↓第56話 てんたいの、かなたへ。

 岩山を覆い隠すほど巨大な円盤は、飛空艇の進路に立ちはだかっていた。

 迷子とプリンセスが驚いていると、巨大な光の柱が飛空艇を丸ごと包みこみ、そのまま周りの重力が失われていく。


「わわわわわわわわっ!」


 迷子の身体は宙に浮き、上空の円盤に吸い込まれていった。


「ムムム……やってくれますねー! やってくれましたよーっッ!!」


 プリンセスは苛立ち混じりの声を上げる。

 彼女の身体も円盤に吸い込まれていった。

 飛空艇ごと飲み込んだ円盤は、静かな駆動音だけを響かせて空中に停滞する。

 そしてピカっと光ったかと思うと、次の瞬間にはその場からいなくなっていた――



       ☆       ☆       ☆



「……う……うぅ……?」


 迷子が目を覚ますと、光の中にいた。

 あまりにも眩しい空間。

 よく見ると床や壁があるのだが、そこが発光しているせいで光の中に浮いているような錯覚を覚える。

 顔を上げると、タビーがいた。


「りりぃ? だいじょうぶ?」


「タビーさん……これはいったい」


「ぼくの、のりもの。りりぃ、そのなかにいる」


「? あのぉ……さっきから『りりぃ』っていってますけど……」


「りりぃはりりぃ。ひさしぶり」


 タビーはペタペタと迷子の顔をさわる。


「わぷっ! ……ひょっとしておばあちゃんのことを知ってるんですか?」


「……おばあ?」


「リリィはわたしのおばあちゃんです」


「おばあ……わからない。りりぃはりりぃじゃないの?」


「わたしは迷子です。おばあちゃんの孫です」


「ま……ご?」


 タビーは首をかしげる。

 そんな彼を見て、迷子は肩をすくめた。


「とにかく驚きです。タビーさんは宇宙人だったんですね。こんな円盤、はじめてですよ」


 言いながら辺りを見渡す。


「どこからやってきたんです? なにか目的でも?」


「…………」


 タビーは少し考えるような仕草をすると、迷子に額の前髪を上げるようジェスチャーする。


「? こうですか?」


 するとタビーも自分の前髪を手で上げる。

 そしてそっと自分の額を迷子の額に当てた。


「――――!」


 合わさった瞬間、額が燐光を帯びてブワっと光り出す。

 迷子の脳内に、タビーの持っている記憶が流れ込んできた。


「わわわわわわわわーーーーっっっッ!!!」


 ――――。


 数秒後、溢れ出す燐光は治まる。

 タビーが額を離すと、迷子はドッと疲れたように息を吐いた。


「はぁ……はぁ……」


「りりぃ、だいじょうぶ?」


「あ……はい。なんとか」


「いめーじ、はいった?」


「はい……脳内に映像がブワァぁって入ってきましたよブワァぁっって!」


 迷子は両手を広げてジェスチャーする。


「タビーさんはアンドロメダからやってきたんですね? 約250万光年先の銀河から。しかもずいぶん昔に」


「うん。ちきゅう、みつけた。りりぃ、ともだちになる。いろいろ、おしえてくれた」


「だからわたしをおばあちゃんだと思ったんですね? まぁ、孫だから似ていますし」


 当時のリリィは、どうやら迷子と同じくらいの年齢だと思われる。

 UFOを探しにユタ州まで来ていたらしい……。


「まったくアクティブなおばあちゃんです。――というかグラビニウムの元になった岩石もタビーさんが持ってきたんですね?」


「うん。みためがきれいだから、ちきゅうにあげようかなって」


「だからユタ州の大地に置いていったんですか……」


「でも、こんなことになるとおもわなかった。こわいひと、いし、あくようした」


 タビーは屑岡やブラックのことを言っているのだろう。


「ひさしぶりにちきゅうにきたら、ほしのこえ、きこえた。「たいへんなことになる」って」


 タビーは惑星が発する信号のようなものが聞こえるらしい。


「だから地球にきてしばらく様子を窺っていたんですね。グラビニウムの未来が正しいほうに進むのか、それとも破滅に向かうのか」


「けんか、よくない。いたいの、いや」


 タビーは石の力が悪用されるのを望んでいなかった。


「りりぃ、いたいの、いや。かなしいの、いや。だからいし、もってかえる」


 そう言って迷子の頭をなでなでする。


「こんどは、おいしいもの、もってくる。ちきゅう、おいしい、いっぱい」


 シスタークリムゾンで食べたピザを思い出しているようだ。


「りりぃと、おいしい、する。たのしい、すき」


「じゃあわたしもおいしいもの持ってきます。そのときまでのお楽しみですね!」


 迷子はポーチに忍ばせている色紙を取り出して、ササッとサインを書く。


「どうぞです!」


「……これは?」


「サインです! これがわたしの名前、『迷子』です!」


「りりぃ、めいこ。めいこ、まご。さいん、めいこ……」


 タビーは色紙と迷子の間で視線を往復させると、再びおでこを迷子の額にピタっとくっつけた。


「うわわわわーーーっ!!」


 ブワァっと燐光が広がり、そしてすぐに治まる


「なまえ、めいこ。なまえ、めいこ」


「……今、イメージが入ってきましたよ。タビーさんにも本当の名前があったんですね?」


「たびー、ちがう。なまえ、りりぃ、くれた」


 タビーは迷子の瞳を見つめ、


「えめ」


 そう言う。

 エメラルド色の髪の毛と瞳。

 その姿を見て、リリィがつけた名前だ。

 当時、名前がなかった彼は、リリィに「なまえ、ほしい」と言った。

 そのときリリィが「エメはどう?」と提案したのだ。


「ぼく、えめ。めいこ、ともだち」


「エメさん……」


 迷子はタビー改めエメの手を握る。


「わたしたちお友達です! 今度会うときは、ぜったい『おいしい』しましょう!」


「おいしい、する! ともだち、する!」


 二人は触れた手を通じてイメージを共有する。

 次に会うときは『かなしい』ではなく『たのしい』であるように。

『おしいい』と『えがお』が溢れるように。


「めいこ、じかん。そろそろ、いく」


 エメは天井を見ながら瞳を光らせると、上からなにか降りてきた。


 MEIKO・V―MAXだ。


「これ、のる」


「でも……わたし運転できません」


「めいこ、だいじょうぶ」


「…………」


「めいこ、だいじょうぶ」


 エメは頷く。

 下を向いていた迷子は、小さな拳をにぎり、


「迷ってる場合じゃありません……」


 顔を上げた。


「エメさん、わたしいきます!」


 MVMにまたがり、前を向く。

 迷子は光に包まれた。


「エメさん、お元気で!」


「めいこ、おげんき、で!」


 光に包まれた迷子はやがて消え、身体はUFOの外へと排出される。


「――……」


 次に目をあけたときには、MVMのペダルを漕いでいた。


「――――!!」


 迷子は目を疑った。

 自分はユタ州の空を飛んでいた。

 大きな満月をバックに、悠久の風を切りながら飛んでいる。


「すごい……すごいですーーーっっ!!」


 そして月の中に、燐光の尾を引いて遠ざかる円盤が見えた。

 迷子は手を振り続ける。

「さよなら」と「またね」を込めて。


「エメさぁーーーん! お・げ・ん・き・でーーーっ!!」


 地球を飛び立つUFOと、空を駆ける少女。

 幻想的な夜は、まもなく朝を迎えようとしていた――

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