↓第51話 せつめいの、じかんです。

 迷子が指をさす方向に全員が振り返る。

 視線の先にいた人物。

 それは屑岡の秘書である『立薗たてぞの』だった。


「え……そんな」


 彼女は驚いた様子だった。

 自分が疑われていたと思いもしなかったのだろう。

 迷子は口を開く。


「解決の糸口は、なるべくシンプルな思考にありました。それと同時に常識を疑い、ちょっと違う視点から物事を俯瞰ふかんする必要があったんです」


 迷子は続ける。


「そもそも今回の事件は特殊です。高度444kmで起こった密室殺人。まわりが宇宙空間ということもあり、わたしたちの行動は制限されました」


「それはそうだけど……現にスター・レイも止まって、ボクたちは閉じ込められたわけだし」


 ボブは言う。

 宇宙船は緊急停止のプログラムが作動し、動かなくなった。


「そこですボブさん」


「え?」


「犯人がスター・レイを止めたとして、しかしいずれは機体を動かす必要がありますよね?」


「まぁ、シスタークリムゾンを離脱しないと還れないし……」


「そうです。では再び機体を動かすにはなにが必要です?」


「そ、それは社長室の金庫にある起動用の端末を――」


 途中まで言ってハッとした。

 一応、機密事項なので他言するのは厳禁だ。

 いくら推理の場だからとはいえ、再び口を滑らせたボブ。

 自分の口を塞ぎながら、しかし徐々に頭が冷静になってくる。


「え……社長室って」


「そうです。社長以外に端末を取り出せるとしたら、それはごく限られた人物です。そう考えた場合、常に社長と行動を共にしている立薗さん以外に、持ち出せる人物はいないのです」


「待ってください才城様」


 立薗はメガネの位置を直す。


「たしかに端末を持ち出すことはできるかもしれませんが、それだけで犯人と決めつけるのはいささか早計なのでは?」


「そうですね、ですがこれだけではありません。シスタークリムゾンで殺人を行うにしても、途中で救助隊が駆けつければすべてが水の泡です。誰にも邪魔されないよう、あらかじめ膨大な準備が必要なのです」


 迷子はボブを見る。


「パイロットの協力もその一つでした。宇宙船を操縦できる人がいないと話になりません。立薗さんはハリーさんと手を組んでわたしたちをここへ連れてきたんです。ボブさんはなにも知らされず、運転手としての役目を果たしました」


「ま、まさか……」


 ボブは混乱しそうになる。


「ちなみにボブさんの手首と足首が赤くなっていたのを覚えていますか? あれは眠っているボブさんを二人掛かりで運んだ証拠です。でもボブさんが重かったので中央フロアまで運ぶことができなかったんです。だから一人だけスター・レイの中に置き去りにされたんですよ」


 ボブは改めて手首を見る。

 たしかにその痕は、指の形が見てとれた。

 はたして友人二人が殺人を犯したのだろうか?

 信じたくない心と、現実が葛藤をはじめる。


「で、でもやっぱりおかしいよ! 社長が発見されたとき、ボクたちは食事をしていたんだ! 中央フロアでピザや飲み物を用意して……ミズ・メイコも見たでしょ!?」


「そうですね。立薗さんやハリーさん、パクさんにタビーさんもいました」


「それに社長が自らモジュールに入るところが監視カメラに映ってる! その間サーヤが西側通路に移動した痕跡もないし、どうやったって犯行は不可能だよ!」


 確かに立薗はカメラに映っていない。

 もし屑岡を殺すなら中央フロアを通り、さらに西側通路に移動したあとでモジュールの中に入る必要がある。

 みんなと食事をしていたことも考えると、アリバイは成立しているようにも思えるが?


「はい、そのとおりです。ですがボブさん、ここまですべてがトリックだとしたら?」


「……なんだって?」


 そして迷子はパクに視線を移す。


「ここで質問です。パクさんは天井の外に死体を見たとき、あれが誰だと思いましたか?」


「え、それはもちろん屑岡……」


「なんでそう思いましたか?」


「それは……宇宙服に部屋番号があったから」


「では彼が生きていると思いましたか?」


「ええ? それはさすがにないよ」


「なんでそう思いましたか?」


「だから、彼の背中には大きな槍が刺さって――」


 パクの話を遮るように、迷子はパンっと手を叩く。


「はい! いまのを聞いてみなさん気がつきましたよね?」


「……なにを?」


 ボブは疑問符を浮かべる。

 他の乗客も同じような反応を示した。

 迷子は続ける。


「つまり誰も屑岡さんの顔を見ていないんです。あのときヘルメットにはサンバイザーが掛かっていました。だから部屋番号と監視カメラの映像をもとに、あれが屑岡さんだと認識するしかなかったんです」


