↓第50話 にわかには、しんじれません。

 辺りに動揺が広がった。

 部屋を荒らされて消えたハリーが、ブラックを殺したという。

 しかし、迷子はなぜそのような結論に至ったのだろう?


「はは、やだなミズ・メイコ。ハリーがなんでそんなことを?」


「才城様、どういうことです?」


 ボブと立薗が説明を求める。

 仲のいい二人だからこそ、なおさら気になるのだろう。

 迷子は続きを話した。


「まずはじめに、スター・レイに巨大な光が現れたとき全員が眠りにつきました。そのときに『ハリーさんは寝たふりをしていた』ということを頭に入れておいてください。これから犯行を行うのですから当然ですよね? そしてブラックさんはわたしたち同様、眠っていました。そのうえでの犯行と覚えておいてください」


 こう前置きした上で迷子は続ける。


「では注目すべきポイントはブラックさんに刺さった槍の角度です。斜め上から貫通したそれは、傾きから推測するに、身長が170センチ以上の人物が刺したと思われます」


 迷子はポーチからメジャーを取り出す。

 焚川からうららが没収したものだ。


「先ほどこれで確認しました。死体から直線にメジャーを伸ばし、槍の角度と照合するんです。イスの上に乗ってギリギリ検証しましたが、やはり170センチ以上は必要です」


 迷子は先ほど、エイリアン捕獲とウソをついて単独行動をしていた。

 その際に中央フロアからイスを持っていったが、どうやらこれを検証するために使っていたらしい。


「こうなると容疑者の候補がしぼられます。わたしが調べたところによると、屑岡さんを除いて身長が170センチを超えるのは次の方たちです」


 迷子はカタルシス帳に書いた名前を読み上げる。


 ●焚川(173センチ)

 ●パク(178センチ)

 ●ボブ(172センチ)

 ●ハリー(192センチ)


 乗客たちはこの名前を聞いて数瞬沈黙を挟むが、立薗がすぐに疑問を呈した。


「まってください。容疑者が4人いる中でハリーが犯人だという根拠は? それに中央フロアや部屋のイスを使えば、身長なんてごまかせるのではないでしょうか?」


 迷子は静かにうなずく。


「意見はごもっともです。身長の件に関しては先に説明しておきましょう。単純な話、イスの上に立って槍を振るうと不安定なんです。ふんばりが効かず、力が乗りません。こうなると上手く刺さらないどころか、下手をすれば反動でバランスを崩し、イスから転げ落ちるのです」


 そして続きを話す。


「では、なぜハリーさんが犯人なのか? その根拠をお見せしましょう」


 迷子はポーチに入れていたティーカップを取り出す。

 金と銀で装飾された豪華なものだ。


「これはみなさんの部屋にあるのと同じです。パクさん、これを持ってみてください」


「え?」


「さぁ、早く」


 突然カップを突き出されたパクは、後退りしながら冷や汗をかく。

 震える手でカップを受け取ろうとしたが、サッと手を引いてカップを落としてしまった。


「…………」


 床に砕け散るカップ。

 全員なにが起こっているのかわからない。


「やっぱりそうだったんですね」


「…………」


「パクさんは『金属アレルギー』です」


 乗客たちはパクを見る。


「しかも金と銀に反応するタイプですね。違和感があったんですよ。部屋には豪華な装飾を施した食器があるのに、パクさんはなぜかそれを使おうとしませんでした。お茶を飲むにも持参した紙コップを使うし、腕時計も装飾のないスポーツタイプのものを着用しています」


 迷子はパクの首筋を見る。

 そこがほんのりと赤くなっていた。

 直接触れずとも、かすかに症状が現れるようだ。


「ブラックさんの死体に刺さった槍には銀の装飾が施されていました。パクさんはそれに気づいていたんでしょう。わたしが現場検証をお願いしたときに、思わず拒否反応を示しましたから」


「……そのとおり、僕は金や銀に触れることができないんだ。直接触れると大変なことになるし、だからあの槍を持つこともできない」


 首筋に触れながらパクは言う。


「じゃあ、ほかのみんなはどうですかー? ここにもおっきな人がいますがー?」


 プリンセスがおどけながら焚川を見る。

 すると彼女は「わ、ワタシはやってないわよ!」と言い放った。

 迷子は続ける。


「この犯行は焚川さんにも不可能です。なぜなら彼女にも、『できない理由』があるからです」


「なんですかー? それはなんですかー?」


「その答えはこれです」


 迷子はポーチからフォークを取り出す。

 それを持ったまま焚川に迫り寄った。


「焚川さん、これを持ってください」


「……ッ!」


「どうしました? 持ってください」


「っ……ヒィぃッ!」


 思わずプリンセスを盾にして隠れる焚川。

 周りのみんなは不思議そうな顔をしていた。


「やっぱり。焚川さんが犯人でない証拠がこれです。つまり彼女は『先端恐怖症』なんです」


「先端恐怖症?」と立薗。


「はい。こんなふうに先の尖ったものが怖い症状です。彼女の部屋にはフォークやナイフが目の届くところにありませんでした。ミルフィーユを食べる時にもスプーンを出されたので、もしやと思ったんです」


