第13話 破滅の衝動

 ・・・

の夢を見ていた


それはオリジンの私の憧れの女悪魔「イヴ」の夢



その空は見たこともないような色をしていた

・・

そこには暗い影のような巨大な都市の建造物たちが

虚空に不気味に頭を突き上げて切り分ける黒い崖のように

いくつも並々とそびえ立っていて


「ズウン・・」


そのうちの一つ、

いくつもの眼球から突き出したような巨大な砲塔の頭部を

無理やり縫い付けたような不格好な塔


その異様な砲塔の頭部は接合部が破壊されていて

重油のように真っ黒い血を噴き出して

ゆっくりと下へとずり落ちていく


辺りに散開していた似たような中規模の砲塔の構造物や

その近くに群がって小さく見えていた建物群を

(ズゴゴゴゴ・・・)

いくつも巻き込みながら轟音をたてて沈んでいくように倒壊する



あの沈む塔たちは人の手で造られたものではないらしい



((  ))

その形を失って崩れゆく巨大ないびつな塔たちの上空に彼女はいた


「  」


彼女の姿は機械装甲で覆われた超兵装の翼を大きく展開して 

嵐が吹く荒れた宙の世界に浮かんでいて


彼女の圧倒的な破壊の力でもって

次々とやってくる白い翼の生えた怪物や

オリジンのおぞましい姿をした怪人たちを

周りの構造物を巻き込んで容赦なくなぎ倒す


彼女はひとり 

空で高笑いをしている


彼女の力の前では恐ろしく強いオリジンの敵の怪人も

白い翼のついた神々しい巨大な怪物も

都市を焼く凄まじい性能の大砲のたくさんついた巨大軍事建造物たちも

全部同じだった


(あれ・・?でもオリジンの都市の建造物って

全部廃墟だったんじゃなかったかしら どこかにまだ残っていたのかしら)


「ゴゴゴゴゴ・・」

(ズウウウ・・ン・・!)



「イヴ」

その彼女の名は「夜」のまだ沈んだ太陽に近い

光を僅かに残して間もない闇から来ていた


彼女の前に現れた命たちの運命はみんな同じ、

全てイヴの破滅の光によってみんな塵になって闇に消えていく


恐ろしくはない

なぜなら彼女はいつもそうだったから

私は慣れっこになってしまっていた


私はそんな彼女をとても遠くの方から 

あるいはとても近くからみていたような気がした


・・

イヴはそのうちスッと私の方を振り向いて 

静かにその悪魔の手を向けた


私は憧れのイヴに見てもらえた気がして少し高揚する


「 」


「あっ・・」

けれど私のことも彼女にとっては多分「同じ」だったんだ


その手から光が走って

私も塵になっていってその夢は終わる



白い蝶が何処かに飛んでいく


・・・・

・・・

・・


 「あっ・・」

今日は・・寝過ごしてしまった


夢を見ていた気がするけど

どんな夢だったかは思い出せない


昨日いろいろ考えすぎてひこずったか・・

なぜか気分も少し沈んでいた


今日は時間も遅れてご飯を食べに行く気にもなれないなあ・・憂鬱だ

とりあえずベッドに座っている


そのうちメイドのローラが訪ねてくるだろうか

そのときにでも動けばいいかなと思っていた


「よっと・・」

なのでとりあえずは小慣れてきた寄生の魔法をつかって

鳴き虫セミたちをなんとなく作り続けることにする



「ん・・」

「(ゴココ・・)」

抜け殻制作作業を続けていると部屋の窓の外がガタガタと少し騒がしい


抜け殻を作る手は止めずにリズはそのまま立ちあがって

音のした窓の方に向かう


・・・

「あれは・・お兄様?」

リズが部屋のある2階の格子の窓から少し下をのぞくと

どうやら騒がしかったのは

庭でまたバゼロお兄様が魔法を試していたかららしかった


今度は少し離れた場所に庭の木じゃなくて

切り出しの木材で作ったような簡易な的を自分で用意していた


(・・・)

昨日は試しの魔法がうまくいったから調子に乗ったのだろうか

いやな予感がする


祝福ブレス発動!」

(ピィン・・)


(ああやっぱりか)

