↓第54話 いつか咲く、うちゅうの花。
「ごめんよ、サーヤ……」
ハリーは目に涙を溜めながら語りかけた。
「ど、どうしてあなたが?」
「ごめんよ……すべて私の責任だ」
「なに言ってるの? わたしはマーちゃんの仇をうつために――」
ハリーは立薗に近寄り、肩にそっと手を置く。
静かに首を振ると、迷子の方に向き直った。
「話は聞いたよ」
「ハリーさん……」
「私は罪を償う」
「それは自白と受けとっていいんですね?」
「……ああ」
ハリーは力なくうなずく。
なにもかも諦めたような顔だった。
「ミズ・メイコの推理どおりさ。本当は睡眠薬を取りに行く予定だったんだ。でも、計画が危うくなり、サーヤは私に逃げろと言ったんです。あとはうまくやっておくからと言い残し……イヤな予感がしました」
「…………」
「ミズ・メイコ。私は自分の意志でブラックを殺した。万が一サーヤが犯行に失敗しても、屑岡も私が殺すつもりだった。それは間違いない」
ハリーは続ける。
「でも、その殺意のせいでサーヤはこんなことになった。仇を前にした私は……守らなければいけないものが見えなくなっていたようだ……」
ハリーは後悔するように自分の顔を両手で押さえる。
「ハリー、わたしは自分の意志でここにいる! わたしは今までずっと殺すことだけを考えてきた!」
立薗は語気を強めるが、
「ごめんよ」
ハリーは悲しそうに、そうこぼした。
「どこかで止めるべきだったんだ。私は、私は……」
そして立薗を見つめ、
「大切な人を、二人も失うところだった」
胸元のペンダントを手に取り、震える声で言葉を紡ぐ。
裏面を開けると、そこにはかつて付き合っていた
笑っていた。
今日、こんな未来を迎えるなんて、このときの二人は思いもしなかっただろう。
「……なんでこんなことになったのかな――」
答えのない問いに、ハリーの涙が一つ、また一つと頬を伝う。
「…………」
その姿を見た立薗が沈黙を挟む。
自分のペンダントを手に取り、裏面を開けた。
「……マーちゃん」
そこには空木博士と二人で撮った写真が飾られてあった。
立薗はグッと唇を結んで目を閉じる。
「…………」
こんなときに、なぜか浮かんでくるのは幼き日の想い出だった。
彼岸花の墓地でかくれんぼをして、二人の笑い声が響く。
なんでもないただの日常。
それがたまらなく温かく感じた。
姉さんの――マーちゃんの笑顔がはっきりと思い浮かぶ。
「――……」
立薗は目を開ける。
不思議と手が温かかった。
変な気分だ。
まるでマーちゃんがここにいるようだった。
「…………」
立薗は黙ったまま、数瞬考えるような素振りを見せる。
そして深く息を吐くと、ハリーに向き直った。
「死ぬのはやめね」
「サーヤ……」
「ごめんね心配させて。マーちゃんの大切な人を泣かせてしまったわ……」
少し苦笑いをこぼして、立薗は言う。
「でもこれだけは言わせて。ヤツらを殺したことに後悔はない。あの日からずっと、わたしは自分の意志を貫いてきた。この気持ちは変わらない」
「……サーヤ」
「そういう人間もいるってこと。それだけよ」
そう言って空を見上げる。
やがて応援に駆けつけた警察たちが、こちらに銃口を向けた。
「――さ、いきましょう」
両手を挙げる立薗とハリー。
抵抗しない意思を見せると、手首に手錠をかけられた二人は連行されていく。
「ま、まって!」
その背中に声をかけたのはボブだった。
自分のペンダントの裏面を開け、そこに貼ってあるピザの画像を見せる。
「帰ってきたら……とびきりのヤツをごちそうするよ!」
「――――」
「かならず……かならず待ってるからッ!」
「……ああ」
「ふふ、味見のしすぎに気をつけてね」
なんだか懐かしそうに微笑むハリーと立薗。
そして今度こそ踵を返して、警察たちとこの場をあとにした。
「……ウッ……ウうぅ……」
涙を流すボブは、祈るようにペンダントを握る。
それを見た迷子は、ある違和感に気づいた。
「ボブさん、それって……」
「ウうぅッ…………グスッ!」
彼はピザの画像に指をかける。
そして数回、ツメの先でそれを剥がしはじめた。
「……!」
迷子はハッとする。
その下にはハリーと立薗、ボブの三人で楽しそうに笑う写真が貼られてあった。
「グズ……ッ! はは、こんなの恥ずかしくて見せれないよ!」
ボブはぐしょぐしょの顔で笑う。
『自分の愛するもの』の写真。
それを彼は、ずっと隠していたのだ。
「ボブさん……」
彼はずっと握っている。
そのペンダントを。彼らとの想い出を――
「えぐっ……! グズ……ッ! はは、どうしよう、涙が止まらないや!」
「…………」
迷子は少し間をおいて、空を指差す。
そして静かに口を開いた。
「知っていますか? 宇宙ステーションの室温は基本、21度から25度に保たれているそうです」
「……え?」
「これは彼岸花が開花する温度とも同じだそうです。シスタークリムゾンも建設途中でしたよね? 増設されたステーションの形は、最終的に花びらが開花したような見た目になるそうですよ」
「…………」
「彼岸花には『悲しい思い出』という花言葉があります。しかしもう一つ、『再会』という意味も含まれているんです」
「ミズ・メイコ……」
「ピザが焼けたら、わたしも呼んでくださいね!」
「……ああ、とびきりでっかいヤツをごちそうするよ!」
ボブは涙を拭い、笑う。
まだ開花していない深紅の蕾は、いつか咲き乱れる
見上げた先に思いを馳せて。
ユタ州の大地は、悠久の風を運んでいた――
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