↓第43話 いわかんの、しょうたい。

 立薗がハリーを部屋に運んだあと、ボブがピザとドリンクを差し入れにいった。

 ハリーはとても憔悴しょうすいしていたという。

 あまり負担をかけないよう、ボブは早めに部屋をあとにしたそうだ。

 タビーは食事を終えて自室に戻り、立薗とボブは倉庫のみんなに食事を運びにいった。

 中央フロアには、迷子、うらら、パクの三人が残った。


「…………」


「どうしたよ迷子、さっきから黙り込んで」


「いや、もうちょっとなんです……」


「もうちょっとって、犯人がわかりそうなのか?」


「う~ん、なんというか、もうちょっとで閃きがきそうなんですが……」


「例の閃光かい?」


 紙コップでコーヒーを飲んでいたパクが、興味ありそうに身を乗り出す。

 生の迷推理を期待したのだろう。

 だが、迷子は困った顔で唸りをあげるばかりだった。


「う~ん、やっぱりおかしいです」


「なにがだよ?」


 うららが問うと、迷子は立ち上がり、テーブルの上に大の字になった。


「おわっ!? なにしてんだ?」


「うららん、わたしを殺してください」


「……へ?」


「わたしを殺してください」


 いきなりなにが始まったんだと動揺するうらら。

 パクは腕時計をいじりながら、興味深く迷子の言動に注目する。


「そ、そんなことできるわけねぇだろ!」


「こう過程してください。わたしはうららんが密かに隠しているおやつを食べた犯人です。どうです? 殺意がわいたでしょう?」


「!!!」


「そのわたしが今、薬を盛られて眠っています」


 うららは想像する。

 あとで食べようと思っていたおやつが、全部迷子に食べられてしまった。

 そんな残酷すぎる光景、想像するだけで、はらわたが煮えくり返る。


「あまい、あまぁ~いおやつです。ああ、おいしかった。こんなおいしいおやつが食べれないなんて、うららんはかわいそうです」


「ぐっ……ぐぬヌヌ……ッ!」


 うららは想像する。

 口の周りをクリームだらけにした迷子が嘲笑う姿を。

 満足気に見下ろすその目を。


「ああおいしかった! 人が楽しみにしていたおやつの味はサイコーです! ああ、お腹いっぱいだわー。いい夢見れるわー」


「うっ……ウウ……ッッ!」


 拳を握るうららの手が震える。


「ウガアァァああぁぁーーーッ!!」


 そして迷子の上に馬乗りになり、おもいっきり首に手をかけた。


「あたしのシュークリームぅ! あたしのシュークリームうぅぅぅーーーッッ!!」


 涙目で迷子の首を絞めるうらら。

 ショートコントを見る感覚で浸っていたパクは我に返り、慌ててうららを止めに入った。


「お、おちついてくださいウララさん! 本当に死んじゃいます!」


「――――ハッ!?」


 我に返ったうららは手を離す。

 視界の下に、ぐったりとした主人の姿があった。


「うわぁぁぁーーーん! ごめんよ迷子ぉぉぉ! 死ぬなぁぁぁ! 起きてくれーーー!!」


「……ケホッ! ゲホ、ゴホッ!」


 迷子は咳き込みながら目を覚ます。


「迷子っッ!」


「ケホッ……うぅ、半分きかけました……」


「ううっ! ……で、でも、おまえが悪いんだからな! あたしのおやつ食い散らかしてっ!」


 想像の設定をあたかも体験したかのように語るうらら。

 この人は役者の才能があるなと、内心パクは思いはじめた……。

 迷子を抱き起したうららは疑問符を浮かべる。


「でも、なんでこんなマネを?」


「これでわかりましたよね? この事件の疑問点が」


「ええ??」


 うららは困った顔をする。

 パクも迷探偵がなにを言っているのか理解できなかった。


「つまりこういうことです。寝ている人間を殺すのは、とても簡単だということです」


「?」


「もっといえば、寝ている人間を殺すのに、あんなに大きな槍が必要かということです」


「そういえば……」


 うららは思い出す。

 ブラックも屑岡も、二人は心臓を貫いた槍によって絶命していた。

 凶器としての殺傷力はあるが、しかし、わざわざ扱うほどのものなのだろうか?


