第14話 正しい馬車の停め方



私と彼女は大急ぎで街道を歩いていました。


夕焼けが綺麗な時分のことです。


結構な色合いではあるのでしょう。


けれども、優雅に鑑賞できるのは落ち着ける寝床があればこそ。




お日様の世界のおしまい。

お月様の時間になる寸前。


夜の帳が湿気と共に迫るとなれば、やさしい夜のとばりも、善し悪しというもの。


寝床の確保に、うかうかしてもいられません。


宿を確保できねば、道具もなしに野営でしょう。


夜露で白い自慢の毛を湿らせることになるのです。


酷い場合、ブラッシングだけでは事足りず水洗いされてしまうことになりかねません。


野外で使えるお湯というのは、貴重なのですから……。


ぶるり、と私は身震いします。


勿論、いざとなれば覚悟はあります。でも、必要もないのに、冷たい水は嫌でしょうとも。戦地でもありますまいに。


そういうわけで、私は、最悪を避けるべく耳を澄ましておりました。


「おや、この音は?」


「アフア?」


ですが、人間のいうところで『日頃の行い』が良いからでしょう。


幸いなるかな、と。

私は、頬を緩めることができました。


「エルダー・アナスタシア、接近しあるは……轍の音のようです。どうやら、馬車かと」


「駅馬車かな? ということは、近くに駅があるのかも」


「時間帯からして、可能性は非常に高いでしょう」


こんな夕暮れに馬車を走らせる人々は、たった二つ。


一つは、夜間に走ることのない駅馬車。


夕暮れ前に飛ばしているとすれば、おそらくは最終便。

そして、そろそろ目的とする駅が近いのでしょう。


もう一つの可能性は、平気で夜間も駆け抜ける郵便配達の専門馬車。


もっとも、運ぶのは郵便物だけではありません。

郵便馬車だって、人も、物も、手紙と一緒に運んでくれます。


どちらにしても、便乗を願う相手としては悪くもございません。


「この際です。今晩の宿までぐらいは、馬車をお使いになってもよろしいのでは?」


「え、馬車? でも……歩いていくのが『私たち』の旅だよ?」


「エルダー・アナスタシア。ウォーカーだからといって、木の車に乗ってはいけないという道理もございませんよ?」


宜しいですか、と私は彼女に道理を説き伏せます。決して、決して、夜露が嫌だというわけではございませんの。


「道に迷うと厄介事ですよ。拠点の確保は基本では?」


「集結地点の確認と同じということだね」


仕方ない、と彼女も頷きます。


「馬車に乗せてもらおう」


「よろしいかと」


お金は大丈夫だよね、と確認されたので私は大きく頷いて見せます。


仮に郵便馬車であったとしても。

相応に、高速で快適な分だけ割り増し料金になるとしても。


「ご安心を。ばっちりですとも」


こんなこともあろうかと!


しっかり準備してあります。


私は首元の巾着袋を揺さぶり、しゃりん、しゃりんという音でたっぷりの銀貨があることを響かせて御覧に入れます。


「じゃあ、信号を送るね」


「はい、エルダー・アナスタシア」


どうやら、というべきでしょう。

彼女も、納得してくれたのですね。


「って、ちょ、ちょっとお待ちを!?」


信号って、と思わず私が問いかけた瞬間のことです。


防水キャンバスのケースに彼女は手を伸ばしていました。

そのまま取り出したるのは

マスケット銃。

名前は、ブラウン・ベス。


魔法の杖であり、銃であり、箒仲間に良く知られる彼女のそれ。


それを、さっ、と抜かれてしまえば流石の早業。

『おやめください』と口を挟む間もございません。















「いやぁ、それにしても、びっくりしたよ」


初老の御者が、困惑顔でこぼす一言。


「本当に、申し訳ありませんでした」


私は、頭を下げてお詫び申し上げるほかにありません。


入る穴があれば、飛び込んでしまいたいほどに……恥ずかしい思いです。


「いやいや、山賊でなくてよかった」


馬車の立場に立てばわかる話です。

御者席で道を見ていれば、突然飛び出したるは……?


そう、マスケット銃をかついで街道に飛び出す彼女。


放置しておくわけにもいかず、後を追う私も傍から見れば大型の狩猟犬でしょうか。


遠目から見れば、間違いなく、誤解の余地なく!!


……善良な郵便配達人を襲う山賊の一味でございます。


「えーと、その、ごめんなさい?」


「エルダー・アナスタシア、そこは、もう少し謝意をきちんと示してくださいまし」


「すみません、その、脅かすつもりは……」


ええ、と私も彼女の意図は理解しています。


きっと、軍隊流の信号なんでしょうね。


確かに、『此処にいるよ!』と示す程度のやり方ならば、あれでよろしいのでしょうけれど。


「嬢ちゃんらに悪意がないのはわかったよ。ただ、忠告しておくと、下手をしたら撃たれてもおかしくないからな?」


全く持って、と私は頷いていました。


「いや、撃たれる前に伏せるよ?」


「……嬢ちゃん、ちょっと、違うんだけどなぁ」


「エルダー・アナスタシア、よい機会です。一つ、御者のご仁からしっかりとお話を伺ってくださいませ」


私とてぶつぶつと申し上げたくはございません。

けれども、けれども。

申すべきは申すのも使い魔の仕事なのです。


『私たち』の皆様は、往々にしてこの辺をないがしろにされがちなのですから。


「今晩は社会常識とマナーをもう一度、徹底的にやりましょう。お付き合いいたしますよ」


「えっと、その……私、あんまり寝ていないのだけど……」


「エルダー?」


「はい、その……ごめんなさい」


「はっはっはっ、大変だなぁ、小さな魔女の嬢ちゃんも」


笑って流してくれることには、感謝いたします。


……ですが、本当に恥ずかしい。


やれやれ、と私はため息をこぼしてしまいます。


しゅん、と反省している彼女には申し訳ありませんが、今しばし、郵便配達人の御者さんには言っていただきたいところなのです。

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