第4話 未知との遭遇
ヴィルテ百貨店は、帝都の輝ける『非日常』です。
ワクワク、ドキドキ、キラキラのヴィルテ百貨店。
豪華絢爛で、ちょっと未知にあふれていて。
入口をくぐれば、まるで魔法の非日常。
そんな世界へ踏み込む人々の足並みも、自然と弾むもの。
『期待』に胸を膨らませる人々です。
その『ワクワク』は、支配人の誇りとするところ。
ヴィルテ百貨店は、皆の期待を裏切りません。
『素敵な何か』に胸を躍らせる人々もいるでしょう。
一期一会への『ドキドキ』は、支配人が手を打って喜ぶところ。
ヴィルテ百貨店の体験は、ココだけのものです。
思わず、『わぁ』と感嘆がこぼれるならば?
視界一杯の『キラキラ』は、支配人が人々にお届けする夢の世界。
ヴィルテ百貨店は、誰もが笑顔になれます。
ヴィルテ百貨店こそは支配人、トムソン氏の矜持であり、名誉であり、そして、百貨店の生み出す笑顔こそが氏の生き甲斐でもあるのです。
二本と四本の足の旅路は、そんな『消費の楽園』でお仕度。
世界に憚るところのない、魔女と使い魔の行進とて、だから、『わぁ』という驚きの声で思わず足を止めてしまいます。
勿論、彼女です。
アフア嬢は、こんな時でも、お上品。『まぁ』と小さく呟き、そして、『……おみごとな』と僅かに本心をにじませます。
でも、尻尾はぶんぶんです。
ぶんぶんなのですが、でも、トムソン氏はそこに指摘する野暮ではありませんので、小さく『よし』と拳を握り締めるだけでした。
さて、彼女は全く夢にも知らないことですが。
少佐さんだし、物品管理官さんか、中隊長クラスの取り扱い主任さんぐらい? の感覚で『わざわざ案内してくれるなんて申し訳ないなぁ』と考えている彼女は夢にも知らないことですが。
支配人というのは、実は、とても偉かったりします。
今日、トムソン氏は第116アケラーレ『ルカニア』よりお越しの『私たち』というお客様を前に、一世一代のおもてなしをすべく、ものすごく集中しています。
そして、ヴィルテ百貨店で商売上手な外商員さんは、決して、『賓客』を見過ごしません。
老練な外商員さんともなれば、気配り、要領、段取り万事三方良し。
支配人が、自身でご案内のお客様!!
ペットを連れて入店させるほどのお客様!?
なんか、武器持ってるのに咎めてないとかよほど大事なの!?
驚愕しつつ、外商員さんはその頭脳を高速回転させました。
勿論、全員が幸せになる結論を外商員さんは導きます。
結論はたった一つ。
これは、ぜひとも、支配人をアシストしなければ。
そんな決意と共に、外商員さんは、深呼吸を一つ。
合わせてビシッと背筋を伸ばし、きらりと輝く笑顔を浮かべれば、緊張させない自然な声掛けの準備は万全です。
おもてなしの準備は、御用を把握してこそ。
そっと傍により、伺う限り……どうも、旅装をお求めのお客様の模様。
よしきた、最高のアシストをするぞと意気込む外商員さんに抜かりはありません。
「ご旅行支度をご希望のお客様でしょうか。ご希望をお伺いできますと……」
右手にカタログを。
左手には万年筆。
そして、おもてなしの七つ道具をポーチにばっちり。
でも、だけど、『ご遠慮いたします』とアフア嬢が呟くまでもありません。
「ああ、君。ありがとう。だけど、こちらのお客様には、そういうのではないから」
笑顔で、しかし、断固たる支配人の指示が外商員さんを食い止めます。
そして、外商員さんは心得たるもの。
おっと、なんて一言を飲み込み、『では、御用があればお申し付けください』と笑顔で一礼し、丁寧にお暇です。
出来た声かけというのは、お客様に『苦しさ』や『圧力』などがあってはいけないのですから。
うーむ、まだまだ修行かあぁなんて思いながら、立ち去ろうとしていた時のことでした。
「あー、あの人に聞いても?」
だから、そんな言葉がお客様から飛び出してきたとき、外商員さんは咄嗟に踵を返しつつ、さっと支配人に視線を向けます。
