↓第53話 けいかくの、全貌。

紅松沙華くれまつさやか』という名前に、乗客たちは首をかしげた。


「なぁ迷子、誰だその『くれまつ』って?」


 うららが眉をひそめる。

 迷子が説明をはじめた。


「紅松財閥。主に貿易で財を築いた一族です。その紅松家の一人娘が彼女――立薗さんです」


「ん? なんで名前がちがうんだ? あたしたちにウソついてたってことか?」


「いいえ、立薗さんは養子に入ることで苗字が変わったんです。それに聞き込みのときに話してくれたことはすべて事実ですよ」


 迷子は改めて立薗を見る。


「さきほど空木博士のことをお姉さんと言いましたが、厳密にはお姉さんの代わりといったほうがいいですね。墓地を管理している住職が、当時小さい女の子が彼岸花の野原でかくれんぼしていたと証言しています」


「…………」


「そのときのことを話してくれませんか?」


 迷子の問いに、立薗は静かに口を開く。


「わたくしは当時、父、母、弟の三人と暮らしていました。わたくしと弟は幼いころから英才教育の毎日で、それは代々続いた家業を継ぐためでもあり、紅松家としての習わしでもありました。厳しい習い事の毎日で、わたくしは嫌になったときにこっそり家を抜け出して近くの墓地に隠れていたんです。そこで出会ったのが空木博士です。彼女の名前が『万寿まんじゅ』なので、『マーちゃん』と呼んでいました」


 立薗は両手を握る。


「マーちゃんは少し年上のお姉さんでした。わたくしを妹みたいに慕い、『クー』ちゃんと呼んでくれたんです。マーちゃんは遊んでくれるだけではなくて、相談にも乗ってくれました。いつもいろんなことを教えてくれて、とても頭のいいお姉さんです」


 なつかしそうに語る立薗。


「とくに宇宙に関する知識はすごいものでした。宇宙に人を住めるようにすることがマーちゃんの夢で、わたくしも話を聞くうちにその夢を実現したいと思うようになりました。そのためにはちゃんとした大人にならないといけない。子供ながらにそんなことを思い、わたくしは辛い習い事にも耐えるようになったんです」


 言いながら、ときおり当時を思い出すような表情を見せる。


「そんなある日のことです。貿易の現場を見ておくために、家族で父の仕事に同行することになりました。わたくしも行く予定でしたが、どうしても外せない習い事があり、そのときは日本に残ることになったんです。父と母、弟は海外へ渡航し、そして事件が起こったんです」


 立薗の表情からスッと色が消える。


「船のGPSが海賊にハッキングされたんです。航路を失った船は襲われて、船員と交戦するさなか、家族は流れ弾に巻き込まれて死にました」


 立薗は助かった船員たちの証言をもとに、警察から事情を聴いたという。


「わたくしは一人になりました。親戚の引き取り手が決まるまで、マーちゃんの家族はわたくしの面倒をみてくれたんです。その後、養子として引き取り手が決まり、わたくしは住んでいた町を離れることになります」


 メガネの位置を直して続ける。


「それ以降もマーちゃんとは連絡を取り合っていました。研究が本格化したマーちゃんはアメリカに移住し、ある日うれしいしらせが届きます。それは結婚を前提にお付き合いしている人がいるというものです。目立つのがイヤなので、マーちゃんはそのことを周りに秘密にしていました。ちなみにお相手は、アストロゲートに勤めていたハリーです」


 ボブは一瞬驚いたように目を丸くするが、黙って耳を傾けた。


「わたくしの家族の命日に、マーちゃんは日本に帰ることになっていました。そこで久しぶりの再会を果たす予定だったんです。……ですがそれが運命を変えてしまうことになるなんて……」


「博士は屑岡に会ったんですね?」


 迷子の問いに、立薗はうなずく。


「マーちゃんはあの崖の上で密会し、兵器転用の中止を求めたんです。ですが事故に見せかけて殺されました。マーちゃんがうっかり足を滑らせるはずがありません。そう思っていたわたくしは独自に捜査をはじめ、のちにそのことを知ります。ハリーに話を聞いて、すぐに屑岡が怪しいと思いました。それから身辺の情報を集めたり遺留品を調べたりした結果、マーちゃんが残した証拠を見つけたのです」