お兄様からまた昨日のように空間に波動が伝わるのをリズは感じる

リズの術の集中が途切れて

制作途中であったセミの抜け殻が崩れてフッとなくなる


だけど集中が途切れたからといって

今までつくった完成したセミの抜け殻の分は消えるわけではなさそうだった

リズのベッドには まだ完成した抜け殻たちが散乱している


やってきた祝福ブレスの波動に右腕がうずっとする



(( ドクン・・ ))

そしてまた湧き上がる衝動


「  」

目の前の窓をぶち壊して

そのままそれまで窓に見えていた景色、

お兄様はおろか 目に見えていた遠くの山々の峰や広がる青空にまで

わけの分からない殺意を抱いて

全てを消し去りたくなるような危険な衝動


( うっ・・)

今はまだ衝動で抑えているレベルだけどだんだん強くなってくる

こんなの・・頭がおかしくなる

そのうち日常生活にも支障が出そう



昨日と違ってお兄様は一度で魔法のオーラを解いたりしていない

お兄様はそのまま昨日とは違う祝福を付与した強い魔法を試したりしている


氷来斬ひょうらいざん!」というお兄様の詠唱の声が聞こえたあとに

「キュオオ・・!」という氷魔法の放つ高い音が聞こえてきた

ちらちらと近くの窓枠がその魔法の光で照らされている


((  ドクンドクン・・  ))


「ズ・・・」ス・・


衝動のまま

気が付かないうちに私は庭に立つお兄様の方に

いつの間にそっとその危険な手を向けて・・


「!」(ハッ・・)

(いけない、わ・・)


(どういうこと・・、まさかイヴの力に私が・・?)


のまれる


その時 

咄嗟にリズは頭の中で強く反芻する


(( 確かにオリジンのイヴはうまく使えないと不安定に暴走を起こして

とんでもなく力が強くなったり逆に弱くなったりしていた


だから操作に支障が出ても

わざとイヴの暴走を引き起こして火力で遊ぶようなプレイヤーも

たくさんいたんだ・・ ))


でも・・


「( 私は違う・・!

わたしはずっとイヴだけを見て イヴの暴走なんかに頼らずに

使いこなしてあのオリジンの世界で一緒に戦ってきた・・!


私はただイヴの力だけ求めて敵を押し潰して満足なんかしない


だからこんな衝動になんて絶対に負けないの・・!)」



「「  」」

そうリズは抑えた手を強く握って

心の中で強く思い返す


すると


( シュウ・・ )


今まで表に出ていた強い衝動は

不思議なことにしだいに鳴りを潜めるように収まっていったのだった



(・・・)

「・・・収まった・・、・・。」


(ふう・・)

ひとまずホッとするリズであった



・・・

・・


でも完全に衝動は収まったわけじゃないようだった


燻っているように奥底にはあるけど目立つように出てこなくはなったみたいな

でも心で気構えていれば全然抑えておけるレベルには

衝動が抑えられて和らいだ気がする



私の腕の方は

どうやらそうやって抑えていればさほど暴走はしないようだった

うずうずしてはいるけど見た目に変化はない


だけど・・

(抑えなかったら・・?)


今まで苦労して抑えていたくせに

一方でそういう好奇心もあってなかなか困る


そう思った瞬間


「ズアア・・!」

今まで抑えていた分まで反映されているように

一気にリズの腕に変化が起こった


「ええ・・!」

力があふれて装甲が浮き出て機械化したリズの右腕が現れる


(どうしよう もうこれ完全にイヴの「破滅の右腕」だよね・・)


でも今度は衝動にのまれて出したわけじゃないから一応は制御もできてるし

ここは部屋の中で誰にも見られてないから今はいいけど・・


イヴのその禍々しい腕を再現したとき


私の頭の中にはっきりと浮かんできたわけではなかったけど

これはできるなと思ったことがあった 


それは


「P(滅拳メギラ)・・」


格闘ゲーム「オリジン」の最も基本的な動作


P(パンチ)コマンド


つまりはオリジンの怪人キャラクターたちがパンチの動作をするために

必要なコマンドボタンであった


そしてイヴがPコマンドによって使用する技の名前は

滅拳メギラ」という技であった


「・・・」

それが今、私の頭の中にある ぼんやり想像できる

感覚は確かにそこにある


ちょっと見てみたい・・

だけどいいの? やってしまって


たしかあの技はすごく・・


(・・・)

でも・・ほんの少しならいいんじゃないだろうか

さきっちょこだけっていうか 出だしだけで終わるというか


力を抑えて調整してほんの少し空振りするくらいなら別に発動しても

なんでもないんじゃないだろうか


もし音が出たとしても

今は外に魔法を使っててうるさいお兄様がいるから

大丈夫だ・・いざという時はうまくやれば罪を被せられる・・気がする


ならばいいのでは ちょっとくらいは



イヴの危険な衝動は抑えられたけど リズの気まぐれな好奇心は抑えられない



よし



「P(滅拳メギラ)!」



それを感覚で発動した瞬間、すごい勢いでリズの右腕から力が開放される


(あっ・・!)