「じゃあメイコさんは、あれが屑岡でないと言いたいの? 宇宙服を着て部屋を出る彼は監視カメラに映っていたし、それはなによりの証拠なんじゃないかな?」


「パクさんの言うとおり、宇宙服を着て部屋を出たのは屑岡さん本人で間違いないでしょう」


「じゃあやっぱりあの死体は彼なんじゃあ……」


「その答えを言うまえに、もう一つ重要なことを認識する必要があります。さっきわたしが質問したとき、パクさんは槍が刺さった屑岡さんを見て死んでいると思いました。無理もありません。ふつう、あの状態で動かなければ、誰でも死んでいると思うでしょう」


 迷子は続ける。


「わたしはずっと引っ掛かっていました。犯行にこれだけの手間が必要かと。そもそも眠っているブラックさんに限っては、もっと簡単に殺害できたはずなんです」


 するとパクは、


「まぁ……首を絞めることだってできるよね?」


 と、顎に指を這わす。


「そのとおりです」


「つまりメイコさんは、槍を使うにはなにかしらの意味があったって言いたいの?」


「はい。これこそがわたしたちがかかった罠。つまり槍が刺さっていることで、『死んでいることをわかりやすく認識した』んです。一種の記号ですね。一目見ればわかります」


「じ、じゃあミズ・メイコ。ミスター・ブラックを槍で殺したのは、のちに死ぬ社長の死を印象づけるためだっていうの?」


「そうですボブさん。くわえて南側通路の槍もなくなっていることから、誰が見ても宇宙空間に出た屑岡さんが、槍によって殺されたと思うでしょう」


 聞いていた立薗が、口を開く。


「話はわかりました。ですが才城様、それらをわたくしが実行するのはやはり不可能です。監視カメラに映らず南側通路の槍を持ち出し、屑岡を宇宙空間で殺害する。そしてみなさまと食事をしている最中に死体を発見する。どう考えても無理がありませんか?」


 言いながらメガネの位置を直す。


「証拠はあるんですか? わたくしが殺したという証拠は?」


 周りの空気が張り詰める。

 沈黙が満たす中、迷子はスッと指を立てた。


「そろそろです」


「え?」


「そろそろくるころなんです」


 なにを言ってるのかわからない立薗。

 と、そこへノイズのような音が響く。


 ――ガー……ガガー……。


『メイちゃ~ん? もしも~し? 聞こえるぅ~?』


 迷子が持っていたトランシーバーから、ゆららの声が聞こえた。


「あ! ゆららん! 待ってました!」


『こっちは大丈夫~、いつでもいいわぁ~』


 ゆららの声を聞くと、「みなさんお待たせしました」と迷子は乗客たちのほうを振り向く。


「準備が整ったので、今から証拠をお見せします」


「メイコさん、準備って?」


 パクだけでなく、ほかのみんなも疑問符を浮かべていた。


「ひとまず北側通路に移動してください。話はそれからです」


 どういうことかわからないが、いまは迷子の言うことに従ってみるしかない。

 一同はぞろぞろと移動し、北側通路にあるモジュールの前にやってくる。


「さぁ、みなさんこの中に入ってください」


「おい、チビ! もったいぶらずさっさと言え!」


「大丈夫です毒グモさん。入ればわかりますから」


 とりあえず指示に従って全員がモジュールの中に入る。

 そして迷子は、なにもない空間を見上げた。

 視線の先にあるのは、宇宙船などがドッキングする際に開く、巨大な円形のハッチだった。


「お待たせしました。監視カメラに映らずに槍を持ち出し、宇宙空間に出た屑岡さんを殺したトリックがこれです!」


 迷子がそう言うと、モジュールの空間全体がガコンと音を立てて揺れ動く。

 みんながバランスを崩しているなか、正面にある円形の巨大なハッチがゆっくりとスライドしはじめた。


「「「――――!!!」」」


 乗客たちは息をのむ。

 このままだと空気が抜けてしまい、みんなは死んでしまう。

 予想通り、モジュール内の空気に大きな流れが生じた。


「き、きゃぁぁァァーーーッ!!」


 焚川が悲鳴をあげる。

 必死で壁の出っ張りにしがみつこうとしているが――……なにかがおかしい。


 逆流している。


 空気が外に出るのではなく、中に入ってきている。

 しばらくして異変に気づいた全員が、外の光景に注目した。

 完全に開く巨大なハッチ。


 そこにあったのは、まばゆいほどの光だった――

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