第6話 昨日からの来訪者
お客様のお相手。
それは、私にとっていつでも喜びを伴う労働。
小さなお客様が、商品に目を輝かせる折の幸福ときたら。
細君が、背の君の安全を祈って手配される外套選びをお手伝いできる名誉は何にも代えがたい。
逆に、結婚記念日の贈り物をと足を運び下さる紳士諸君への貢献も誇らしいが。
どれをとっても、晴れがましいことこの上なし。
悲鳴ではなく。
苦悶ではなく。
歓喜の喜びを。
武器を手にすること以外で、一人の市民として、人々の幸せに奉仕できる。
それが、トムソン氏-老少佐にとっては、晴れがましく誇るにたるもの。
……そう信じていたのだけれども。
魂と青春を戦場に忘れてきたお客様を前に、果たして、退役が正しかったのかとすら葛藤する。
「ああ、これは、私としたことが。そうですね、でしたらば……」
トスベルト戦線で、アケラーレに救われた足が痛んで仕方がない。
撃ちぬかれた足を抱え、死んでいくのかと寂しく空を見上げた時のことだ。
碧い空の中を自由気ままにふらりと。
泳ぐように、箒が一本、こちらへ向かってきてくれた。
操るのは、小さな魔女。
魔法を使える少女、アケラーレの乙女たち。
救い手のまとっていた、青い外套。
あの輝きに、私の目は曇っていた。
……彼女たちが。
あの、善良な乙女たちが。
「これは、木蘭?」
「ツイードですので、大変に長持ちもいたします。旅路のそれにも、最適かと」
なぜ、空を見上げないのか。
なぜ、青を厭うのか。
どうして、なぜ、この愚か者は『泣けない泣き顔』を見るまで気づきもしないのだ。
「もし、お手数でなければマスケット用のケースともども合わせてご用意させていただきますが」
「えーと?」
「ブラウン・ベス。随分と懐かしいものですが、少々、今様ではありませんので……」
「エルダー・アナスタシア、外では『マスケット銃』も目立つのですよ」
お願いできますか、と使い魔のアフア嬢に問われればもちろんだ。
「取り回しの良いものにいたしませんか? 杖はマスケットの台木であらせられたとか。戦場が長いと、耳年増になってしまうものでして」
「万事に心配りです事。エルダー・アナスタシア。お願いさせていただくのが宜しいかと」
「ええと、その、お願いできますか?」
そっと差し出されるのは、マスケット銃。
握りしめるまでもなく、『見慣れた』それ。
私が、現役の時分に使っていたような旧式のそれ。
ブラウン・ベスとは、また。
……こんなものを。
こんなものを、子供が握りしめて。
いつになく、言葉がままならない。
舌が、どうして、こうも重たいのだ。
「……ええ、お任せくださいませ」
私たちは、私の世代は、なぜ、どうして……。
「では、よろしくお願い申し上げます」
「ミスター・トムソン。エルダー・アナスタシアともども、厚くお礼を」
ぺこり、と礼儀正しく下げられる彼女たちの頭。
職業人としての意識だけで、きっと、私は何事かをつぶやいたのだろう。
戯言。
戯言。
それこそが、本当に冗談ではない。
「……気持ちのよいお店でしたね」
「うん、そうだね。良い買い物ができたんじゃないかな」
「そこは、良い買い物ができた、とおっしゃって頂かねば。トムソン氏もおかわいそうに」
一人の魔女と、一匹の使い魔。
その姿見えなくなるまで、無言で見つめるしかなかった。
意思の勝利。
あるいは、ペルソナの頑丈さ。
とにもかくにも、接客係として無様ではない程度の笑顔。
さりとて、物事には限度というものがあるもので。
一人と一匹を見送った支配人氏は拳を握り締めていました。
なけなしの力で平静を装いながら、裏にある自分のオフィスへと足を運びます。
笑顔を張り付けていました。
戦場で、部下の前で見栄を張るときと同じです。
涙腺を抑え、、カラカラに乾いた喉をごまかし、感情の奔流に抗うことほんの数分。
その数分が、なんと、なんと、永久に思えることか。
「……くそっ」
紳士らしからぬ紳士的な愚痴をこぼし、トムソン氏は天を仰ぎます。
無性に、酒精が恋しくて仕方なし。
「支配人?」
「……秘書君、すまないが酒販コーナーからシングルモルトをなんでもいい。一本、持ってきてくれないか」
青を見たとき、あの幼き魔女の瞳に浮かんだ恐怖。
ああ、彼女は。
ウォーカーなのだ。
文字通りに。
「あんな少女が、あんな子が、どうしてなのだ。神よ、なぜなのですか」
空を厭い、大地に恋い焦がれる彼女たち。
「なぜ、泣くこともできなくなっているのですか!?」
空におびえ、箒を折られ
大地に恋い焦がれる定めに追いやった私たち。
アケラーレの乙女たちよ。
あなた方に、私たちは、なんと詫びればよいのだろうか?
「神よ、なぜなのですか。もう、戦後なのに」
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