↓第52話 つながる真実。

 あまりにも眩しかった。

 徐々に目が慣れてきて、現状を認識するには数秒の時間を要した。

 辺りは大量の投光機で照らされている。

 だから昼間のように明るい。

 しかし上を向くと、星が瞬いていた。


 つまり夜だ。


 目の前にあるのは赤い色の大地。

 月? ……いや火星?

 そんな思惑が乗客たちの頭をよぎる。


「地球です」


 迷子は言う。

 その証拠を見せるかのように、彼女は大きく息を吸ってみせた。


「ち……地球だって?」とボブ。


「そうです。わたしたちは還ってきたんです。――というより、もとから地球にいたんですよ」


「ど、どういうこと?」


 言ってる意味がわからないボブ。

 しかし、よく見るとこれは彼の知っている景色だ。

 投光機の明かりを手で遮りながら、もう一度よく景色に目を這わす。

 赤い大地とアーチ状の岩石。

 それらを包む雄大な夜の帳。

 アメリカのユタ州。アストロゲートの本社がある場所だ。

 迷子はドッキング用のハッチとは別に、壁面の人が出入りする専用の扉を開けると、


「百聞は一見に如かずです。みなさんこちらへ」


 乗客を外に案内した。

 扉の外には鉄骨が組まれており、簡易的な階段ができている。

 乗客たちは不思議そうにしながらも、足元に気をつけて長い階段を下りた。


「さぁ、これがシスタークリムゾンの正体です!」


 地面に足をついた全員が振り返る。

 そこにあったのは、シスタークリムゾンと瓜二つのオブジェクトだった。

 ――と、いうより、シスタークリムゾン本体だった。


「最初に言っておきますが、これは試作段階のシスタークリムゾンです。とはいえ形も内装も、ほぼ完成形に近いプロトタイプです」


 迷子は言う。

 みんなはまだ不思議そうな顔をしていた。

 よく見ると、ステーションは倒れないように下から鉄骨で支えられている。

 もちろん十字架の形をしているわけだが、東西南北のモジュールすべてに鉄骨の階段が設けられていた。


 おそらくどこからでも入れるようにしてあるのだろう。

 さらに迷子たちがいる北側の反対――南側の方向に、飛行機のような機体が見える。


 それはみんなが乗ってきたスター・レイだった。

 南側通路のモジュールにドッキングしたままだ。

 その周辺はコンクリートで舗装されており、広い道がまわりに延びている。

 遠目に藍色のベレー帽を被った人たちが見えるが、何かの作業をしているようだった。


 辺りにはクズ鉄や、何に使うかわからない壊れた機械などが散乱している。

 ――ボブはハッとした。


「ここはもしかして……スクラップエリア?」


「そうですボブさん。アストロゲートは広大な敷地にいろんなエリアを設けていますよね? 病院や宿舎、研究施設やショッピングモールまで。廃棄物を管理するスクラップエリアもその一つです」


 少し時間をさかのぼり、思い出す。

 アストロゲートに来た迷子たちは、バスに乗って宇宙船のターミナルまで移動した。

 そのとき窓の外に見えたのがここだ。

 いわば研究開発の過程で出来たスクラップを置いておく場所。

 バスの中で、敷地のことは立薗が説明していた。


「うららんから聞きました。シスタークリムゾンは建設の過程で調整と改良を繰り返したそうですね。ターミナルのなかに展示物があったそうです」


「ああ、めちゃカッケェ模型だったぜ!」


 スター・レイに乗る前、待合席でうららはロビーの周辺を探索した。

 そのときにシスタークリムゾンの展示物を見つけ、寝ているゆららを起こすほど模型に夢中になっていた。


「調整と改良を繰り返すには、つまり試作機の存在が必須です。データの塊であるプロトタイプなら、おそらくスクラップエリアに保管されていると思ったんですよ。加えてアストロゲートは映像関係の企業と繋がりがありますからね。ロケハン用として活用されていたのではないですか? こうして鉄骨が組まれているのがなによりの証拠です」


 迷子は続ける。


「厳密に言うと、わたしたちは一度宇宙に飛び立ちました。スター・レイの中で気絶したあと、再び地球に戻ってきたんです。スクラップエリアに移動した機体は、自動操縦を使いプロトタイプのシスタークリムゾンに接近します。あとは南側通路のモジュールにドッキングすれば、準備完了というわけです」


