
遅い時間にも関わらず、起きててくれてよかった。
俺は意を決して、扉を開ける。
薄闇の中で、俺を見たシルバルさんは僅かに目を見開く。
「アル君、その格好って……」
「ご覧の通りです。長い間お世話になりました。俺、明日の朝旅立ちます」
「……理由を教えて貰えないかしら?」
「俺が弱いからです。ここでの生活は本当に楽しくて、ついうっかり長居をしちゃってました。だけど……このままじゃだめだって思ったんです」
「たしかアル君は東北の村の出身だったわね……」
「はい。東北の村、またの名を"英雄の村"と言います」
建国の英雄たちの最後の地であり、その血が色こく残る種族が生活する場所……それが俺の故郷である、広大なる大陸の北東に位置する"英雄の村"だった。
ここの住民は成人である15歳を境に、御神木から力を分けてもらって、特別な力を得て旅立つ。
もしくはその儀式を拒否して、一生村から出ないかの二択だった。
誰が親かもわからない俺だったけど、幸い御神木から"物真似の力"を授けて貰うことができた。
能力を授かった者の宿命はただ一つ。
授かった能力を使って、広大なる大陸を周り、そこに暮らす人々の幸せを守ることである。
「俺には俺になすべきことがあります。御神木から力をいただいた時から、決まっていたことです」
「……そう……」
そんなに悲しそうな顔をしないでくれよ、シルバルさん……でも、これを乗り越えなきゃいけない。
それに今の俺には、シルバルさんへお別れを言うよりもやるべきことがある。
俺はこの3ヶ月間、ずっと渡しそびれていた手紙を差し出す。
「これって……」
「ユリウスさんが、シルバルさんへ宛てた手紙です」
「こんなものをどうして……?」
「山の中で亡くなったユリウスさんは、古き魔術師によって死霊に変えられていました。シグリッドや他の冒険者が見かけたのは、そいつのことです。そして俺は3ヶ月前にユリウスと対峙しました」
「……」
「その時、ユリウスさんがこれをシルバルさんへ渡してほしいと伝えてきました」
「ユリウスが……」
シルバルさんはグッと涙を堪えつつ、俺から薄汚れた手紙を受け取る。
そして長い、長い黙読ののち、シルバルさんはその場に泣き崩れた。
俺はじっと、シルバルさんが泣き止むのを待ち続けた。
やがて彼女は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を俺へ向けてくる。
「一つ、無茶なお願いをできるかしら……」
「なんですか?」
「できたらでいいの……この手紙を、アル君の物真似の力を使って読んでほしいの……」
「……わかりました。上手くできるかどうかわかりませんけど、やってみます」
俺は手紙を受け取ると、すぐさま戦いの中で効いたユリウスさんの僅かな声を思い出す。
そうして暫くすると、喉の奥に小さな変化のようなものが感じられた。
俺は受け取った手紙へ視線を落とす。
――最愛なるシルバルへ
君がこの手紙を読んでいるということは、俺は君をとても悲しませてしまっているのだろう。
まずはそのことを謝りたい。辛い思いをさせてしまい申し訳なかった。
君と幼い日から今日まで過ごした日々は、俺にとってとても楽しく、希望に満ちたものだった。
永遠に君と時間を共にし、子を成し、未来を繋げたかった。
だが愚かな俺は、もはや君ともう二度と時を共にすることはできない。
これは自分を過信し、多くの部下の命を奪ってしまった俺への罰だ。
だからこんな愚かな俺を、もう待つ必要は無い。
俺のことを過去とし、これからは別の未来を求めて生きていてってほしいと切に願う。
シグリッドとあまり喧嘩せずに、これからも仲良く過ごしていってほしい。
どうかお元気で。さようなら……。
――ユリウス
ユリウスの声真似で手紙を読み終えた俺は、顔を上げた。
目の前ではシルバルさんが、ボロボロと涙をこぼし続けている。
しかしそこに憂いは感じられず、むしろいつも以上に穏やかな顔つきのような気がした。
「……ありがとう、アル君。わがままを聞いてくれて……」
「いえ。それじゃ……」
俺のここでの最後の役目は終わったと部屋を後にしようとする。
すると、背中に柔らかい感触を得た。
「シルバルさん?」
「ごめんね、急にこんな……」
俺に抱きついてきたシルバルさんはか細い声で謝罪を言ってくる。
憧れの女性に求められているような……自然とそんな感覚が湧き起こり、胸が高鳴り始める。
「お礼がしたいの……」
「お礼?」
「これまで私を支えてくれて、シグリッドを助けてくれたお礼を……こんなズルい女で良ければだけど……」
