第9話 『私たち』の逆鱗


その政治家さんのお召し物は立派でした。

立派なお仕立てのお洋服。


懐にぶら下げておられるのも豪奢そのもの。

立派な金時計でした。


お連れの方々は綺羅星のごとき経歴ばかり。

帝都一流新聞社の立派な記者諸氏でした。


「みたか、諸君! これこそが、嘆かわしい最近の若者なのだ!」


そして。

糾弾の声を高らかと上げるのは、政治家さん。


その政治家さんには身内に立派な人もいました。

愛国的で国難に際しては率先して身を投じる高貴な義務を厭わぬ今は亡き『お兄様』です。


「勇敢で、正義と、愛国の心に満ちた我が兄のような愛国者だけが死に絶え、私の身内が眠るこの神聖な場で、こんな卑劣漢どもだけが生きながらえ騒いでいるなど、耐え難い!」


立派な身なり、立派な身内、立派な周囲。



悲しいことに。

あるいは、喜劇というべきことに。

その人の周りにいる人々は、どこまでも立派でした。


だから、『誰もが』勘違いしてたのです。


その政治家さんも良識人なのだ、と。


立派、立派、立派。

超一流に包まれる政治家さんなので、皆、『彼も、きっと同じのだろう』となんとなく考えていました。


黄金の輝きが、メッキかどうかなど、調べることもなく。


「なんと嘆かわしい!」


かく嘆く彼も、『立派な人』なのだろう、と。


だから、その日、『愛国的な良識者』が憤った瞬間。


従軍したことのあるほんの数人を別として、記者の誰もが『絵になる写真が撮れるだろう』程度にしか考えていませんでした。


良きにしろ、悪しきにしろ、売れる題材だろう、と。


ぱっとしていない政治家さん当人しても、最高の瞬間のはずだったのです。




『低俗な若者に良識の鉄槌を』


有体に言えば、戦後の選挙で、大臣も狙えるだろうと意気揚々と乗り込みました。


……乗り込んでしまったのです。


月明かりの下で、魔女の夕べという、侵すべからざるものへ。




魔女は、魔女です。

『私たち』は、『私たち』であるがゆえに、時に、すさまじく激発します。


「ああ、なんておかわいそうなお方。戦地の敵兵とて、今少し知性のある罵り声でしたのに」


「エルダー・アナスタシア。それは、言わぬが花と申しますよ?」


「そうですよ。おかわいそうに。あんな立派な身なりなのに、中身が空っぽな殿方なんですから、いたわって差し上げないと」


クス、クス、クス。


ケラ、ケラ、ケラ。


悪意に対する返答は、純粋な悪意でもって。


「なっ、愚弄するか!?」


「あら、あら、あら。難しい言葉をご存じですのね」


「よちよち、お上手、お上手ですね」


「飴玉でも差し上げましょうか? おててを叩いて、褒めてあげましょうか? ほらほら、ご立派、ご立派」


そして、こぞって、立ち上がった魔女は、墓地で唱和するではありませんか。


「「「さぁ、さぁ、さぁ、空っぽの頭で頑張ってお答えくださいませ」」」


愚かな彼は、知らないのです。


「私を、誰だと思っている! 帝国民主行動党の良識派に、なんという暴言を吐く!」


『社会の地位』など、魔女の夕べでは意味がないことを。


そこは、死せる『私たち』と、


未だ死さざる『私たち』の


境界定かならざるサバトの宴。



『私たち』だけの世界。




「第116アケラーレ『ルカニア』。星は9つ、折れた箒が23本」


故に、彼女は立ち上がるなり歌っていました。


『私たち』は歌うのです。


「第216アケラーレ『ミネルウァ』。星は7つ、折れた箒が16本」


姉妹たちと。


『私たち』が。


「第316アケラーレ『テルミヌス』。星は4つ、折れた箒が11本」


箒仲間たちと。


『私たち』で。


「「「それで、大変にご無礼を承知で、愚昧な魔女よりお尋ねさせていただきます事をご海容くださいませ」」」


憤りを隠さずに。


泣けない涙を胸中でこぼしつつ。


嘲りの色を込めて。


『私たち』は歌っていました。


「サバトもご存じないような方が、死者を悼む? 本気ですかしら」


「クスクスクス、ああ、おかしなこと。おかしなこと」


「折れた箒を囲むことなど、『いつものこと』。夕べの語らいなぞ、珍しくもございませんに」


『私たち』の雰囲気に、記者たちの雰囲気が変わった瞬間のことでした。


取り繕わなければ、と政治家さんは悪あがきをしてしまっています。


それは、致命的でした。


「魔女を騙るか! この詐欺師ども! 私は、本物を知っているのだぞ! 偽物共が!」


偽物、と呼ばれた瞬間。


『私たち』は黙って、お互いを見つめます。


『私たち』を偽物と彼は決めつけてしまったのです。




魔女の夕べで。


『私たち』のお茶会で。




「本物をご存知?」


「ご存じ? ご存じ? あら、おかし」


「不思議ですわ、誰か、あれを、ご存じ?」


今日一番の笑顔で、『私たち』は毒を吐きます。 


「『私たち』みたいな小娘ですら、国家のお役に立てるというのに、お恥ずかしくないのかしら」


たっぷりと悪意を滴らせて。


彼女たちは、殊更に嬲るように。


記者諸氏と政治家さんをぐるり、と囲むように踊り始めます。


「きっと、大きなお尻で椅子を温めるお仕事よ」


「でも、お椅子さんがおかわいそうだわ」


「お椅子さんだって主人は選べないのだもの。辛いけど、仕方ないわよ」


『私たち』は大仰に涙を流して見せます。


「おお、哀れなりしは木材の朋友かな?」


「可哀そうな木材。箒になれる道もあったのに」


「おお、お椅子さま。汝に『私たち』の同情を!」


くすり、と。


くすり、と。


「ぶ、ぶ、侮辱はいい加減にしてもらおう! この、紛い物どもが!」


うーん、と私はため息を零します。


「アフア、その人、噛んじゃって良いよ?」


「エルダー・アナスタシア、ご容赦くださいませ。私、病気にはなりたくありません」


あ、と私が恥ずかしそうに表情を変えます。


「あら、エルダー・アナスタシアったらうっかりさんねぇ」


「本当に。使い魔さんのお気持ちも、考えて差し上げなきゃ」


「あ、ごめんね、アフア?」


「構いません」


一人と、一匹と、『私たち』の逆鱗。


触ることすら、憚るべきを。


恐れ知らずは、愚者ゆえに。


「い、い、犬が喋った!? ペットじゃないのか!?」



引き金を引いたのは、自業自得。


虚飾の立派さが削げ落ちる瞬間。


彼は、知るのでしょう。


「アフア、ペットじゃないよ」


「使い魔もご存じない? あらあら、始めてご覧になられますの?」


「『本物の魔女』をご存知ならば、説明は必要ないのではありませんでして?」


「「「それでは、『楽しく遊びましょう』」」」

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