オーダーは『万全を尽くせ』。『よろしいのですか?』『ご希望だ』の短いやり取りの果てに、外商員さんは『これは読み違えた。しかし、お客様のご要望とあれば、やるしかないだろう』と腹を括ります。
ご要望の形が定まらざるお客様とて、丁寧にお伺いし、本当に必要とされるであろうものをご提案してこその外商員。
外商員さん、一世一代の大勝負です。
「お客様、私、ヴィルテ百貨店外商部のスミスと申します。どうぞ、お客様のお手伝いをさせていただければ」
小柄なお客様に合わせて、少し腰を落とし、視線を合わせてのお伺い。
反応一つ見落とすまい。
そして、ご満足いただこう。
さぁ、カタログを……と意気込む外商員さんはそこで意表を突かれます。
「標準規格との互換表ってありますか?」
「……ええと、標準規格?」
聞き覚えのない単語に硬直してしまう外商員さん。
そして、アフア嬢もです。
トムソン氏の部下は、決して、ダメな接客をしたわけではございません。
ですが、使い魔嬢はなんとなく知っていたことを確信するのです。
『需品』を要請くらいのノリだと、たぶん、この『無限の選択ができる空間』では、選べないんじゃないかなぁ、と。
「失礼、エルダー・アナスタシア? その……ここでは、自由に選べますので」
びくん、と外商員さんが微かに眉を動かしかけます。
勿論、堅固な意志で固めますが、動くものは動くのです。
ペットがしゃべった!?
そんな驚愕を抱くべきでしょうか。
それとも、『エルダーって、何!? なんの身分? 軍隊の身分か何か?!』と大混乱しながら答えを模索する努力を称賛するべきでしょうか。
外商員さんは、とにかく、固まった笑顔の背後で一生懸命に考えていました。
そして、外商員さんに接客される彼女も真剣です。
旅の支度が大切なのは、心得たこと。
だから、きちんと、要望をいうつもりでした。
規格品からの逸脱はダメ。
できれば、工廠の検印付きがベスト。
もし、可能ならば、ついでに防水だとなおよし。
完璧な計画は、しかし、固まっている『外商員』さんには、どうも、通じそうにありません。
随分と分厚いリストをお持ちの様なので、拝借してみれば、とても一日で読み切れるかも怪しい分量ではありませんか。
キラキラしたものがたくさんあり、イラスト付きで分かりやすいのは助かります。
でも、さっぱり、書いてあることが分かりません。
カッコいいキャッチコピー。
感性に訴える訴求力。
そういうのじゃなくて、『カタログ』というからには、『カタログスペック』ぐらいあるべきではないでしょうか。
でも、どうも、ココから選ぶしかないようです。
そして、彼女はそういう道を選ぶと決めていたのです。
「ええと、選ぶんですよね? これと、これと、これと……これと、えっと……これも?」
「お気に召しませんか? もし、ご希望があれば、もちろん、オーダーを手配することも可能です。納期のご相談も……」
「オーダー? ええと、ここで、今日、買えるんだよね?」
「そうなりますと、既製品ですね。特急仕上げで多少の調整であれば可能ですが……」
どちらも、真剣でした。
でも、傍から見ていればわかるものです。
駄目だ、これは、かみ合わない。
だから、ちらりとアフア嬢を見つめ、使い魔嬢が優雅に頷いたところでトムソン氏が助け舟を送り出しました。
「旅装は、士官一名、使い魔嬢お一方、従卒なし、箒移動を前提にしても?」
やっと話が通じるとばかりに彼女はぶんぶん頷き、そこで思い出したようにポンと手を打ちます。
「あ、でも、徒歩です」
「騎乗されますか?」
「……実は、乗れないんです」
小さく、『一応、教本は読みました』と付け加える彼女に、トムソン氏はまっすぐに頷きます。
「万事承りました。……左様でありますれば、軽装で長距離を歩かれることを前提とするのがよろしいでしょう」
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