第2話 こつーん、かつーん、こつーん
階級章を外したばかりの軍衣の上着。
クルクルとそれを鞄に突っ込めば、シャツ姿の彼女と、アフア嬢は真っ白のお揃いコーデ。
クスリ、と笑って彼女は官庁街を後にします。
小さな背中には、背負った大きなマスケット。
『私たち』らしからず、でも、『私たち』らしい小さな第一歩。
でも、それは、旅への偉大な一歩です。
こつん、こつん、こつん。
ぺた、ぺた、ぺた。
二本と四本の足が石畳の上を闊歩していきます。
世界に憚るところのない、魔女と使い魔の行進です。
そこで、クスっと彼女が笑います。
「エルダー・アナスタシア?」
「一度、やってみたかったんだよね」
彼女は背負っていたマスケットを儀仗兵のようにビシリと保持します。
ビシッとできているとほほ笑み、彼女は脚をビシリと地面に打ち付けるではありませんか。
かつーん、かつーん、こつん。
「アフア、ほら、かつーん、かつーん、かつーんでしょ?」
自信満々のほほ笑み。
でも、使い魔嬢は……はて、と首をかしげていました。
「かつーん、かつん、こつんでありませんでしたか?」
「えっ? いやいや、かつーん、かつーん、かつーん、できてたよね?」
決まっていました! ばっちりだよ!? と彼女は胸を張ります。
はて? と使い魔嬢は疑問を隠しません。
「エルダー・アナスタシア。見栄をはるのはおやめください」
「アフアこそ、からかわないでよ。私、こっそり練習してたもん」
ほら、と彼女は足音を刻みます。
かつーん、こつん、かつーん。
「かつーん、こつん、かつーんですね」
「偶の失敗は誰にでもあるんだよ、アフア。重要なのは、ミスをどうやって再発させないかなんだ」
かつーん、こつん、こつん。
「エルダー・アナスタシア、その」
「もう一回! 調子がちょっと悪いだけ!」
かつーん、かつーん、かこーん。
「いけたよね!?」
そうであってほしいという願い。
かつても、今も、現実は残酷です。
「かこーん、でしたね」
使い魔嬢の端的な言葉は、かこーん、と魔女の胸を穿ちます。
凹み始めた彼女に対し、使い魔嬢は問いかけていました。
「失礼ですが、エルダー・アナスタシア。その、ガチョウ足行進をなぜ?」
「やってみたかったの」
何故でしょうか、と踏み込まぬ節度がアフアにはあります。
「やってみたかったならば、仕方がないですね」
「うん、空から、いつも、羨ましかったから」
彼女の言葉は、『私たち』のもの。
いつも、魔法使いは空にありました。
パレードの日も、あの日も、誰かが溶けてしまうその時も。
「だから、分からなかった。なんで、空を見るのかなぁ、って」
「今は、お分かりに?」
さぁね、と彼女は首を振ります。
でも、同時に、魔女は一つの真理を発見していました。
「ガチョウ足は、疲れるね!」
「……先は長うございますが?」
呆れたような使い魔嬢です。
アフアの言葉に対し、彼女は、しかし、諦めません。
「御茶をしよう、アフア。私たちには、お茶が足りないと思う」
「テラス席でようございますか?」
「日の当たらない安全なところがいい」
「歩いて参られるとおっしゃられたばかりでは? 慣れるべきです」
「それもそうかな……そうなの?」
「こういう日はテラス席で日向ぼっこと決まっております」
いいお天気ですよ、などとぼやく使い魔嬢。
いいお天気じゃないか、などとぼやく彼女。
一匹と一人は、そこで見つめ合います。
「『私たち』は違うんじゃないかなぁ」
「はて? 『私たち』は太陽に、お茶会を見せつけてこそと」
ええ? と彼女は驚きを表情に浮かべます。
「『私たち』がそういったの?」
「さようにございます」
白い毛並みに燦燦と降り注ぐ日光を浴びながら、使い魔嬢は断言します。
「『私たち』も、『私たち』の頃には、『私たち』と違って、日向の席でお茶をいたしました」
「太陽に嫉妬されそうだね」
忌々し気に空を見上げる彼女に対し、使い魔嬢は頷きます。
「ええ。だから、献杯して、奉納舞をいたしたものです」
「かつん、かつん、かつん、と」
「……かつん、かつん、かつん、と?」
「はい」
『それは、お茶を飲んでから、考えよう』と提案した魔女の言葉に、できた使い魔嬢は平然と頷きます。
『エルダー・アナスタシアの御意に』と。
そうして、白塗りの綺麗な家屋の一階部分に設けられたテラス席で一人と一匹は、ゆっくりとお茶を楽しみます。
店員のおばあさんが、手際よく、全てを整えてくれました。
たっぷりのモーニングティー。
お茶うけには、固焼きビスケット。
はしたない? でも、知らない。
そうとばかりに、ビスケットをお茶に浸して口元にぽい。
ああ、しっとりふわふわのビスケットが、口の中でほろほろと開花する楽しさときたら!
これぞ、文明。
これぞ、文化。
これこそが、あるべき正しい世界。
「お茶はいいねぇ、アフア」
「はい、エルダー・アナスタシア」
ですが、と宿題の〆切はあるもの。迫る淡々とした声が平和な彼女の世界を脅かすのです。
「奉納の舞はよろしいのですか?」
「ねぇ、アフア。……『私たち』は、踊れなくても良いと思うんだ」
「『私たち』でございますが?」
踊れますよね?
踊れなくてもよくない?
そんな一匹と一人の見つめ合いは、おやおやという横からの声に割り込まれていました。
「おや、お嬢さん。魔女かね?」
カフェのおばあさんです。
たっぷりのお湯と、新しい茶葉、そしてティーセットを片手に、『サービスだよ』とお代わりをセットしてくれた店員さんはどこからともなくギターを取り出します。
「じゃあ、一曲献じるのが義務だねぇ。よっこいしょ」
おばあさんはニッコリと笑います。
「『私たち』だったかな。あなた方は、自分のことを『私たち』だというじゃないか」
「ええ。『私たち』は『私たち』です」
彼女にとって、それは、太陽が昇るよりも当然です。
そうかい、わからないけれどもね、とおばあさんは苦笑します。
「『私たち』へのお礼なら、『私たち』に返せばいいよなんて……昔のことだけども、さて、高い借りだよねぇ」
よっこいしょ、などと笑いながら、おばあさんはギターを構えます。
「流行りの曲でいいかな?」
「御無礼、ご婦人。箒行進曲でお願いいたします」
「明るい部類だけど、軍歌も軍歌。よいのかい?」
使い魔嬢は決して口を割りません。
あんまり流行りの曲とか知らないんです、というのは、魔女の秘密。
彼女だけの秘密だとしても、『私たち』は結束が固いのですから。
太陽のもとで、ドタバタとステップが刻まれます。
かつーん、とん、がつーん、ドん。
軽くはありません。
ジタバタとしたものです。
でも、その音は、とっても、軽いものでした。
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