 そして本題に入る。


「では、これを踏まえたうえで立薗さんが屑岡さんを殺害した手順を説明しましょう」


 立薗は無言で耳を傾けた。


「まず立薗さんは、自室の電話を使って屑岡さんに連絡をとります。宇宙服を着て西側通路のモジュールへ移動するよう指示したのでしょう。口実はなんでもいいです。『救助隊が来た』とでも言えばOKです」


 乗客たちも黙って聞いている。


「宇宙服に着替えた屑岡さんは部屋を出ます。ここで彼の姿が監視カメラに映りました。一方の立薗さんも宇宙服に着替えます。ちなみに立薗さんが着替えた宇宙服は、倉庫から消えたもう一着のものです。あらかじめ自室に隠しておいたのでしょう。着替えた立薗さんは東側通路のモジュールに移動します。東側通路はカメラが作動していないので、記録は残りません。そして人が出入りするほうの扉から外に出て、階段のところにスーツの着替えを置きます。これはあとで着替えるためです。階段を下り、ぐるっと西側通路のモジュールへと移動します。そして外から扉を開けて、中にいる屑岡さんを外へ連れ出したのです」


 立薗はじっと迷子を見ている。


「このとき立薗さんは用意していた武器などで屑岡さんを脅します。4年前の事故死についての真相を聞き出すためです。尋問が終わったあとに彼を殺害し、次のステップに移ります」


 迷子は歩きながら続きを話した。


「屑岡さんを遺棄したあと、立薗さんは南側通路に向かいます。階段を上って外から中に入り、通路に潜入すると壁に飾ってあったアラドヴァルの槍を持ち出します。再びモジュールから外に出て、槍は適当に捨てます。そして東側の階段に戻ったのです」


 さらに続ける。


「あとはあらかじめ置いてあったスーツに着替え、なにくわぬ顔をしてモジュールの中に入ります。モジュールから自室までの距離は短いので、タイミングを見計らい、素早く室内に入ったのです。これで誰にも見つからずに犯行を行うことができました」


 そして迷子は人差し指を立てた。


「この計画の秀逸なところは、中央フロアにハリーさんがいることです。彼が監視役になることで、人の出入りを把握できますから。おそらくジャミングに干渉されない周波数帯を利用して、連絡を取り合っていたのではないでしょうか? 場合によってはハリーさんが通路の出入りを制限し、立薗さんが移動しやすいよう調整したはずです」


 カティポが暴れたときには肝を冷やしただろう。

 酔った彼女はなにをするかわからない。

 仮に南側通路で戦闘をはじめたら、槍を持ち出すところを見られる可能性もある。

 そのためハリーは慎重に様子を窺った。


「仕上げに立薗さんは、仕事をしていたフリをします。遅れて登場したあと、中央フロアで食事をしました。あとはみんなで天井の死体を目撃すれば完了です」


 パクが何かに気づいて口を開く。


「まてよ……ひょっとしてメイコさん、あの死体って?」


「そうです。映画を観ていたパクさんならおわかりですよね? 天井に見えた死体は偽物。つまり作り物の映像です」


 迷子は続けた。


「さきほど伝えたとおり、アストロゲートは映像関連の企業と懇意な関係にあります。なにかしらの理由をつけて、CGのサンプルを作るよう発注したのではないでしょうか?」


 静かにメガネの位置を直す立薗を、迷子はチラリと見る。


「むしろロケハンに使われるくらいですからね。撮影時にいろんなシチュエーションが選べるよう、映像のストックが必要でしょう。シスタークリムゾンのガラスは映像を投影できますから、わたしたちが見ていたのもCGというわけです」


 シスタークリムゾンの部屋に来たときのことを思い出す。

 このステーションは宇宙の景色に飽きないよう、ガラスに任意の映像を投影できるようになっていた。

 備えつけの端末でそのことは説明されている。


「おそらく『スター・レイで見た眩い光の正体』もこれだと思います。睡眠薬が効くタイミングを見計らい、わたしたちに映像を見せたのかと」


 タビーがじっと話を聞いている。

 ボブがなにかに思い当たり口を開いた。


「待ってミズ・メイコ……一つ気になることが」


「なんでしょう?」


「消えたハリーはどこにいったの? シスタークリムゾンの中にはいなかったよ」


「そうだ、彼はどこに?」


 パクも気になって尋ねる。

 迷子はこう答えた。


「ハリーさんはホスピタルエリアに向かったと思います」


「病院?」とパク。


「そのことを説明する前に、一つ前置きが必要です。さきほど申しました睡眠薬についてです。どうすればスター・レイで乗客を眠らせることができるのか? つまり、薬を盛るタイミングはいつだったのかということです」