 迷子はフォークの先を指で押さえながら説明する。

 すると隠れていた焚川が顔を覗かせた。


「そのとおりよォ……入室したときになんとか片付けたワ……」


 そう怯えた声で呟く。

 聞くところによると、薄目を開いたままタオルなどで隠し、指先で摘むようにして食器を仕舞い込んでいったという。


「ちなみに屑岡さんの死体が発見されたとき、焚川さんはシャワーを浴びていました。定石だと殺人を犯したあとの返り血を流していたことも考えられますが、ここは監視カメラを観れば答えがわかります。彼女はモジュールに移動していないので、やはり犯行は不可能というわけです」


 そう言ってから迷子は続ける。


「最後に残ったのはボブさんですが、彼にもまた犯行は不可能です。理由はシンプルで、過去のトラウマが関係しています。大量の血を見ると、腰が抜けてしまうんです」


 ボブの弟は農業器具の事故により大きな怪我をした。

 その過去がトラウマになり、彼は血を見ることが苦手になった。


「死体を想像するだけで青ざめるような人もまた、ブラックさんを殺すことは不可能です」


「ん~? ほんとですか~? 実際にそうですか~?」


 なにか言いたそうにプリンセスが迷子の顔を覗く。


「ボブさんがお芝居をしていたらどうします~? ほんとうは動けたらどうします~?」


「ぼ、ボクはやってないよ!」


 否定するボブと仮説を述べるプリンセス。

 しかしここで迷子は、首を横に振った。


「はい。それでもボブさんはやっていません」


「どうしてです~? なんでです~?」


「それは返り血を浴びていないからです」


 迷子は死体現場を解説する。

 血だまりとは別に、槍を刺したときの血しぶきが少し床に落ちていた。

 それはボブが倒れていた床にもあったし、乾いていた。

 つまり彼が来たときには、もうブラックが刺されていたということになる。


「槍を抜いていたら現場はもっと悲惨なことになっていたでしょう。正直、想像したくもありません」


 迷子が言うと、ボブは想像して腰を抜かす。

 ガクガクふるえながら顔を青くした。


「あの……ちょっとまってください」


 ここで立薗が口を挟む。

 なにか疑問を感じ取ったようだ。


「みなさまが犯人でないことはわかりました。でも、多少の飛沫が散ったのなら、それはハリーにも付着したはずです。しかし、彼にそんな痕は残っていませんでした」


「……そ、そうだよ! ハリーのシャツは真っ白だった!」


 思い出したようにボブも賛同する。

 確かに赤いシミがあれば目立つだろう。


「おっしゃるとおりです。この場合、替えの服を用意したとも考えられますが、もっと簡単な方法で飛沫を防ぐことができます」


「それは?」――立薗が迷子を見る。


「宇宙服です」


「?」


「宇宙服を着れば、衣服だけでなく、肌や髪の毛に飛び散った返り血も防ぐことができます」


 みんなは思い出す。

 各部屋と倉庫に格納された宇宙服を。

 それはウェットスーツのように薄いが、動きやすく非常に頑丈な素材で出来ていた。


「倉庫の予備が一つなくなっていたので、おそらくハリーさんはそれを着たのでしょう。ブラックさんが死んだあとに宇宙服を捨てれば、証拠は残りません」


「あれ……でもおかしいな?」


 顎に指を当てながら、パクが呟く。


「ミスター・ハリーがいなくなったとき、僕たちはシスタークリムゾンの内部をくまなく探したんだ。それこそスター・レイのコンテナまで」


 すると立薗も、


「わたくしも付き添いました。しかし、そのようなものはどこにも……」


 と、疑問を呈する。

 彼女がボブからコンテナルームのカギを借り、パクと捜索した。

 しかし血のついた宇宙服はなかった。

 もしかして探し損ねたのだろうか?


「パクさんの意見はごもっともです。仮説として、わたしたちが眠っている間にモジュールの空気を抜いて捨てるということもできますが、それはあまりにも大掛かりです。もっと簡単な方法で捨てることができますが、『いずれわかること』なので今は説明を割愛させていただきます」


 と、ここでカティポが不機嫌そうに舌を鳴らす。


「チッ、どうでもいいけどよォ。犯人はあのノッポで決まりなんだろ? ならもういいじゃねぇか。それよりアタシたちはどうなるんだよ? 還れンのか? ン?」


「毒グモさん。それは少し違います」


「あァン?」


「わたしは最初に言いました。『ブラックさんを殺した犯人は――』と」


「……どういう意味だ?」


「つまり『屑岡さんを殺した犯人』は別にいるということです」


 辺りに戦慄が走る。

 殺人鬼は一人じゃない?


「ち、ちょっと待ってよ! 社長は宇宙空間で刺されたんだ! 犯人は別にいるって……それこそエイリアンじゃないか!?」


 ボブは動揺しながら訴える。

 その傍で、タビーはブルブルと震えていた。


「そうです。あんな殺し方、エイリアン以外には考えられません。ですがシンプルなトリックを使うことで、屑岡社長をシスタークリムゾンの外で殺すことが可能になるんです」


「おいチビ、もったいぶらず教えろよ!」


 苛立ちを含んだカティポの声が飛ぶ。

 迷探偵は軽く息を吸い、ある人物を見る。

 人差し指をゆっくりと突き出し。

 確信を持った声でこう言った。


「もう一人の犯人は、あなたです」

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