これ振りぬいちゃうね・・

やっぱ一番はじめは加減が難しいわ・・




「ズギャアアアン!」

その日 リズの部屋の窓は吹き飛んだ


・・・

・・・・

 あの後なんとか 調子にのっていたお兄様の魔法の流れ弾がきたことにして

ごまかすことができた


「そんな! 無実です! 父上!」

お兄様は呼び出された書斎のお父様の前で全力で否定していたけど

一緒に呼び出されていた私も全力でウソ泣きをして涙ながらに怖かったことを

臨場感を演出して話していると形勢がよくなったみたい


お兄様の方も祝福で恩恵を付与した魔法の新しい魔法をチャレンジしていて

初めて実際に発動してみるものが多かったので

その魔法の影響力を完全に否定することはできなかったのだ


それにお兄様が勝手に自分だけで危険な祝福の魔法を使っていたこと自体が

あまりよくないことだったらしい


・・

「バゼロよ、お前は才多き息子だが・・」


他の魔法貴族の家とかだとお家の存続だとか

将来偉大な魔法使いになるためには

特別な魔法である祝福魔法をもうとにかく習得することが至上であって

才能が有れば祝福付与を扱えるように

幼いうちから英才教育を施したりする場合もあるけど


お父様がいうには使いこなせる才能があるからと言って

魔法の扱いがまだ成長途中の若いうちから

強力な祝福の恩恵をむやみに私的に魔法で使うものではないんだって


強い魔法の力には時としてお前たちの考えているものより

もっと恐ろしいものの力が宿っているのだ、と


人間が魔法使いとして未熟であるうちは

自分の力量だけで扱える力よりも大きな力を引き出してはならない


あの魔法は見誤れば火の熱さを理解する前に

業火を振りかざすようなものなのだ


(ふーん・・)

そう威厳のある感じで

私たちに言葉をかけるお父様の顔はセミだらけだった



・・・

バゼロお兄様は見苦しい言い訳を続ける


「いえ、その・・

昨日は祝福を付与した魔法は威力も抑えて一度で自制できていたのですが


使えると分かるとつい色々試してみたくなりまして・・」


(あー その気持ちはちょっとわかるけどね)

ちょっと試してしまった私


「馬鹿者が それで家を吹き飛ばしてどうするのだ

誰も怪我をしなかったからよかったものを」


「いえ・・! ですからそれは俺の魔法ではなくリズが・・」



「・・お兄様? 

お兄様は私が魔法が使えないからと あれこれ言っていましたのに

あんな部屋が吹き飛ぶような魔法なんて私が使えるとおっしゃるのですか?」


「うっ・・!」


さんざんお兄様に魔法が使えないことで普段色々言われていたので

ちょうどいいのでこの機会で返しておこうっと


「バゼロ、反省をするのだ」

「はい・・」


お父様の書斎はしっかり防音がされているので

バゼロお兄様がそういうことをしているのに気が付かなかったそうだ

使用人などはバゼロお兄様がきちんと許可をとっていたと思っていたらしい


このすれ違いのような現象

これは我が家の管理体制に問題が 


つまり私のせいじゃないね よかったあ


お兄様も罪を認めたようだしね



・・・・・

・・

そういうことで私はぽっかりと穴が開いて

そこに使用人さんたちによって応急修理された窓辺を部屋でしみじみと眺めていた


後日 隣町の腕のいい職人さんを呼んでしっかり直すらしい



「・・・・。」


(私って 普通の貴族の令嬢よね・・ そうよね)


