第10話 優しい月光


夜の世界は、魔術的な魅力を持つ。

人は、闇を恐れるもの。


だけど柔らかな月光は、その下に集う者へどこまでもやさしい。


『私たち』の宴。


月明かりの下で語らう、唯一無二のそれ。






アケラーレの『私たち』。




魔女が箒をそろえ。


死者を悼み。


生者の悲しみを分かち合う。


『私たち』の思い出を語る夜の宴。


そんな場への闖入者は、『許されざる』。




なればこそ、と『私たち』は怒るもの。


無様な醜態をさらし、這う這うの体で逃げ出す良識人気取りの政治屋が逃げ出すまで嬲ってしんぜました。


「あら? あら? いなくなりましたね」


「撫ですぎたかしら」


「面倒なこと。ああいうのは、どうせ、絶えないから」


無邪気な残酷さ。

或いは。

魔女らしい、無頓着さ。


それをどういうのであれ、政治屋さんは大変、大変な、そう、大変な目にあうのです。


その場に居合わせたアフアの視点としては、紳士淑女の皆々様に申し上げるのが憚られるほど。


惨状であった、と申し上げましょうと使い魔は要約します。


「あー、嫌になるなぁ。ネズミとかなら、使い魔にもなるのに」


「賢いネズミならば、でしょうに」


とはいえ、と私はそこで眉を顰めざるを得ません。


魔女の皆さま方の会話にあるのはどこまでも、辛辣でむき出しの魔性の嘲笑。


お気持ちは、大変によくわかるものの……。


けれども、申し上げねばならないのです。


「失礼ながら、使い魔として申し上げますと、私、ああいうのと同列に並べられたくはございませんの」


口を挟むこと暫し。


ぽかん、とした表情で見つめあっていた『私たち』は大いに頷いてくれます。


「「「ちがいないわねぇ」」」


そして、そこにあるのは、わたわたと『私たち』が慌てる姿。


「ご、ごめんね? どうにも、気がささくれ立っていたみたい」


でしょうね、と私は優雅にほほ笑む。


人には私の表情が分かりにくいのだろうけれども


ゆるんだ雰囲気は伝わったのだろう。




『私たち』も、ケチの付いた宴をやり直すべくお菓子を並べなおし始めていく。


「ああ、やめやめ。では、改めて。『私たち』のみなさん、『私たち』に」


壇上に登り、音頭をとるのは彼女。


『私たち』の中でいつでも引っ込み思案だった


あの彼女。


今は亡き我が主人も胸を張ってお喜びになることだろう。


それでこそ、『私たち』だ、と。


「「「『私たちに』」」」


唱和する私たちに交じり、私も月に吠えていました。


きっと、それが相応しいことに思えたのだから


やはり月はどこまでも優しい。


月光の下で、彼女たちの微笑みを見守ること。


「優しいムーンライトが、『私たち』の道しるべたらんことを」


そんなことを、『私たち』が唱和し終えた瞬間のことでした。






「そこまでだ!!!!」


宴の終末に合わせて一瞬だけ静寂の帳に包まれていた墓地に突如として響く声。


「動くな! こちらは、憲兵隊だ!」


ぎょっと、いたずら現場を押さえられたが如く、魔女たちも固まります。


しかし、夜目の利く私には奇妙なことでもありました。


「貴官らは、完全に包囲されている! 抵抗を辞め、おとなしく投降したまえ!」


メガホンを片手に、こちらへ叫んでよこすのは『一人』の憲兵将校。


夜のとばりに浮かぶのは、憲兵中佐殿だろうか?


「中央墓地、B-3管区に不法に滞在するすべての人間に告げる!」


中央墓地を管理している憲兵さん。


彼らならば、B-3管区が真逆なことぐらいご存知でしょうに


大真面目な顔で、C-3管区の『私たち』へ


投降を呼びかけるさま。


「あら、気を遣わせてしまいましたのね」


私は、思わず破顔一笑してしまいます。


トムソン氏といい、この憲兵中佐殿といい。


どうして、ヒトの大人も、捨てたものじゃない。




「えっと、アフア?」


「エルダー・アナスタシア、憲兵隊は見当違いのところを包囲してくれています」


ぽかん、としていた彼女の表情に浮かぶのは戸惑い。


無理なからぬことではあるのでしょうがあの憲兵中佐殿のご厚意を無為にするわけにもいきますまい。


「お味方、ですよ。エルダー・アナスタシア。あの方は、私たちの離脱を援護してくれているのです」


だから、私は簡潔に言葉を結ぶ。


「アフア、周囲にニオイは?」


「あの方以外、ございませんよ。包囲した、という形だけをとられているのでしょう」


そして、ここに集いたるは百戦錬磨の箒仲間。


アケラーレの乙女たちは、事情を解したとばかりに頷きます。




「では、エルダー・アナスタシア。私たちも、大脱走と参りましょうか!」


「ははは、真夜中の大脱走! ちょっと、ワクワクしますね!」


「違いない。大砲も、ナイトウォーカーも居ないんだ。楽しくかけっこと行きましょう!」


さぁ、と誘われば彼女も心得たるもの。


杖を月へ捧げる最敬礼。


「うん、じゃあ箒仲間の『私たち』、ごきげんよう!」


「ごきげんよう、『私たち』! また揃う日まで!」


「月明かりが、貴女の道を示してくれますように!」


月明かりの下での、遁走。


ああ、やはりでしょうね。




月は慈悲深い夜の女神さま。


『私たち』の守り神。


第116アケラーレ『ルカニア』を見守ってくれた月光よ。


願わくば。


『私たち』の旅路に幸あらんことを。

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