「それなら心当たりがある。ボクたちは搭乗するまえ、酔い止めのサンプルを飲んでるよ」


 そう答えるボブに、


「そこです」


 迷子は言葉を切るように片手で制した。


「わたしもはじめはそれを疑いました。みなさん飲みましたし、睡眠薬の疑いは充分です。ですが薬はあらかじめ検査を終えた代物でした。製薬会社ステラルークスが用意したサンプルで、しかも薬の刻印までしてあります。ここでわたしは違和感を覚えました。つまり、偽造のタイミングが思いつかないんです」


 錠剤の表面などには、薬の識別記号などが刻印されている。

 今回渡された酔い止めにも、小さな文字が印字してあった。

 偽装するにしても、そう短時間でできるものではない。


「仮にコソドロさん(プリンセス)が薬を用意したとしても、わたしたちを眠らせる動機がわかりません。そこで一回、別のところに原因があると考えたんです」


「別のところ?」と、パクは訝しい顔をする。


「つまり、答えは空調だったんです」


「なんだって?」


 ボブが意外そうな顔をする。

 立薗は口をつぐんだまま、少し視線を逸らした。


「空調に仕込んだ専用の機械で睡眠剤を気化させれば、乗客は眠ります。思い出してください。スター・レイに乗ったとき、うららんは空調の風向きを自分のほうに向けました。これは火照った身体を冷ますためです。このあとうららんはみんなよりも長い眠りに落ちますが、要は気化した睡眠剤を人一倍吸ったことが原因だったんです」


「そうか……どうりで」


 うららは納得する。


「この仮説に至った理由は、中央フロアにあった空調の機械にあります。フロアの壁や天井に空調があるのに、なぜか別に用意された長方形の物体……わたしは違和感を覚えました」


 迷子は立薗のほうを向く。


「おそらくフロアにあった空調機器は、吸入麻酔に近いものだと思います。スター・レイの仕掛けも同様かと。毒グモさんが酔っ払った際にそれを壊しましたが、中から液体が漏れていました。それは水ではなく、吸入用の薬剤だったのです」


「睡眠薬が入っていたなんて……でも、中央フロアになんでそんなものを?」


 難しい顔をするボブに、迷子は言う。


「復讐が片付いたあとで、もう一度わたしたちを眠らせる必要があるからです。地球に戻ったという体を演出しないといけないので。中央フロアにみんなを呼び出して眠らせたあと、スター・レイの中に運ぼうとしたのかもしれません」


「ボクたちを戻す、演出……」


「そうです。スター・レイを動かす際は、立薗さんが社長室から盗んだ端末を使用します。機体を再起動させたあと、ハリーさんが運転する予定だったんじゃないでしょうか? もっとも基本は自動操縦なので、ボブさんが眠っていても、ある程度の融通は利いたと思います」


 機体が動いたら、スクラップエリアから離れてターミナルに戻る。

 あとは乗客が目覚めるのを待って、スター・レイから降りればいい。


「のちに警察が航行記録を調べるでしょうが問題ありません。AIで管理された無人管制塔の記録は、おそらくダミーのものを用意しているはずです。計画を遂行するにあたり、そのあたりのセキュリティは対策済みかと」


 広大な敷地内を管理するのは大半がAIだ。

 それらを操ることで人の目を欺ける。

 有人で機能している施設が限定されるため、『迷子たちの行動を知る人間』がいないのだ。


「――と、このような計画を立てた立薗さんですが、さっき言った毒グモさんの戦闘により空調機器が壊れました。このままではみんなを眠らせることができません。薬剤を気化させるには専用の機械が必要ですから。対策を考えた挙句、立薗さんはある作戦にでます。それはハリーさんを失踪させるというものです」