あの時 腕を振りぬいて部屋に穴をあけた時


「お嬢様の部屋が!」

「お嬢様!!」

騒ぎを聞きつけてクリスフォード家使用人さんたちが

どこからともなく一斉に部屋に押し寄せてきたんだけど

優秀な使用人さんたちがやってくる動きが早すぎて


完全にイヴの腕になっていた私の腕を戻すのが時間がかかって

ああ間に合わなくてばれちゃうなって思って

言い訳考えてたり

すごく焦ってたんだけど

「(あれ・・?)」


「お嬢様!大丈夫ですか!」

「だ、だいじょうぶ・・」


明らかに大丈夫じゃない私のいかつい腕を見ても 

全然わたしの腕に対しての反応がない

「お怪我は~~」

「すぐに部屋を~~」


「(あれれれ・・)」

使用人さんたちホントに気がついてない


私に怪我がないか何回も執拗に聞いてきて確認したり

衝撃で倒れてしまった魔除けの装飾品たちをテキパキ立てなおしたり

なくなった窓の穴の周りを調べていた


気が付いていないようなので私も焦ってたけど冷静になって

腕を戻すように力を集中する


(シュン・・)

すると腕はあっさり元に戻る


(あれ・・もしかして 

この力も抜け殻と同じで他の人からは見えないのかも・・

でも見えないけどちゃんと物に衝撃はあるのよね・・)


・・・・・

その後 お父様の書斎に呼ばれたりドタバタした後

反省して部屋に戻って今に至る


今は元の普通の私の右腕だ


・・

少しあの時を思い返す


機械化して装甲のついたイヴの禍々しい腕

そこから黒い邪悪な波動がにじみでて


それをまっすぐ相手に腕ごと波動の力を叩きつける


それは紛れもなく「オリジン」における

イヴの基本動作 「P(滅拳メギラ)」 であった


パンチといってもオリジンコマンドの組み合わせによって技名や

動作はかなり違ってくるので どうとはいえないけど


それがあのとき発動したのは間違いないものだった


私は腕を前につきだす



滅拳メギラ・・)


反省はもうしたので今度は慎重に あのときの残っていた感覚をなぞって

イヴの滅拳を唱えてみるリズ


やはりわずかに力が膨らむ感じはする

腕がピクリともなる


だけど滅拳は発動しなかった


滅拳メギラを安定して発動させるには

あの祝福の結界が必要っていうこと・・?)


「でもあれは お兄様の祝福ブレスモード・・でしょう?

私は別に何も使っていない、ただ近くにいただけなのに・・」



・・・・・

・・・

少し疑問に思ったから

クリスフォード家でご飯を食べる時刻になって

食卓に向かうお兄様にトコトコついていってそれについて聞いてみる


「お兄様、 少しよろしいですか?

魔法について聞きたいことがあるのです」

「・・・・」

歩いて席に着くまでは私のことは黙って横目でシカトをしたようにして

卓に並べられた料理の前で席についたお兄様は

さっきは私に罪を擦り付けられたので かなり不満気だったけど

奥で席についていたお父様の前だったし 

反省もしていたようなので教えてくれた


(・・・)

「・・どうした、俺に聞きたいことがあったのではないのか」


(おっ答えてくれる)

「・・!はい では質問を

あの時の魔法・・お兄様が使っていたような祝福の結界を利用すれば

近くにいれば自分がもつ祝福の魔法も

ついでに発動させることはできるものなのでしょうか?」


すると


「はあ・・? リズ お前は何をいっている

他人に与えられた祝福をどうして自分が楽をして横から使えると思うのだ


ついでなどと

そんなことができれば特別な魔法ではない


珍しくお前から口を聞いてくるかと思ったら・・

不勉強だとそんなこともわからないのか 常識を知っておけ 常識を」



はい できないみたいですう・・

(1匹抜け殻をお兄様に追加しておこう・・)ピっ セミが出動する音


常識かあ

まあそれもそうか やりたい放題できちゃうもんね

でも疑問は深まったなあ・・

自分への祝福でないと自分の魔法が使えないのなら


わたしのあれはなんだっていうのか


自分の祝福でないと力は使えないのだから

何もしてない私には本来なにも起こらないはずなのに


(でもお兄様の祝福ブレスモードの宣言があったときだけ

衝動がやってきたんだから


絶対に何かは関係していると思うんだけど)


私はお兄様の方を見て続けて


「・・お兄様 そもそも魔法に付与して強化する「祝福の力」とは

一体どういう力なのでしょうか?」



「・・・!


