↓第55話 しょー、たぁーーーいむっ!

「そういえばメイちゃん――」


 事件が解決した直後。

 ゆららがふと口を開いた。

 なにか気になることがあるようだ。


「私たちがスター・レイに乗ったとき、窓の外がピカーって光ったでしょぉ?」


「はい。ぴかーって光りました」


「それで私たち、スヤァって眠ったじゃない?」


「はい。スヤァって眠りました」


「…………」


「…………」


「それがちょっと変なのぉ」


「? どういうことです?」


「スター・レイの窓に関しては、映像を投影する装置がないらしいのよねぇ」


「え?」


 迷子は一瞬考える。


「ちょっとまってください。それだとおかしなことになりません?」


「そうなのぉ。この理屈だと光の演出は立薗さんたちの仕業じゃないことになる。つまり私たちが見たのって――」


 ゆららが核心を言おうとしたそのとき、


「フフフ、はじまりますよー! はじまっちゃいますよー!」


 縄で両腕を縛られていたはずのプリンセスが、両手を広げて声を上げた。

 傍にいたうららは、いつ縄をほどかれたのかわからないといった表情で狼狽えている。


「イッツ! ショー、タァーーーイムッ!」


 プリンセスが指を鳴らすと、辺り一面に濃い煙が立ち込めた。

 周りがパニックになる中、「うっ、うわわわっ!」という迷子の声が聞こえる。


「メイちゃん!?」


「迷子ォッ!?」


 視界が塞がれる中、うららとゆららは主人の名前を呼ぶ。

 なにが起こっているのかわからない。

 やがて煙が徐々に晴れ、周りの状況が少しずつ明らかになってきた。


「――!? な、なんだアレッ!?」


 うららは空を見て目を丸くする。

 上空に大きな飛行物体が現れた。

 古代魚のシーラカンスを思わせるフォルムをした独特の飛行艇。

 プロペラはついていないが、ガスなどの力で浮いているのだろうか?


「か……カッケェっッッ!!」


「姉さん、ときめいてる場合じゃないでしょ! ほら、あそこぉ!」


 ゆららが顔を向ける方へうららは目を細める。

 謎の飛空艇から垂れた梯子はしごに、プリンセスの姿があった。

 そしてその腋に抱えられた小柄な少女。

 それは攫われた迷子だった。


「やりましたー! やりましたよー!」


「ちょっとぉ! なにするんですかー!?」


 歓喜の声を上げるプリンセスと、ジタバタ暴れる迷子。

 プリンセスを縛っていた縄は解かれ、いつの間にか迷子の後ろ手を封じていた。


「言ったじゃないですかー! わたしは怪盗だってー! 本日、迷探偵を奪いにまいりましたー!」


「そんな予告状知りませんからッ! ここから降ろしてくださいッ!」


 迷子はジタバタと藻掻く。


「チッ、チッ、チッ。それはできませんねー」


 それに対し、人差し指を振るプリンセス。

 迷子に顔を近づけると、


「あなたとカタルシス帳は、両方あってこそ意味があるのですから」


 そう言った。


「……どういうことです?」


「フッフッフッ、あなたも気になるでしょ? おばあ様が隠した『遺作』について」


 迷子は目を見開く。

 あきらかに遺作のことを知っている口調だった。


「知ってるんですかコソドロさん! おばあちゃんのこと、遺作のことを!」


「だーかーらー! コソドロじゃないんですぅー! か・い・と・うっ! 怪盗なんですぅー! そこんとこしっかりしてほしいんですけどぉー!」


 なんか不満そうに頬を膨らませるプリンセス。

 コソドロ呼ばわりされるのが不本意のようだが、それはさておき二人が会話を交わす間も、飛空艇はどんどんと上昇していく。


「くっそ、どうすんだ!?」


 一方、地上のうららたちはその飛行物体に成す術もなかった。

 とにかく主人を救出しないといけないが、距離がどんどんと離れていく。


「姉さん、とにかく車を――」


 ゆららが警察のパトカーを奪おうとしたそのとき。

 消えかけた煙幕の中から、もの凄い勢いでなにかが飛び出した。


 MEIKO―V・MAX。


 通称MVMの車体にまたがるのは、タビーだった。


「おい! モフモフッ!」


 うららが呼びかけるが、MVMは煙の尾を引いて大地を駆ける。

 バイクモードで飛空艇のあとを追い、爆速で滑走路を駆け抜けた。


「り……り……!」


 タビーはなにかを呼ぶように呟く。

 一方、彼に気づいたプリンセスと迷子も、後方から近づくMVMに目をやった。


「なんですかー!? なんですかアレー!?」


「あのモフモフ……タビーさんっ?」


 上昇する飛空艇を見上げながら、タビーは手を伸ばす。


「り……り……!」


 そして同じ言葉を呟きながら、なんとか追いつこうと試みた。


「全速前進ー! 逃げ切るよー!」


 しかし無情にもプリンセスの一声は、タビーとの距離を広げていく。

 空を飛べないMVMでは、もう確実に追いつくことはできない。


「タビーさんっ!」


 彼の名前を呼ぶ迷子の姿が、だんだんと小さくなっていく。

 タビーはそれを掴むように、小さな手を伸ばし続けた。


「り……り…………!!」


 その言葉は呪文のように繰り返される。

 やがて彼の瞳の色が、ぼんやりと蒼白く発光をはじめた。

 豆粒ほどの大きさになったタビーを見下ろし、プリンセスは逃げ切ったと高を括る。


「フフフ、勝ちですねー。やりましたねー!」


 言いながら肩を揺らす。


「り…………! り…………!!」


 しかしタビーはなおも呟いて、


「リリィーーーーーーーーーッッッ!!」


 そして叫んだ。


 遠ざかる飛空艇。

 見下ろしながら、不敵に微笑むプリンセス。

 完全に勝ちを確信した表情だ。


「……ん?」


 しかしほどなくして違和感を覚える。

 なにやら視界が明るい。

 日の出までは時間があるはずなのに。

 プリンセスも迷子も、目を細めながら周囲を見渡す。

 そしてある気配に気づき、ハッと上空に目をやった。


「なんですかー! なんなんですかー!?」


「あわわ…………、あわわわわぁぁぁぁァァァァッッッっ!!?」


 二人ともアゴが外れそうになるくらい目を見開く。

 そこにあったのは飛空艇を覆い隠すほどの巨大な物体。


 円盤の形をした、まさしくUFOだった――

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