第20話

 目をほそめ、シーカーさんは双眼鏡を手にして、学校のほうをみていた。

 体育の時間や、水泳の時間が、もっとも汚れ、危険な時間帯らしかった。だから、その時間帯にミヅキが汚れぬよう、傷つかぬよう、念入りに観察しているという。


 部屋には、長い筒をつけた、鉄砲みたいなカメラもころがっていた。壁に貼られたミヅキの写真には、体操着や水着、ぼくたちの学校の制服をきているものもあるから、どうやら雑誌の写真だけでなく、ここから写真撮影したものも貼りつけているみたいだ。


「なぁオマエ、まだあの学校に月乃さんいるのか」


 シーカーさんは双眼鏡で学校をみたまま、きいてきた。


「しっているの」

 シーカーさんもぼくたちとおなじ小学校を卒業したらしい。


「どこの教室にもいて、どこのクラスにも在籍していない女の子、月乃さん。ふしぎなことに、俺が入学するまえから、ずーっとあの学校にすみついている」


 そういえば、さっき車のなかで、そんな話をきいた。ミヅキのお父さんの時代にも、月乃さんはいたとか。


「クラスで飼っていたセキセイインコが急にいなくなったことがあった。そのあと、ホラ、アイツが住まいにしている大樹があるだろ? 半年後ぐらいに、あそこでインコの死骸がみつかったんだ」


「月乃さんの主食は、ヌル君のお肉と、E粒子っていうものなんだって。だから、食後のデザートとして樹にかくしていたわけじゃなさそうだね」


「なにそれ?」

 シーカーさんはヌル君のことをしらないみたいで、首をかしげている。

「まぁいいや。で、月乃さんはさ、友達がいなかったから、きっと、インコをペットにして話し相手にでもしたんだろ。って俺はおもっている……イヤ、友達は、いるにはいたのかな?」


 双眼鏡をほうりなげると、ぼくのほうをむき、シーカーさんは座布団をよこした。


「俺は月乃さんを許さない」


 ちゃぶ台に頬杖をつくと、雑誌をペラペラとめくり、ミヅキの載っているページをシーカーさんはながめた。


「聖女様は、俺の同学年にもいたんだ。プールが好きな子で、水着姿がとてもかわいかった。この世のものとはおもえなかった」

 やがて、宙に両手をかかげ、ヨダレをたらしながら、歯をみせて笑った。


「だけど、夏のある日、プールでおぼれ死んでいるのがみつかった」


 そういえばまえ、月乃さんはうれしそうに、学校のプールで水死体になった女の子の顔を借りてきて、みせてくれたっけ。青くて、目玉がとってもふくらんでいて、破裂しそうな水風船みたいだった。もしかしたら、シーカーさんと同い年の聖女様? という子は、あの時の女の子だろうか。


「月乃さんと聖女様は、よく一緒にいた。俺はその時も保護活動をしていたからしっているんだ。聖女様はクラスの悪い奴らにいじめられていた。胸糞悪くなるような光景だったけど、保護員の俺がやられてしまったら本末転倒だ。っていうか、聖女様は、いじめられているすがたも、とても美しかったんだ。だから、俺はなにもできなかった。その時にちかづいていたのが、月乃さんだ」


 そこからの話の流れは、いつもの月乃さんの行動どおりだった。

 月乃さんは聖女様のE粒子をもらうかわりに、彼女に偽木ギボクをあたえた。


 聖女様をいじめていた人たちは、その日を境に、彼女に手をださなくなった。そして、なにかにおびえるようになり、やがては、学校を休みだしたという。


 おそらく聖女様は、いじめていた子たちを、父さんとおなじ目にあわせたのだろう。「月乃さんが、悪いんだ」シーカーさんは、天井をぼんやり見あげていて、空にぬけていく空気を、つかまえようとしているみたいだった。


「……聖女様が、そう簡単に死ぬわけがない。なんせ、あの方は、天界から送られてきた、特別な方なのだから」


「なぜ、聖女様は死んだんだろう」


「アイツ。月乃さんがきっと、聖女様を殺したんだ……。俺は月乃さんを許さない。アイツとであってから、聖女様はかわってしまった」


 窓のすぐちかくに、仏壇のようなものがあった。

 花瓶がおかれている。なかには……白い花が数本、それはひな鳥の頭のように花びらを寄りそわせていて、ぼくはその花を、みたことがあった。


 毎月月末に、プールにおかれる白い花束。

 シーカーさんが小学生の時に、プールでおぼれ死んだ聖女様。


 なるほど。

 

 シーカーさんはお茶をいれてくれた。

 そのあと、ぼくとミヅキについてきいてきたけど、ぼくがただのクラスメイトだとしると、腕をくんで、フンと鼻を鳴らした。


「普通ならオマエはここで死ぬべき存在だ。劣等種のくせに、聖女様に接触していうのだからな」

 シーカーさんの目はいつも、曇っていて、ぼくをみていないようで、きっと頭のなかは、この部屋の壁のように、ミヅキの笑顔でいっぱいなんだとおもう。


「聖女様はきっと、この世の毒素に侵された。だからオマエみたいなやつといっしょにいるのを好むのだろう……だがまぁいい、毒でも使いこなせば、薬になるからな。俺の保護活動に協力するというなら、その命、まだ残しておいてやろう」


「もとからそのつもりだけど」


 シーカーさんは、まるで、遠くの星をながめるように、スゥと目をほそめた。


「なにが目的だ? 金がほしいのか」


「ぼくは桜の右手がほしいんだ」

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