 ボブは目を見開く。


「幸いわたしがエイリアン説で騒いでいたということもあり、その状況に便乗したのではないでしょうか? エイリアンに襲われたことにすれば、それらしくステーションから退場させることもできますし。加えてハリーさんが体調不良を訴えることで、立薗さんと部屋を代わろうとしていたんだと思います。偶然パクさんが部屋を代わると申し出たので、結果的に彼と交代することになりました。わざと部屋を荒らして奇怪な状況をつくったハリーさんは、隙をみてモジュールから外に出ます。つまり睡眠薬の代わりになるものを手に入れるためです」


「それで病院にー! それで病院にー!」


 プリンセスが身体を揺らしながら喋る。


「じゃあ、ハリーはボクたちを眠らせる薬を取りにいって、またシスタークリムゾンに戻ってくるつもりだったの?」


「そうですボブさん。しかもわたしの愛車、MVMを使ってホスピタルエリアに向かったはずです。立薗さんがコンテナに戻したと言っていましたが、あれはハリーさんが病院間を往復するために使う、伏線アイテムとして使用されたんです」


 コンテナにはすでにMVMがないことを、迷子は確信していた。


「そして持ち帰った薬は誰にも見つからずに立薗さんに渡す手筈だったのでしょう。あとはなにかしらの方法で薬を盛って、再び乗客たちを眠らせることができます」


「なるほど……典型的だけど飲み物や食べ物に盛ってしまえば、ごく自然に僕たちを眠らせることができる。そうすればあとは計画を再開するだけだ」


 パクが納得したように呟く。

 迷子は続きを口にした。


「これが『ハリーさんはどこへ消えたのか?』という問いの答えです。不幸中の幸いというべきか、屑岡さんは重度の不眠症に悩まされていました。日頃から彼の代わりに薬を取りに行っていたハリーさんなら、誰にも怪しまれずに睡眠薬を手に入れることができるでしょう。加えて不眠症の原因をつくった新薬についても、多めにもらってハリーさんと立薗さんが所持していたはずです。あらかじめ飲んでおけば、睡眠剤を吸い込んでも対処できます」


 そしてこう言う。


「乗客のみんなは宇宙に行ったと思い込んでいますから、目覚めたときに地球にいたら不思議がるでしょう。スター・レイを降りて、ユタ州の大地を見渡す。しばらく考えてこの奇妙な体験を振り返る。生還したみんなの言動は、瞬く間にSNSなどに拡散するでしょう」


 それを聞いたパクは、腕時計をいじる手を止める。


「まさか、今回抜擢された人選て……」


「そうですパクさん。フリーのジャーナリストにしてインフルエンサーでもあるあなたが選ばれたのも、きっと計画のうちです。影響力のある人物が情報を発信することで、アストロゲートの信用は地に落ちます。できるだけ生の情報を発信するあなたなら、事件の詳細を理想のカタチで伝えると踏んだのでしょう」


 パクだけでなく、タビーの務める報道メディアもアメリカの有名企業だ。

 今回の乗客たちは、それなりに発信力のある人物が集められたとみえる。


「きっとタイミングを見計らって取材用の機材も解放するつもりだったんでしょう。屑岡さんは死にましたし。……もっとも、パクさんにその必要はなかったみたいですけどね」


「? どういうことだい?」とパク。


「その腕時計です」


「!?」


「仕込みの端末なんですよね? 取材用の」


「……いつ気づいたの?」


「わたしと話しているときや何かを観察しているとき、ずっと腕時計をいじっていましたから。まぁ、それも当然かもしれません。たとえばテロリストに拘束された場合、持っている機材は没収されますから。世界を巡るフリーのジャーナリストなら、そのあたりの備えをしていると考えたんです」


「はは、さすが迷探偵だ」


「それに屑岡さんの死体が現れたとき、焚川さんはシャワーを浴びていました。バスローブ姿の彼女と遭遇したときに、パクさんは素早く腕を隠したんです。それは女性の露出姿を記録しないよう、配慮したんだと思います」


