決死の覚悟(*前半竜槍ユリウス視点)
――こんな状況になって、俺は初めてシルバルとシグリッドに申し訳ないと思った。
そうは思えど、後の祭。
愚かな俺は、もはや死を待つしか無いのは自分でもわかっている。
自分の腕を過信していた。調子に乗っていた。衛兵団のエースだなんて言われて、自分のことを世界最強なのだと勘違いしていた。
大事な人いるにも関わらず、その人の言葉を無視して、東の山でも問題になっている「古の魔術師」の討伐なんて無茶な作戦を実行に移した。
結果、自分の命は愚か、多くの部下たちまでも死に至らしめてしまった。
部下やその家族たちには本当に申し訳ないと思った。
だから今更、俺だけ生還したいとは思わない。
愚か者にはこんな末路がふさわしいと思う
だけど……
もし、こんな愚かな俺でも、最後に何かを願っても良いというのなら……
どうかシルバルとシグリッドに永遠の幸を……そしてシルバルの中から、俺の存在を消し去ってほしい。
愛するシルバルには、俺の居ない新しい人生を歩んでいってほしい。
そう願って止まなかった。
――次の瞬間、俺は死ぬことさえ許されぬ人形に成り果てた。
今の俺は、生きる屍。
古き魔術師の道具でしかない。
●●●
『 AAAA AAAA AAAA!!!!』
俺の目の前で、ユリウスが獣のような叫びをあげている。
これが奴の全力で、本気だと直感した。
体が自然と、圧倒的な力を前に逃げ出そうとした。
だけど、俺はそんな弱気な自分を叱咤し、その場に踏みとどまる。
――おそらくこれが、俺に残された唯一のチャンス!
槍の穂先を真っ赤に燃やしたユリウスが矢のような速さで落ちてくる。
「ぐっ……かはっ!」
俺の吐血がユリウスの兜を汚した。
腹には槍が深く突き刺さり、止めどもなく血が溢れ出ている。
しかしまだ俺の意識はここにあった。
ならばーー
『を……』
その時、ユリウスの兜から僅かに音が漏れ出た。
『シルバル……シグリッド……ヲ頼ム……』
きっとこれは亡者からの最後の願いだと思った。
だからコイツは敢えて俺の前に姿を……
そしてユリウスは俺に、薄汚れた何かを握り渡してくる。
「わ、分かったよ、ユリウス……」
『……』
「その願い……確かに受け止めたっ!!」
渾身の力を込めて、血と共に咆哮を吐き出した。
瞬間、一気に俺の魔力が解放され、物真似の能力が発動してゆく。
もはや立っているのがやっとの俺から、白い輝きが放たれ、形を成す
「AAAA AAAA――っ!!」
俺の体から物真似の力によって"もう一人の竜槍ユリウス"が生み出された。
『サヨウ、ナラ、シルバル……――っ!!!』
もう一人のユリウスが、死霊となった本物を、白く輝く槍で貫く。
死霊のユリウスがまとう鎧が砕け、無惨に朽ち果てたな中身がチリに変わってゆく。
しかし俺ら湧き出たもう一人のユリウスの勢いは収まらない。
白い閃光が、驚愕する古き魔術師を飲み込んだ。
「ワタシガ……コノ大魔術師タル、ワタシ――ギャァァァァァ!!!」
古き魔術師もまた一瞬でこの場から消し去られた。
自分で発動しておきながら、俺は改めて自分の持つ物真似の力の威力に震えていた。
でもこれは俺だけの力じゃない。そこにはきっとユリウスの最期の願いが込められていたのだろう。
……っと、やばい……ここで終わりじゃない……
俺は残ったエリクサを次々と飲み込んだ。
多少出血は止まり、傷口は塞がった。
だけど出血し過ぎたせいか、意識が朦朧としている。
ーー俺はこの時、自分がどれだけ軟弱なのか、強く認識する。
「お、お兄ちゃん、大丈夫……?」
「お、おう……! 大丈夫だ。すぐにそんな寝心地の悪いベッドから解放してやるからな……」
不安そうなシグリッドの視線を受けつつ、手枷足枷を外してやった。
するとすぐさま、シグリッドの奴は俺の腕に抱きついて、ワンワン泣き始めた。
無事に助け出せて本当に良いと思った。
「もう二度と、一人で危ないことしようとするんじゃないぞ?」
「うん……」
「約束だぞ。さぁ、帰ろう……」
俺は腰袋から転移魔法が記述された巻物を取り出し、解放する。
そして槍で刺された瞬間、ユリウスが握り渡してきた手紙をしっかりと握りしめ、その場を跡にする。
●●●
「ま、待ってください! アルビスが言った通りあなたは教会で!」
「皆さんに苦労を押し付ければかりではいられません! 良いから、離してください!」
「だ、だから!」
「シグリッド! 今行くから! シグリッドっ!!」
「ああ、もうこの人は!! お、おーい! 誰か一緒にシルバルさんを押さえてくれぇー!!」
ぼんやりと光の向こうから、そんなやりとりが聞こえてくる。
すぐに像が結ばれ、俺とシグリッドは、街の前で押し問答を繰り広げているシルバルさんの真横へ転移した。
「お姉ちゃん!」
「シ、シグリッド!?」
シグリッドはすぐさまシルバルさんへ飛びついた。
最初は驚いていた彼女だった。だけどすぐにシグリッドを強く抱きしめ返す。
「もう、この子は! もうだめよ! ダメなんだから!!」
「ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「でもよかった、本当に……」
いやぁ、本当にまたシグリッドとシルバルさんが再会できてよかった。
本当に……
「……アル君?」
シルバルさん、そんな悲しそうな目で見ないでよ。
俺はあなたのそういう顔はあまり好きじゃ……
ぐらりと視界が回った。
足から力抜けてゆく。
「アル君!」
「お兄ちゃんっ!」
二人は悲鳴のような声をあげる。
しかし俺は二人に答えることができないまま、意識を閉ざした。
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