古き魔術師と朽ち果てた槍兵(*前半シグリッド視点)


――森の中でユリウスお兄ちゃんのような姿を見つけた時。

私はようやく、色んなことに決着が付けられると思った。


 アルお兄ちゃんはお姉ちゃんのことが、好きなんだと思う。

お姉ちゃんの方も満更じゃ無い気がする。


 だけど二人の関係がちっとも進まないのは、きっとユリウスお兄ちゃんのことがあるからだ。

ユリウスお兄ちゃんがお姉ちゃんのことを放っておいているからだ。


だからお姉ちゃんはいつまでも、ユリウスお兄ちゃんのことで毎日泣いている。

アルお兄ちゃんも、そんなお姉ちゃんを甘やかしてばかりいる。


二人とも私よりも大人なんだから、そろそろはっきりとして欲しい。


だから森の中でユリウスお兄ちゃんの姿を見つけた時、私は思った。

結果がどうなろうと、ユリウスお兄ちゃんさえ、教会に引っ張ってゆけば何かが変わるのだろうと。


 できればその結果、お姉ちゃんとアルお兄ちゃんがくっ付いてくれれば嬉しい。


 だって、どう考えても今の私じゃ勝ち目は無いから。

私はまだ子供だから。

アルお兄ちゃんが私のことを妹ぐらいにしか見ていないのは分かっているから……



……

……

…… 



 カタカタと変な音が聞こえた。

次いで、腐ったお肉のような、嫌な匂いが鼻を掠めて来た。

急にお腹から喉の辺りが不快になって、私は思わず咳をしてしまう。


「げほっ! ごほっ! 臭い……――っ!?」


 目を開けるとすぐさま、赤みを帯びた光が私を照らし出した。

手足にはひんやりとした感触がある。

起きあがろうとしても体が動かない。

どうやら私は手足を鎖か何かで拘束されているようだ。


『起キタ……』


「ひっ――!!」


 ヌッと脇から不気味な生き物が私の顔を覗き込んでくる。

骨に皮が張り付いているだけで、目にはポッカリと穴が空いているだけ。

辛うじて人のような顔の形をしている。

でもはっきりと、今目の前にいるのが人じゃないと言い切れる。


「あ、あわ……」


 あまりの恐ろしさに声が声として出なかった。

後を追うように、腰から下がぐっしょりと盛大に濡れ始めた。

恥ずかしかった。しかしそれ以上の恐怖心が私を縛り続けていた。


そんな私が愉快なのか、私の頬を、骨と皮だけの指で思い切り摘んでくる。


『柔ラカイ……暖イ……充分……』


 不気味で臭いソレは私から離れた。

しかしホッとしたのも束の間、私の目の前へ赤黒く錆びた刃物が晒される。

私が今から何をされようとしているのか直感した。


「や、やだ……やめっ……」


『マズハ、ハラワタ……』


 服を捲られ曝け出されたお腹に、ソイツの持つ錆びた刃物が添えられる。


「いやぁぁぁぁ!!」


『恐怖、肉ヲ引キ締メ、味ヲ美味クスル……クカカカ!』


「アルお兄ちゃん! アルお兄ちゃん! 助けて! 助けてぇぇぇ――っ!!」


 私は思わず、大好きな人へ助けを求めた。

来てくれるはずなんて無いのに……


●●●



「そろそろまずいかな……」


 ここに来るまでにかなりエリクサを使ってしまった。

森の中で見つけた洞窟にもうだいぶ長い時間入っている。

しかし一向にシグリッドの姿が見当たらない。


 ここで探し続けるべきか。

それとも思い切って外へ出てみるべきか。

いずれにせよ、迷っている時間はない。


 その時、闇の向こうから悲鳴のような声が聞こえてくる。

俺は迷わず駆け出した。

だって、あの声は、きっと――


「シグリッドぉーっ!!」


 俺は目の前に現れたオンボロな扉を蹴破った。


「へっ……?」


 すると石の台の上に寝かされて、手足を拘束されているシグリッドと視線が重なる。


「ほ、本当に来た……来てくれた……!」


「安心しろシグリッド。すぐに解放する。だから少し大人しくしててくれ」


 シグリッドは安心したような顔で、涙をボロボロ流しながら、何度も頷いてみせた。

この信頼にはちゃんと応えないとね!