シルバルさんは俺から少し離れて上着に手をかけた。
薄闇の中に、彼女の緩やかな肩の線が浮かび上がる。
生まれて初めて感じる妖艶な空気に、俺は息を呑む。
「ごめん、お礼だなんてカッコつけ過ぎよね……シグリッドがいう私のズルさってこういうところなのよね……」
「……」
「今はただ単にアル君のことが欲しいの。ただそれだけ……獣じみた欲が私を突き動かしているだけ……」
「シルバルさん……」
シルバルさんは再度俺の胸へ飛び込んできた。
「お願いアル君。君の好きにして良いから。君は君の欲望を私へ叩きつけるだけで良いから……」
彼女の細い指先が、俺の体を優しく撫で回す。
きっと俺よりも大人なユリウスなら、どう判断しただろうか。
こんな時、どんな声をシルバルさんへかけていただろうか。
やはり俺はまだ子供で、そうしたことへの関心と、欲望を抑えきれなかった。
「良いんですね、シルバルさん?」
「うん……良いわ。最後まで、君に甘えてごめんね……」
俺は衝動に突き動かされるまま、憧れだった女性へ欲望を叩きつけ続ける。
俺とシルバルさんの欲望は留まることを知らず、行為は夜明け近くまで続いていった。
……
……
……
「また来ます。それまでお元気で……」
俺はベッドで深い眠りに就いているシルバルさんへ声をかけた。
身支度を整え、眠る前に彼女から受け取った"青い宝石のはまったペンダント"を首からぶら下げる。
これはシルバルさんがご両親から譲り受けた"英雄遺物(レリック)"というものだ。
このレリックは、一日一回限りだが、敵のあらゆる攻撃を遮断できるものらしい。
物真似カウンターが最大の武器である俺にとっては、かなり有効な代物だ。
どうやら俺の無茶な戦い方を見た、シルバルさんが用意してくれたらしい。
俺は再度、シルバルさんへ深く頭を下げ、そして2年間通い詰めた治癒教会を跡にする。
そして人気の少ない朝の街を歩いている時のこと――
「おわっ!?」
突然、背後から何かがぶつかってきて、つんのめる。
「お兄ちゃんのバカーっ!!」
振り返ると、そこには顔を真っ赤にし、目に涙を溜めたシグリッドの姿が。
「ねぇなんで!? なんで出てくの!? お兄ちゃんのお姉ちゃん、好き同士じゃないの!? なんで離れるの!? なんで!!」
「いや、それはなんというか……」
もしかして昨日のやりとりをシグリッドは知ってる?
そうだったらなんか無茶苦茶恥ずかしいような……
俺は回答に困って視線を右往左往せている。
するとシグリッドがズンズン俺の方へ歩を進めてくる。
「シ、シグリッド!?」
何故かシグリッドは、俺の胸へ飛び込んできた。
そしてまだ小さな手を一生懸命ぐるりと俺へ回してくる。
「もう分かった! もうお姉ちゃんのことなんて知らない! アルお兄ちゃんのこともバカだって思う! でも、バカでどうしようもない人だけど……やっぱり私、アルお兄ちゃんのことが好きっ!!」
「お、おお……そっか、それはサンキュ」
「むっ! そういう好きじゃないからね! 私だってもう子供じゃないんだから!」
「えっ?」
「わ、私は、えっと……か、必ずお兄ちゃんの恋人に、お嫁さんになってみせるんだから!!」
真っ赤な顔のシグリッドは、そう大声を響かせた。
嬉しさと微笑ましさを感じた俺は思わずシグリッドの頭を撫でてしまう。
「そうか、そうか。それは楽しみだな」
「むぅー! 本気だと思ってないでしょ! そうなんでしょ! 頭きた! 必ずなってやるんだから! 少し大きくなったらお兄ちゃんがどこにいても探し出して、くっついてやるんだから!」
「ほうほう、それは楽しみだ。じゃあ、是非是非広大な大陸のどこかにいる俺を探し出してくれたまえよ、シグリッド君!」
「本気だもん……絶対だもん! バカアルお兄ちゃんがぁぁぁぁ!!」
シグリッドは叫び声を上げながら走り去ってゆく。
最後の最後まで煩いけど、可愛いやつだったなシグリッドって……。
このままここにいると名残惜してくて長居をしてしまいそうだった。
俺は決意が冷めないうちに、足速で東の山の国境を目指して歩み出す。
まだ、俺の旅は始まったばかり。
俺は次の地を目指して、歩き続けてゆく。
――東の山から旅立った一年後……俺は広大な大陸の一国である『南の荒野』に身を寄せていた。
そこでも俺はありがたいことに周りからこう評されている。
『銀髪のアルビスはなんでもできて、頼り甲斐のあるすごいやつ!』と。
一章終了。次回より二章。
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