・・俺はお前に祝福魔法こそが本当の魔法だとは言った、が

そもそもの認識が正確ではなかったようだ


人の魔法は原初の世界を創った神話の魔法の

ほんの一部を真似事しているにすぎない


貴族以外の人間が使う今の時代の通常の魔法は

いわば魔法なのだ


魔法に祝福を付与するのではない

それは表現として正確ではない


通常の魔法に才ある者の術式を介して祝福を宿すことで

今よりも遥かに力に優れていたという、

古来の本来の魔法の姿に近づけて行使する

それが「祝福の魔法」だ・・! 」



(・・・・)

「・・・、ええですから

そのすごい祝福魔法の祝福の力はどういう力なのかなって思って・・」



「・・・」

「・・それは・・、つ、つまり・・

本来の魔法に必要だった力のひとつで

あれだ、古くから貴族に伝わる特別な術式の・・」


(あ、それ前聞いたやつだわ)

「それは前にもう聞きました」


「う、うるさい、さえぎってくるんじゃない

祝福の加護の力は世界に根差していた古い力場の力ではないかといわれている

つまり・・

そういう力、だ 」


「え・・?」(いわれている・・?)


「ちっ、答えただろう もう俺に聞くんじゃない・・!」



(ええ・・!)


教えてくれたけどなんだか苦し紛れの曖昧な回答


お兄様って偉そうにしているけど もしかして

祝福魔法に関しては本で見つけたそういう古い術式とかを丸暗記してるだけで

そんなに詳しくは知らなかったんじゃ・・、


「カサカサ!」(ピト・・)

お兄様のおでこの真ん中にさっき放った抜け殻がピンポイントで到達した


もう聞くなって言われたし

少し気が済んだのでお兄様はもういいか


・・

リズが今度はお兄様のいる場所から

テーブルの奥にいるバーゼスお父様の方に振り向くと


「ち、父上 これはですね・・」

普段は優等生でお父様の前で猫を被っていたお兄様の一面が

少し剥げてしまって


(ふむ フフフ・・)

まるで珍しいものを見た、といったような感じで

奥の席からゆったりと少し愉快気に私たちのやり繰りを眺めていたお父様


それとも普段は食卓の席で居合わせても

お兄様に言われるがままで言葉少なに俯いていることの多かった私が

自分から質問攻めにしている様子も珍しかったからだろうか



バーゼスお父様が静かにその口を開く


「・・その程度の認識でも構わない


結局のところ、

あの魔法を扱うのには理解はなくとも本人の魔法師の資質と高い技量があれば

それで事足りるということだ


まあそれでは力を引き出すのには苦労するかもしれないが・・ 」



「うう・・」

やんわり理解がないといわれて俯くバゼロお兄様


「え・・」

(え・・特別な魔法なのに

そんな適当な認識でもいいんだ・・)



「 「魔法は神の御業より失われし成れの果て


その祝福は人の内側に秘める魔力とは外にあり、

世界に宿りし我らを見守る偉大な神の神秘の力であり、

神の力を信仰し、自らの魔法にその力の一部の恩恵を得るのが祝福魔法である」」


(え・・!神様の力・・?)


「と

世界では聖ソウルの教えによって祝福の定義を提唱しているが

それを鵜呑みにしない辺りは

バゼロ、お前は自身で古い文献を調べ理解を得ようとしたのだな


そう この定義の提唱自体は近代になってから

世界に広められたものだ


その以前はその力の特異さ故に

確かに神の神秘の力と捉える者も元より多かったが

お前が言うように

辿って行けばその力は土地に宿る特殊な力場を介在し、

それは地を巡り性質の異なるが「魔力」のようなものである、

ともいわれていた」


「・・!」

(人じゃなくて地に宿った魔力・・)


