↓第57話 いくつもの、ゼロ(エピローグ1)

 時間を少しさかのぼる。

 プリンセスが煙幕を使用して迷子をさらったあの瞬間。

 混乱に乗じてその場を脱出した人物が一人いた。

 世界最強の暗殺集団『シックス・アイ』が一人『カティポ』。

 うららとゆららが主人を追っかけていなくなったあと、消えかけた煙幕の向こうからカティポに呼びかける少女の声があった。


「おーい。こんなところで油売ってるばあいじゃないよー」


「あァン? その声は……ねえちゃん?」


 姿はよく見えないが、小さな幼女のシルエットが煙の向こうにある。

 八つに結った長い髪の毛が、ヤマタノオロチのように、うねっているようにも見えた。


「ぼんやりしてないでー。しごとだよー」


「あァン? ヤダよ。せっかくおもしろいNINJAを見つけたんだぜ?」


「しごとだから文句いわないのー。ほらー、こっちきてー」


 抑揚のない語調でそう言うと『ねえちゃん』と呼ばれたシルエットは、カティポを肩に担いで煙の中へと消えていく。


 幼稚園児くらいの体型なのに、成人女性に近いカティポの身体を軽々と持ち上げて走っていった。


 警察の目を掻い潜り逃げる中、カティポは不満そうに声を上げる。


「下ろせよ! せっかく強いヤツ見つけたんだ!」


「遊びはあとあとー。あなたのクライアントも死んじゃったしー、もうあそこにいる理由はないねー」


「っていうかなんでねえちゃんがいるんだ? 仕事なら一人で充分だろ?」


「でっかいしごとなんだー。おまけに報酬も受け取ってるしー」


 幼女は走りながら、端末の画面をカティポに見せる。


「あァン? いち、にい、さん…………ねえちゃん、これゼロがいくつあるんだ?」


「こんな額みたことないねー。人生何周できるんだって話だねー」


 幼女は、やる気のない棒読みでそう告げる。


「それに今回は数が必要なんだー。ちょっとおっきな建物をドカンってやらなきゃいけないしー」


「だからアタシを? 場所はどこだよ?」


「ここだよー」

 

 再び端末を見せる幼女。

 それはアストロゲートが秘密裏に用意した拠点。

 人工重力を兵器にする研究が行われている場所だ。

 表向きは太陽光プラントに偽装した施設で、砂漠地帯にいくつか点在している。

 それを破壊するのが仕事らしい。


「いったい誰だよ、そんなヤバそうな依頼してきたヤツ?」


「わからないねー、入金は暗号通貨だし。だけどメールの発信元は、どうやらあのスクラップエリアみたいだよー」


「あァン?」


 カティポはふと思い出す。

 裏金を隠していた屑岡。

 プラント情報を所持していたブラック。

 そして――


【『専門の人』に頼んで施設を破壊してもらいましょうか?】


 カティポに微笑んだ立薗。


「…………」


「どしたのー? ぼーっとして?」


「いや……べつに」


 カティポは息を吐いて質問する。


「なぁねえちゃん、施設の護衛は何人だ?」


「いーっぱいだよー。あのブラックってヤツの傘下がうじゃうじゃいるみたいー」


「ザコじゃん……施設しか壊しちゃダメなのか?」


「べつにー。邪魔するやつがいたらってもいいってー」


「……フン」


 カティポは少し嘆息して、


「ま、ヒマつぶしにはなるか」


 幼女と共に、闇の彼方へと消えていった――。


 ――――。


 その後。

 カティポを含むシックス・アイの暗躍作戦は実行される。


 兵器開発の拠点が裏社会の地図から消えたのは、それからわずか19時間後のことだった――

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