 俺はシグリッドに覆いかぶさっていた、ゾンビ野郎を睨みつける。

 

 特徴的な赤い外套を纏ったゾンビ――どうやらこいつが「古き魔術師」とかいう化け物のようだ。

さて、シグリッドにお漏らしさせたコイツをどう料理してやるか。


 とはいっても俺は先手が撃てない。でも大丈夫。まだエリクサの数は、ゾンビ野郎をぶっ飛ばす程度にはある。


『久々ノ食事ノ……邪魔ヲスルナァァァァ!! ユリウスっ!!』


 古き魔術師が怒りの声をあげた。冷たく鋭い殺気が正面から襲いかかってくる。

俺は思わず横へ転がり込んだ。


 途端、さっきまで俺の後ろにあった扉が盛大に吹っ飛んだ。

激しい砂塵が巻き上がる。その中で鎧が鈍い輝きを放った。


「な、なぁるほど……あのゾンビ野郎は、死霊使ネクロマンサーいだったてか!」


 俺は再度転がって、鋭い槍の突きを回避した。

 しかし敵の"ユリウス"の猛攻は止まることを知らない。


 さすがは東の山衛兵団の元エース。

竜槍のユリウスの二つ名は、死しても尚健在らしい。


 でもどんなに強くても、相手が槍兵なら――!


 俺はダッと地面を蹴って飛んだ。

突き出された槍の穂先をギリギリ交わし、ユリウスの懐へ飛び込む。

槍のアウトレンンジであるインファイトに持ち込んだ方が良いからだ。

 するとユリウスのフェイスガードから、赤い輝きが漏れ出した。


「がはっ!!」


 ユリウスの左拳が俺の腹を穿った。

 予想通り、ユリウスは槍の弱点さえも熟知した真面目な男だったらしい。


 俺はすかさず、物真似の力を発動させた。


「おらぁぁぁー!!」


『――っ!!』


 生身の拳がまるで鋼に覆われたかのような硬さを持ち、ユリウスを突き飛ばす。

 ユリウスは床の上を何度も転がって倒れた。


 槍での攻撃へ物真似カウンターを仕掛けるのは、即死のリスクがある。

でも奴の専門外だろう拳なら、そのリスクは大幅に軽減されて、攻撃が返せる……との考えは少し甘かったらしい。


「かはっ! げほっ! ごほっ! な、なんだよユリウスのやつ……槍兵の癖にすっげぇパンチ力じゃん……!」


 俺はハイポーションをがぶ飲みし、傷を癒した。

まだ、ユリウスは本気を見せていない。

頼みの綱であるエリクサを温存するためだった。


 ユリウスはすぐさま立ち上がると、スクッと槍を構え直す。

そして再び、竜のような槍捌きが、俺へ襲い掛かる。


「やめてっ! ユリウスお兄ちゃん! やめてぇぇぇ!!」


 俺はシグリッドの悲痛な叫びをあげた。

俺はその声を聞きつつ、冷静にユリウスの猛攻を避け続け、周囲の観察を続けていた。


 どうやら「古き魔術師」はユリウスを操るので精一杯なようだ。

ユリウスが動き続けている限り、古き魔術師はシグリッドに手出しができない。


 それにユリウスも冷静に見てみれば、死霊らしい動きだ。


 死霊は自ら新しい行動を生むことができない。

生前に記憶した動きをただ再現するだけだ。

だから目が慣れてしまえば、行動が予測できるようになる。

とはいえ、相手は腐っても尚、衛兵団のエース。

まだ、俺はコイツの真価を見極めていない。


 さぁ、そろそろ何かあるなら仕掛けてこい!


 そう思った刹那、ユリウスが大きく後退しながら飛び上がる。


『GAAAA AAAA!!!!』


 空中のユリウスが激しい咆哮をあげた。

奴の掲げた槍に、濃密な魔力が集中し始める。






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