「じゃあ結局その力も大元は・・」



するとバーゼスお父様は少し可笑しなことを思い出したかのように


「フフフ・・そうなのだが


だが結局のところ

その力の根本が何であるかということについては

私も含め普通に世を生きる人間は誰も真の意味では理解には辿り着いていない


どういう原理でそれは力となったのか

理屈はよくわからないが人の役に立つ力は利用する


歴史上人間は手に取った火に始まり

そうやってさまざまな力を人を突き動かす原動の力として利用してきたのだ


真似事とは言ったものだが

我ら人というのは類い稀にみるとても欲しがりな本能を持つ種族でな

人が世界で見つけた物や力を

なんとかして真似たり自分たちのものにしようとし、

実際に人の手に収めているつもりではあるが


今に至るまでその手に持ち続けたものは

お前たちの言う祝福の力どころか

自らの身を流れている魔力すらその力たちの本質がどういうものであるのか 

人は未だにその原理を理解できていない、のだ」



「え・・そんなことって・・」



「そう だが

それは太陽の光に対して光とは何かと問うているようなものでな


光とは光であり

祝福や人の魔力もまたそれと同じ領域にある


聖ソウルの教えのいうようにそれは神の力にも等しきものなのかもしれない


それらは人の手には大きすぎて

本質を捉えることができなかったもの


だがそれは理解をそこで諦めて止めろといっているのではない



優れた「目」を持つ魔法使いたちはそれを人によって作られた定義や言葉ではなく

自らの研ぎ澄ませた感覚で

世界に宿るその存在の先を理解していく


力を手の内に入れたとしてもそれを理解することはまた別のもの


頭で考え続ける、その手で触りその足で自らが探し続ける、

目を見開き懸命に求め続ける・・

そうして人の持てる身の全てを使い

魔の道の根源を解き明かそうとする者たちのことを「魔導士」といい


その者たちは魔法そのものが扱えなくとも

魔法学、地政学、錬金化学、天文学などに並外れた深い知識を持ち

今の魔法の礎となる術式の前段階になった旧魔導式を作り上げ

昔は偉大な魔法使いとしても認められていたものだ・・ 」



なんだか難しい話だ

でも要は原理はともかく魔力は魔力であって

そこに魔力っていうよくわかんないけど役に立つ力があるから

昔から人は魔法を本当に理解しようと思って

考えながら扱ってきたんだよ、みたいな

単純な話でもある気がする


じゃあ魔法の才がない私はその魔導士っていうのになれば

魔法使いとして認めてもらえるのかと思ったけど

それはやっぱり魔法に対する捉え方の括りが若干違っていた昔の話であって

今は規定の魔法が使えないと魔法使いとは名乗れないらしい


お父様の話を聞いていて

お兄様の方は今度は借りてきた猫みたいに大人しくなってしまったので


私は私でまだ他にも私の力に関連して

気になってもうひとつ確認に聞いてみたいと思っていたことを

お父様に聞いてみる



「あの、お父様 魔法や祝福の魔法はもちろんなのですが・・

で外の世界に住む

魔物、などと戦っていくためのすべというのはあるのですか?」


顔中セミに覆いつくされたお父様は教えてくれる


「ふむ、魔法以外の力、か・・」


「はい・・それも是非知りたくて

ろくに魔法が持てなくても戦える力はあった方がいいと聞きました」

(ということにしておこう)


(・・・)

「人に襲いくる魔物に対抗して人が身につけた手段、技能は

魔法以外にも今も数多くある


そうだ、な・・ 剣術 弓術 斧術 槍術 体術 盾術

この辺りは戦士の人間が持つ技能だな

使い魔や物を操る技能もある


直接戦わなくとも探知や危機察知など補助や斥候むきのものもある


ただこれらの技能も純粋な技術の部分を除けば

人の持つ魔力にその力の底上げなどが大きく依存している場合が多い

半分は魔法化してしまっているようなものだ


結局は・・この世界で戦う力には

どれも魔力が大きくかかわってくる


それだけ魔法の力というのは人の在り方に浸透してしまっているのだな」



「そうなのですね・・ お父様 ありがとうございます」


さすがお父様は博識ですね

その凛々しい顔が見たかったところですが非情なものです


(わたしの腕の感じだと

一通り教えてもらったカテゴリーの中だと体術ってところになるのかなあ

だけどなんか違う気がするんだよなあ)


そういう技能も理解できるようになると剣術とかだと

頭の中に「上段切り」それを実行するときに浮かぶ詳細な神経回路というか

イメージの感覚が分かるようになるらしい 

私はわかんないけど


明らかに普通ではない突飛な感覚だけど

それがこの世界で人が遥か過去に会得して

種族の血に刻まれた技能の証なんだという


(っていうか

やっぱ魔法使えないと この世界じゃ肩身がすごく狭いみたいね・・)


ちょっと消沈する


・・

お父様は私のそんな様子と

娘から繰り出された怪しげな質問たちに少し疑念を持ったのか 


「リズよ 外の世界の魔物のことが気になっているのか?