「それはいったい?」


「兵器転用の資料とその経緯についてのデータです。墓石の中に隠してありました。加えて殺される直前までのやり取りは、メガネに仕込んだ小型カメラによってすべて記録されていたんです」


「空木博士は万が一に備えて保険をかけていたと?」


「そうです。わたくしがかけているメガネがそれです。一見するとわかりませんが、精巧に作られたデバイスです。録画した映像をリアルタイムでクラウドに保存します。わたくしは録画された映像を確認し、マーちゃんが死ぬ直前まで見ていたものを知ります。当時墓地に現れたのは屑岡とブラック、そしてブラックが雇った前任の殺し屋でした」


「その殺し屋は、毒グモさんが殺した人ですね?」


「はい。本当はわたくしが始末したかったのですが……フフ、計画はうまくいかないものですね」


 薄く笑っている立薗を、カティポは黙って見ている。


「マーちゃんを殺しただけでなく、マーちゃんの夢まで屑岡は奪いました。兵器転用なんて……マーちゃんは人の住む場所を作ろうとしただけなのに」


 立薗は奥歯を噛み締める。


「わたくしは復讐の計画を練りました。幸い財閥のコネがあったので、屑岡が秘書を探しているタイミングでアストロゲートに潜り込むことができたのです。それからは彼の身辺を調べたり、復讐のタイミングを窺うといった感じです」


「屑岡さんから怪しまれることはありませんでしたか?」


「いいえ。人知れず墓地で遊んでいた少女のことなんて、わかるはずもありません。苗字も住む家も変わっていましたし、わたくしのことには気づいていないようでした」


 迷子は質問する。


「今回の事件はかなり大がかりな舞台装置が用意されました。ここまで時間と手間をかけたということは、おそらく商談に持ち込ませることにも意味があったのではないでしょうか?」


「…………」


 立薗は数瞬の沈黙を挟んで、ポケットから小型の端末を二つ取り出す。


「ここには屑岡たちが秘密裏にしてきた兵器開発と、そのプラント情報が記されています。施設の場所や研究内容、それと屑岡の隠し口座の情報も一緒に」


「それを手に入れるために?」


「はい。今回の商談で屑岡とブラックは、計画の最終調整をおこなう予定でした。それなりの情報をお互いが持ち合う手筈だったのですが、わたくしがそれを狙っていることには気づいていなかったようです」


「そのデータをどうするつもりで?」


「マーちゃんの技術が転用されるのは望むところではありません。そうですね……『専門の人』に頼んで施設を破壊してもらいましょうか?」


 立薗は冗談めいてカティポを見る。

 カティポはなにも言わず、ただジロリと彼女を睨んだ。


「…………」


 そして立薗は軽くため息をつき、メガネを外して遠い空を見つめる。


「わたくしからは以上です」


「……ありがとうございます」


 すると立薗はスッと迷子を見て、


「さすが才城様ですね」


 深々と、一礼する。


「これで思い残すことはありません」


 そう言うと、彼女はスーツの袖から取り出したデリンジャーの銃口を、自分の眉間に押し当てた。


「立薗さんッ!!」


「さようなら。わたくしはマーちゃんのところに行きます」


「サーヤ! やめてよ!」


 ボブは必死で説得する。


「ごめんねボブ。もう三人で遊園地に行くこともないわ」


「ダメだって! また行こうよ!」


 ボブはペンダントを握る。

 しかしその声も虚しく、立薗は薄く微笑むだけだ。


「それでは才城様。お元気で」


「ダメですっ! 立薗さんッ!!」


 迷子は手を伸ばす。


 ――――。


 そのとき。


 一瞬、風が揺れた。


「――――……!!」


 空を切る速さで飛翔するクナイ。

 それが立薗のデリンジャーを勢いよくはじいた。


「……ッ!!」


 手首を押さえて苦悶の表情を浮かべる立薗。

 クナイの飛んできた方向に振り向くと、そこには二人の人物が佇んでいた。


「…………なんで」


 目を見開いて言葉をもらす立薗。

 そこにいた一人はクナイを投げたゆらら。

 そしてもう一人は、


「……サーヤ」


 見上げるほどに背の高い男性。

 乱れたネクタイとパイロットの制服。


 病院へ向かったはずの、ハリーだった――

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