 そのときの光景を思い出した焚川は、気まずそうにドレスの胸元を腕で押さえる。

 すると迷子のトランシーバーから、ゆららの声が聞こえてきた。


『メイちゃ~ん、聞こえるぅ~?』


 迷子は応答するまえに、みんなに説明する。


「ちなみにゆららんには、部屋で寝ていると見せかけて捜査のお手伝いをしてもらいました。このトランシーバーもひそかに持ってきてもらったものです」


「じゃあ、すでに外に出てたの?」とボブ。


「そうです。倉庫の見張りを交代するときに、伝言を書いたメモを渡しておきました。その内容にそってゆららんがいろいろ調べてくれたんです」


 見張りを交代する際、うららはゆららとハイタッチを交わした。

 そこで伝言を書いたメモを渡していたのだ。


「では失礼して……もしもしゆららん? こっちは大丈夫ですよー?」


 迷子はトランシ―バーに出る。


『はぁーい。それじゃあ報告ねぇ~。メイちゃんの言ってたとおり屑岡の死体が見つかったわぁ。ついでに赤い槍もぉ。脱ぎ捨てた宇宙服もバッチリねぇ』


「わかりました。ちなみに宇宙服の中に髪の毛や繊維片などは残っていませんか?」


『あるわぁ。艶のあるきれいな黒髪がねぇ』


 立薗は迷子から目を逸らす。


「ありがとうございます。あとをよろしくお願いします」


 通信を切ると、迷子は遠目に見える藍色のベレー帽集団に手を振った。

 どうやらゆららを含め、才城家の人間が捜査をしているものと思われる。

 作業の手を止め、一人の屈強な男性が迷子のほうを向いて敬礼した。

 ユタ州に来たとき、迷子たちをジープで送り届けてくれたあの人物だ。


「立薗さん、DNA鑑定をすれば言い逃れはできませんよ」


「…………」


「話してくれますか?」


 立薗は静かにメガネを外す。


「一ついいでしょうか?」


「なんでしょう?」


「外に出るなんて賭け、よくできましたね」


 諦念を含んだような声音。

 その口元は、自白をはらむように薄く微笑んでいた。


「砂ですよ」


「?」


「東側通路に砂糖のような粒子が落ちていました。少し赤みがかっていて、でも溶けなくて。それはタビーさんが寝そべっていたときにはありませんでした。でもわたしが自転車で転んだときには落ちていたんです。おかしいですよね? いつこんなものが落ちたのかと」


 迷子はしゃがんで、地面を触る。


「現場で集めた証言をもとに仮説を立てれば、なるほどと思ったんです。外に出た際に砂が付着したのだと。階段に着替えを置いていたのならなおさらです。ここは風が吹いていますからね」


 そしてこう補足する。


「あ、ちなみにですけど、出口の扉を開ける際は細心の注意を払いましたからね! わたしも死にたくないので!」


 一応命綱をつけて、宇宙服を着たゆららに確認してもらったらしい。


「……そうですか」


 立薗は降参したかのように空を仰ぐ。

 みんなは黙って彼女を見ていた。


「そんな、ウソ……だよね? ねぇ、サーヤ?」


 震えながら語りかけるボブに、立薗は静かに相好を崩し、


「ごめんね」


 それだけ告げる。

 彼女はポケットから、小さな物体を二つ出して迷子に渡した。


「これはレコーダーを遠隔操作したリモコンと、スター・レイを再起動させるための端末です」


「…………」


 受け取った迷子は、神妙な面持ちで口を開く。


「一つわからなかったのは動機です。復讐をするなら、空木博士となにかしら接点があったはずなんです。しかし博士と親交のあった人や、親類関係にあたる人物はこのステーションにはいません。ではなぜ?」


 静かに微笑む立薗を、迷子は見つめる。


「もし外に出ることができなければ、この謎は解けなかったかもしれません。しかしこれではっきりしました。4年前、空木博士が日本に向かったのは、密会だけが目的ではなかったのですね?」


「どういうことだい?」とパク。


「急ぎではありますが、ゆららんに調べてもらいました。空木博士が帰国した日――その日が命日のご家族がいました。先に結論を言えば、空木博士はお墓参りをするために墓地に出向いたのです。しかし博士の家族は日本にいません。では誰のお墓を? その謎を解くカギは、この宇宙ステーションにありました」


 迷子はシスタークリムゾンを見上げる。


「そもそもなぜこのステーションは『シスタークリムゾン』なのか? その名前がわたしにヒントをくれたんです」


 迷子は言う。


「博士はあなたのお姉さんですね?」


 立薗のほうを見つめ、


立薗沙華たてぞのさやか――……いえ、『紅松沙華』(くれまつさやか)さん」

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