第11話 朝刊のお供に珈琲とビスケットを


憲兵隊のとある中佐殿には、一つの習慣があります。


夜勤後には珈琲を。


何時もと違うのは、普段は気にもしない朝刊各誌を手にしていることでしょうか。




◆モーニング・スター

『信じがたい暴虐さ』




信じがたい暴挙が、帝都を震撼させている。


事件の目撃者が語るには良識家として著名なかの政治家が、軍の慰霊墓地で乱痴気騒ぎを行っていた若者らに襲撃されたらしい。


軍を退役した行き場のない若者の問題は現政府の怠慢を示すものであることを物語るだろう。


本誌としては、心より暴力に反対する意思を表明したい。






◆ブルーナイト

『似非愛国主義者に鉄槌』


本誌の記者は、『魔女の夕べ』という戦没者の追悼式典へ怒鳴り込む良識家気取りの二流政治屋がその場で『愛国主義的なスローガン』を本物の愛国者へ罵声と共に浴びせる許しがたい光景に出くわした。


幸いにして、というべきだろうか。


前線に赴かず、口先だけの愛国主義を謳う愚か者には天罰覿面。


淑女たちの名誉のためにこれ以上の言及は避けよう。


本誌の読者たちならば、突如として公道を裸で逃げ惑う某自称愛国者の議員先生の姿をお覚えだろうが。


口先だけの勇者も、立派な衣装を剥げば、あんなものだ。


次回の選挙が、楽しみである。






◆ボイス・オブ・インペリアル

『不幸な衝突』


昨夜、中央追悼墓地で小さな衝突があったと報じられている。


本誌の調査に対し、管轄する中央軍憲兵隊の責任者カール憲兵中佐は事実であるとこれを認めた。


戦没者を追悼する施設という性質上、政治利用等の敬意にかけた振る舞いは慎んでいただきたいとカール憲兵中佐が苦言を呈したこと至極もっともであるように思われる。


なお、カール憲兵中佐によれば、加害者と被害者については正体不明とのこと。暗がりの性質上、さっぱり記憶しえなかったことを彼は本誌の取材で詫びた。


『某大物政治家』の醜態が仄聞される件について尋ねたところ、現役軍人がコメントしうる立場にない、とのこと。




◆フォート・カフェイン

『記者は見た! 虚飾の粉砕を!』



くそつまらない似非愛国政治屋先生。


そいつの糞演説を聞かされるだけ十分な苦痛というのは読者諸君にもお分かりいただけるだろう。


まして『戦没者追悼施設』での独演会ともなれば、おぞましさに吐き気すら催し、急遽、自宅のベッドに逃げ帰り、取材を命じてきた上司を呪いたくなったとしても無理なからぬこと。


しかし、翌朝の珈琲代を稼ぐためだ。


這って現場に向かった本誌の取材陣は、予想外にも最高の娯楽を目の当たりにすることができた。


魔女の夕べ、『私たち』と称する魔法少女たちのお茶会。


知らぬ方が、無粋な暴言を吐かないように申し上げるならばアケラーレの魔女たちが、戦死者を悼み死者の好物と、死者の愛した歌を高らかに歌い上げおしゃべりで追悼する神聖な場である。


そこに『自称愛国先生』が踏み入った瞬間のことといったら!


詳細は、別冊、『フォート・カフェイン・ウィンター特集号を』!





◆帝国軍魔女通信

『退役のお知らせ』


『私たち』の箒仲間が、軍務を終了し名誉除隊される運びとなりました。



星9つ


月桂樹201個+1個(非公式の『名誉ある行動を称えて』)


第116アケラーレ『ルカニア』より


エルダー・ウィッチ アナスタシア・スペレッセ/魔弾の射手




使い魔


アウスグタ・フレデリカ・アレクサンドラ嬢



『私たち』よ、長年の軍役、本当に、お疲れ様でした。


追伸

『使い魔との関係について』


近年、戦時中の慣習が抜けないことがいくばくか問題を引き起こしております。


使い魔ともども『名誉ある敵』に向かっていく習慣がいつしか、ずぼらな『ゴミ掃除』までも使い魔に任せてしまうことになっているとか。


ごみは、ちゃんと、人の手で捨ててください。


使い魔の福利厚生にご配慮いただきますよう箒仲間の姉妹一同、『私たち』にお願い申し上げます。











ざっと流し読み終え、ニヤリ、と笑いつつ憲兵隊の泥水とは違う珈琲の豊潤さを楽しみながら、憲兵中佐はそっと傍に置かれたビスケットへ手を伸ばしていました。


その姿に訝しむのは、交代にやってきた若い憲兵将校です。


「おはようございます、って、カール中佐殿、いかがされましたか?」


「いやなに、良いことをしたなぁと思ったのさ」


戦没者追悼施設を預かるという責任から、謹厳実直そのものの憲兵中佐殿が面白そうに新聞を眺めている姿をいぶかしみつつ、当直の交代要員らは目ざとく室内の異変を確認します。


「はぁ……? それで、あの、机の上のお菓子は?」


「魔女特製のクッキーやビスケットだ。差し入れで、珈琲の良いのも入ってるぞ」


「??????」


こそこそ、と。


上司の様子をいぶかしむ彼らは、まだ、知らないのです。


昨夜、いったい、何が合ったのかを。


「魔女? 差し入れ? 一体、何が????」


「さっぱりだねぇ。心当たりが、全くないよ」


上司の言葉に、うんうん、と頷く夜勤組の憲兵隊員ら。


交代要員にしてみれば、秘密事の匂いです。


はてなんぞ? という表情の若い憲兵将校は疑問を抱きつつも、ともかく、という態で自分の職場へと向かっていきます。


そんな彼らの姿を見送りつつ、憲兵中佐殿は小さく微笑みます。


「ああ、憲兵をやっていてよかった、と思える瞬間だな」


すっ、と珈琲杯を掲げての唱和。


「「「「魔女たちに」」」

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