だがお前は無理にいて戦おうとなど思わなくともよいのだ


魔物の相手などは

基本的には訓練を積んだ大人の人間がする仕事なのでな


確かに将来的に貴族として戦える力がある方がよいのには違いないが

それ以外の極普通に生きる道も無数にある


他の家のように何も必ず特別優れた魔法使いになりなさいとは

私はお前たちには言っていない


・・

今でこそ人は素晴らしい魔法文化を築き上げたものだが

この世界であの星海の生まれた遠く昔、

それは大いなる英雄たちのいた古代の時より遥かなる昔だ・・


魔の法は超常なる力で 空の星に近い

「人の手には届かぬ力」を意味する言葉だった


その頃は魔法を持つことをゆるされたのは

星を詠む僅かな御神みかみの使いと古の悪魔たちだけで

人間というのは数も少なく魔力も魔法も持たぬ種族であったという 」


「・・・」

(え・・当たり前みたいにこの世界には

魔法があるもんなんだと思ってたけど そうじゃない時もあったんだ・・

それが最初の魔法・・?


おっ、じゃあ魔法なんて使えなくて元々・・!)



「・・我が娘なら当然分かっているだろうが

人が魔法を元々は持っていなかったのだから

そこまで魔法が扱えなくともしょうがないという話ではない


それまで原初の人間たちが重んじてきたのは知恵だ

それがあったからこそ

後に世界の神秘である魔力に人が適応した時


力を得てもそのままではただの謎の力の源というだけであった魔力を

かつての人の魔導士たちの知恵が魔の力を魔法として導き


人が扱う魔法は大いなる魔法の力として躍進を遂げた



魔力だけでは真の魔法は使えない


人の魔法というのはな 

貴族の権威や争いの道具の為だけに最初に生まれてきたのではないのだ


貴族が使う何代にも渡って精錬された強い魔法は確かに

今の人間の持てる力の到達点ではあるが

それだけが人の力の本領なのではない


力無き人間が大いなる世からやってきた災厄、

未知の力に対して持てる知恵をふり絞って

なんとか変化する困難な時代に適応し生き抜いて血を繋げてきた結晶、

それが元来人が辿り来た道、人の力であり、それが人の持つ魔法


その始まりを忘れてはならない


人の知恵

その泉の深きをたどれば

人は誰しも本当の魔法使いになれる


それはたとえ魔法の才を持たない者であっても関係のないことだ」



その言葉は私に向けられていたけど

祝福の魔法にばかり強いこだわりを見せていたお兄様にも

向けられていたように思う


するとお父様は


「そうだな わが娘と息子に少し変わった力を見せよう・・」

「・・!」


「複雑で少し入り組んだ術式のこれは

小さな氷を作るだけの「氷結グライス」という

今は全く見なくなった古い旧魔導式の魔法だが


実はこの魔法は極めることができれば魔力をほとんど使わない

魔力は術式で周りの物質を導くのに使うだけで

大半は人が発見してきた自然の原理を組み込んで利用している


力に頼らない魔法

当然魔法としての規模はかなり小さいものだが・・」


そういって

料理皿の前に置いてあったガラスのグラスに

お父様のただ伸ばしただけの手のひらが少しだけ触れたかと思うと

「カラン・・」

と音をたてて


「カラン」「カラン」「カラン♪」

その音がなぜか私の前のグラスやお兄様のグラスにも立て続けに起こって

「・・!」(これは・・)

