↓第45話 かせつの、かくしん。

「――……」


 迷子は目元を拭い、身を起こす。

 ここはシスタークリムゾンの自室。

 ベッドの上で目を覚ました。


「…………」


 しばらくぼーっとして、天井に映る宇宙を眺める。

 なんとなくそうしていると、自然と言葉が漏れた。


「……そういうことだったんですね」


 頭にかかった霧のようなものが、フッと晴れた気がした。

 今まで抱えていた違和感。

 そのおぼろげな輪郭が、はっきりと顕現したようだった。


「ありがとうございます。おばあちゃん」


 遠く瞬く星を見つめ、迷子はカタルシス帳を握り締める。

『とある仮説』を検証するために、ベッドから飛び降りた。


《ドンドンドンッ!!》


 ところが。

 けたたましくドアを叩く音が、部屋の中に反響する。

 モーニングコールにしてはあまりにも乱暴だ。


「誰でしょう……」


 警戒を強める迷子。

 一旦、深く息を吐いてから、慎重にドアへと近づいた――



       ☆       ☆       ☆



「……んあ? デリバリーか?」


 激しい音に、うららが目を覚ます。

 口元についたヨダレを見るからに、ピザでも食べる夢を見ていたのだろうか。


「気をつけてくださいうららん。エイリアンかもしれません」


「うお、マジか?」


「今、出ますから、食べられそうになったら援護をお願いします」


「まかせろ!」


 目配せしたあと、そ~っと玄関のモニターを覗く迷子。

 そこにいたのは凶暴な牙を剥いたエイリアン!!

 ……ではなく、血相を変えたパクだった。


「大変ですメイコさん! ハリーさんが! ハリーさんが!!」


 切羽詰まった声だ。

 迷子はうららと視線を交わし、ドアを開ける。


「どうしたんです?」


「説明はあとです! こっちへ!」


 パクの案内で、迷子たちは通路を走る。

 やってきたのはハリーが休んでいる部屋だった。


「こ……これは……!」


 絶句した。

 ハリーが眠っていたはずの部屋は、家具やベッドが荒らされてメチャクチャになっている。

 まるでなにかが暴れたような有様だ。

 しかも、ハリーの姿が見当たらない。


「いったい……なにがあったんです?」


「部屋を訪れたらドアが開いていて……見たらこのとおりさ」


 パクは話す。

 もとは自分が使っていた部屋だから、荷物はそのままにしておいた。

 キャリーケースに入れておいた本を取りに訪れたら、こうなっていたという。


「今、みんなが彼を捜してる。でも……どこにもいないんだ」


「そんな? シスタークリムゾンに隠れる場所はないはずです」


 迷子は思い出す。

 シスタークリムゾンは十字架の形をしていて、未だ建設途中だ。

 ゆえにいくつかの部屋とモジュールしかないシンプルな構造。

 隠れる場所は、ない。


「とにかく捜しましょう!」


 迷子はうららと同行し、パクと手分けする。

 それからしばらく捜索が行われたが、ハリーが見つかることはなかった。

 監視カメラを確認するも、どこにも彼の姿は映っていない。

 彼は完全に消えてしまった。

 沈鬱ちんうつな空気が流れるなか、みんなはひとまず中央フロアに集合する。

 倉庫にいるメンバーには状況を伝えて、引き続きゆららが監視を務めることになった。


「…………」


 誰も口を開こうとはしなかった。

 ボブはテーブルに肘をついて頭をかかえ、立薗はぐったりとイスに腰を下ろす。

 タビーは小動物のようにブルブルと震え、パクは定期的に腕時計をいじっていた。


「彼は殺されたのかな?」


 沈黙を破ったのはパクだった。

 殺人事件が起きたあとだ。そう思うのもムリはない。


「……でも、それなら誰に?」


 消え入りそうな声でボブが呟く。

 荒らされた部屋を見る限り、誰かと争ったことは確かだ。

 だとすれば乗客の中に犯人がいることになるのだが……。


「そもそも死体がないよ。まだ死んだときめつけるには――」


 わずかな希望を声に滲ませ、ボブは奥歯を噛み締める。

 しかし、その続きを口にすることができなかった。


「犯人の目的は復讐じゃないの? ここにいる全員を殺すことなの?」


 立薗が不安定な声で告げる。

 快楽殺人が目的なら、それもあり得る話だ。


「……り……り……」


 タビーはテーブルの下に隠れてガタガタと震える。

 得体の知れない敵を前に、怯えているようだ。


「でも、一つ気になることがあります」


 顎に指を這わせながら、迷子が口を開く。

「なんだよ?」とうらら。


「部屋が荒らされ、ハリーさんが消えたのは事実です。しかしどこに消えたのでしょう? これだけ捜して見つからないとなると、考えられるのはただ一つ――」


「まさか……」とパク。


「はい、外です」――と、迷子は天井を見上げながら言った。


「待ってメイコさん! あの部屋に宇宙服は残っていた。生身で外に出るなんてありえないよ!」


「そのとおりです。宇宙服を着ずに外に出る人間なんていません。自殺行為です。では、誰かが連れ出したとしましょう。その場合、ハリーさんが無抵抗なハズはありませんよね? 外に出たら死ぬんですから。現に部屋の様子を見るからに、犯人と格闘した痕跡があります」


 迷子は続ける。


「いいですか? ハリーさんの身長は192センチです。そんな彼を取り押さえて運び出せる人間が、この中にどれだけいます?」


 もちろん筋力の程度はあるだろうが、彼が抵抗すれば犯人もそれなりに苦戦するはずだ。

 そうなれば衣服の乱れや格闘の際に傷が残る。

 しかしここにいる全員に、そのようなあとはない。

 だとすればハリーを消した人物は、ここにはいないということになる。


「じ、じゃあ誰が?」


 パクは問う。

 迷子は一拍おいてから答えた。


「わたしも考えました。信じたくありませんが、現状を説明できる仮説が一つだけあります」


 乗客は注目する。

 迷子から語られた言葉は、その場の空気を恐怖に陥れた。


「犯人はエイリアンです」

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