第5話 きらいな青色
紳士たるもの、気配り出来ねば見掛け倒し。
アフア嬢の厳しい採点。
ですが、トムソン氏は完璧でした。
アフア嬢とて、感嘆せざるを得ません。当世において、かのご仁へ匹敵しうる名雄犬がどれほどいることでしょうか。
マスケット銃を背負った野戦外套姿の小さな魔女。
使い魔とはいえ、白い犬。
紳士淑女の行き交う百貨店の中で、そんな一人と一匹をさりげなく気遣いつつのエスコートは簡単ではありません。
だからこそ、と私は小さくため息をこぼします。
たぶん、トムソン氏は気づいたのだろうな、と。
そして、トムソン氏はおもむろに口を開きます。
「……青は、お嫌いですか?」
「えっ?」
支配人のそっとした問いかけ。
彼女は、困惑しているようですが……
なんでわかったんだろうかと顔に書いてありますよ。
畢竟、それは、必然なのです。
鈍感な方にはわからずとも
気配りの上手な方には、一目瞭然なのです。
お顔でこそ、ニコニコと笑ってはいらっしゃる。
けれども、『制服』と同じ色の服を見るだけで彼女の笑顔は強張るのですから。
「エルダー・アナスタシア。お隠しにならない方が、宜しいかと」
「ええと、うん、そうだね、アフア」
ちょっと、と前置きしつつ彼女は告げる。
確かに青色は苦手なんです、と。
「さようですか……でしたらば、少しぐるりと見て回りましょう」
心得たモノなのでしょうね。一瞬だけ、黙考した支配人氏は機転を利かせたのでしょう。
売り場に視線を走らせ、トムソン氏は提案します。
「こちらはいかがでしょうか?」
「ベージュ……ですか?」
それまでの色とりどりなコーナーの中から取り出されるのは、落ち着いた色彩。
何気なく手に取りつつ、明らかに、ホッとしている彼女の様子で支配人氏は明らかに察しているのでしょう。
口外しない思慮。
察している賢明さ。
どれをとっても、まったく、なんと稀有なことでしょうか。
「あれ、ベージュにしては……?」
はい、と支配人氏は優しく頷きます。
「似て非なるものだとか。稲大陸の方からの伝来品でして、いくつか種類がございます」
とり勧めたるのは……少女に勧めるにしては、少しばかり地味に過ぎる色合いばかり。
いかがでしょうか、の言葉と共に。
「ハリノキの実で染め上げました榛摺模様がこちら」
それこそ、結果的には大正解。
手に取って、ご覧になってくださいとサンプルの布を勧められたとき、これまで青色には触れようともしなかった彼女。
「すみません、こちらは? すごくホッとする色合いなのですが」
「魔女の方にご説明申し上げるのはお恥ずかしいのですが、アカシア・カテキューを使いました色にございます」
そんな彼女も、喜々として。
色のことを自分から聞き始めるではありませんか。
そんな時、私はおやと気が付きます。
随分と珍しいものがあるではありませんか。
「ミスター・トムソン。そちらのものは? ひょっとして……阿仙茶色ではありませんか?」
「アフア?」
「使い魔になり、色彩に気づくようになって識別が楽しくて覚えていまして」
だからでしょうか。
私も、ちょっとばかり口が弾んでしまいます。
懐かしい、マスターの記憶。
色、色彩、そして四季折々の歌。
あれは、まだ、『私たち』の時代でした。
「ああ、お目が高い! これはうれしいお客様です。では、こちらの柴染や訶梨勒などいかがでしょうか?」
「驚きました。……こんなものまでお取扱いに?」
ええ、とトムソン氏は嬉しそうに頷きます。
「平和の恵みですな。長らく途絶えていた交易の再開は、稲大陸の方でも望んでおられたようでして」
皆さまのお蔭です、と朗らかに笑ってみせる支配人氏。
センスもよし。
気配りも上手。
「いいなぁ……でもどれにすれば……」
ちら、ちら、と白い犬は見つめられていることに気が付きます。
助けを求められれば、仕方ありません。
「ミスター・トムソン。ちょっと明るすぎないもので、オススメのものをご紹介いただけますか?」
「もちろんです。では、先ほどの阿仙茶色のものを始めとして、いくつかご紹介させてください」
そして、相談に支配人氏が取り出したるのは最高のチョイスでした。
絹のそれ。
落ち着いた色彩。
何より、大地の柔らかさを感じさせるような手ざわり。
……空から恋い焦がれて見下ろしていた、大地のそれ。
「いかがでしょうか。着心地は抜群です」
「うん、アフア、これ、良くない?」
ええ、と頷きつつ、私はそこで言葉を継ぎたします。
室内着ではないのです、と。
「ミスター・トムソン。申し訳ないのですが、旅装でして。エルダー・アナスタシアはずぼらというわけではないのですが、針仕事が……」
「あ、アフア!? ちょっと! ちょっと!」
「お許しくください、エルダー・アナスタシア」
しかし、と私は顔を逸らしつつ小さく紡げなかった言葉を心中で続けます。
『貴女さまは、私たちで一番、針仕事がお苦手だったではありませんか』と。
茶化すことはできない。
あの、地上での平穏なただのひと時。
月明かりの下で、お茶を用意して。
円座になって、解れた衣類を修理しつつ。
若い魔女たちが、おしゃべりに花を咲かせる魔女のサバト。
過去の、麗しい一枚の絵。
それこそが、失われた『私たち』の時代。
ああ、私も、どうにも。
迂闊でしたね。
私としたことが、これは。
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