それでちょっとびっくりして

私のそれまで確かに空だったガラスのグラスを見ると

お父様がその魔法で即席で作ったのだろう、

良く冷えた小さい宝石のような氷がグラスの中で

いくつも細かく光りながらくるくると回っていて


「しつれいしますね」

そこにメイドさんがやってきて

奥のガラスのグラスから静かにポットからお茶を継ぎ足していく


それはまるで何でもない日常の食事風景に

ごく自然に差し込まれた手品のようだった


力を見せると事前に言われていなければ

私はその魔法に気が付かなかったかもしれない


氷も普通にメイドさんが持ってきたポッドの中に

一緒に入っていたんだと思って

そのこと自体も気にしてなかったと思う


魔法なんて最初から使っていなかったようだった



「・・この魔法は本来 

生存に厳しい状況に置かれた遠征の土地の環境下で

固形の水をなんとか少量でも得られないかと

当時の魔導士と賢者たちを集めて考え出された魔法だった


現代ではこの魔法は使い勝手の悪い下級魔法以下の相当とされるが

この魔法が生まれた当時は

魔法使いたちの間では奇跡の魔法としてとてももてはやされたという


人の知恵は神の魔法に追いつけるのだ、と



だがその言葉は同時に批判も集めた


創世の神の魔法は水などどこからでも幾らでも生み出すことができたし

そもそも神は少量の水などを得るために苦労をしたり思い悩むこともない


そんな神の魔法は存在しない


人に許されたのは所詮はその程度の魔法


それを並べ比べることなどおこがましきことだと


・・

それらの魔導式の魔法は

後にほとんどの人間に最低限の魔力の素養が生まれだすと

術式に魔力を使う比を増やしても問題が無くなり

さらに大量に効率よく氷を作れる単純な術式が現れて

すぐに非効率で扱いの難しい古い術式たちは廃れてなくなってしまった



だが私は思うのだ


魔力とは・・果たして今のままずっと人の扱える力でたりえるのか


自分では何も力を持たなかった人間は

魔力を得てその知恵と魔法によって敵を倒し 魔の地を切り開き王国を築いた


今もなお 人の魔導は進歩し栄え

全ては順調なように見える


だがその一方の水面下では

世界の各地で星と魔は再び徐々に荒れだした


荒れた魔力に適応できなくなった魔法使いは軒並み力を落とし

そして強い力を持つ魔力の素養を持って生まれる人の子もまた 

目に見えて大きく減っているという


人の魔法使いたちは世界で減っていき貴重になりつつある


それでも今がまま世で栄え続けるため、

貴重となった魔法使いたちを強く育て上げるために

我が国や周辺各国は力を大きく注ぎだした


そうして今の時代はどうも

魔法という分かりやすい大きな力ばかりに傾倒する魔法師たちが

増えすぎている気がする


本当の炎の恐ろしさを知らない優秀な魔法師たちが世界に増えつつある


・・

古い時代の魔法使いの言葉だ


いつか我らにその日はやってくるのだろうか

いつか人が人を忘れた日に

その身に宿った炎は破滅のわざわいとなりて・・



この世に人に魔法を与え、

かつて全ての魔法を知っていた万能の存在がいたとしたら

その存在は一体 自らに遥かに劣るただの人の子に何を求めていたのか


万能の存在は神の魔法を知れど

それを人の子に教えることはなかった


もしかしたら・・

力を持たない人間が本来目指すべきだったのは

万能の神の魔法に近づくことではなく、


かつての神が忘れてしまった魔法


この人間が振り絞った知恵でできた

人だけが創ることのできる一握りの小さな魔法たちだったのではないか


と思うことがあってな・・」



「・・・・」

「・・・」



「フフフ・・すまない

お前たちが一緒に食事の席に揃うのは珍しかったから

久しぶりによくしゃべって途中から私の独り言になってしまったな」


「いえ そんなことは・・」



「リズよ、お前は周りのことなど気にとめることはない


以前よりも動けるようになったのならば

周りから遅れていても焦らずに少しづつ簡単な分かることから学んでいけばよい


魔法は使えることだけが成果ではない 

人の叡知である魔法を学び

自分で考え見知っていくことの過程がお前を支える糧となるだろう」


・・

バーゼスお父様は誰もが認める優れた魔法使いだけど

人前では滅多なことで魔法の力を見せることはないし

古い昔の道具ばかり使いたがる少し風変りな人だった


お父様はあんまり魔法の才がなくて悩んでいた私に案じてくれてるんだろうか


それとも魔法もろくに使えない娘の私が

魔物と戦うすべ、とか急に言い出したから警戒したんだろうか


だけどそのせいで過保護っていうか

あんまり家では私には何もさせてくれないのよね・・


「コポポ・・」コロンカラン・・

最後の私の席の前の氷の入ったグラスにメイドさんから

お茶が注がれていく


小さな宝石のような透き通った氷がまたクルクルと回る


(小さいけど奇麗な魔法・・お兄様みたいに魔法の詠唱も準備もしないんだ


これが人が生きるために知恵を込めて創られた魔法・・さすがはお父様ね)


(ほんと顔がセミで覆われてさえいなければ

すごくかっこよかったのに・・)


「はい お父様」



今日は少しこの世界の魔法のことについて理解できた気がする

いや まだ全然よくわかってないけどね


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る