「もし相手が眠っているのであれば、うららんのように素手で殺すこともできたハズなんです。むしろあんなおっきな槍、扱いにくいです。素手じゃなくてもキッチンの包丁や食器棚のナイフ――その他お手軽で殺傷力のある凶器は、たくさんあったはずです」


「たしかに、殺すには大掛かりだよな」


 納得するうららに、パクが疑問を挟む。


「でもメイコさん、槍を刺したいほどに相手が憎かったとは考えられませんか? 要はあまりにも強い殺意を持っていたとか?」


「おっしゃるとおりその可能性は否定できません。しかし、そうなると屑岡さんの殺害に違和感を覚えます」


「クズオカの?」


「はい。屑岡さんは背後から槍で一突きにされていました。おそらく逃げようとした瞬間を背後から刺されたものと思われますが、宇宙空間で逃げる相手を一突きにするなんて、よほどの投擲とうてきスキルが必要です」


「……なるほど」


「つまりミスしたら終わりなんです。殺せないだけでなく、下手したら自分の身も危ないんです。相手を確実に――且つ、残酷に殺したいのなら、他にも方法があったように思うんですよ」


 それこそ犯人が命綱のワイヤーを掌握すれば、屑岡は成す術もなかっただろう。

 仮に槍にこだわるとしたら、モジュール内で確実に仕留める方法もあったハズだ。


「犯人には理由があったように思えてならないんです。槍を使う理由が。そうじゃなきゃ困る理由が――」


 あと一歩のところがわからない。

 おそらくここに、事件の謎を解くヒントがあるような気がして。

 迷子はなおも唸り続けた。


「ん~…………っああアアっッ!!」


 だが、降参するかのごとく、テーブルの上にぐったりする。

 頭から煙が出る勢いだった。

 主人が必死なときにアレだが、となりのうららが眠たそうにあくびをする。


「ふあぁ~……今日はもう休もうぜ。疲れたときに考えても、なんも閃かねぇよ」


「そうだね。メイコさん、休養も探偵の大事な仕事です」


 うららとパクに諭されて、迷子は思考を切り替える。


「……仕方ないです。身体を休めて次に備えましょう」


 ムクリと顔を上げたところで、立薗とボブが帰ってきた。


「やぁ、みんな。お喋りかい?」


「ボブさん。わたしはそろそろ休もうと思います」


「そっか。カギは忘れないようにね」


 そう言ったボブもあくびをする。


「ファ~……なんかボクも疲れたな」


「ボブったら、よくこんなときに……」


「ごめんよサーヤ。だって眠いものは眠いんだ」


 殺人が起きたというのに、どこかユルいボブ。

 案外、神経が太いのかもしれない。


「大丈夫だよボブさん。僕が見張っておくので、休んでください」


「え、でも……」


「遠慮はいりません。正直、気が張って眠れないんですよ」


「……じゃあお言葉に甘えよっかな」


 ボブはそう言うと、近くのソファに仰向けになり、すぐにイビキをかきはじめた。


「……ハァ。ある種、神業ね」


 立薗は肩をすくめる。

 そんな彼女を見たパクは尋ねる。


「立薗さんも休まれては?」


「お心遣い感謝します。ですがわたくしも不安で眠れそうにありません。部屋で安静にしていますので、なにかあれば連絡を」


 内線を使うよう言い残し、立薗は自室へと戻っていった。


「それではパクさん、おやすみなさい」


「おやすみ」


 迷子とうららは自室に戻り、パクはボブと共に中央フロアに残る。

 ちなみにうららは護衛のため、迷子の部屋に居座るという。

 西側通路にやってくると、二人は自室に入った。

 迷子はベッドの上に腰を下ろし、ため息を吐く。

 うららはカーペットに転がって、仰向けになった。


「うはー……横になると落ち着くな」


「ですね。束の間の休息です」


「っていうか犯人の目星はついてないのか?」


「わかりません。なんというか……殺人鬼特有のニオイみたいなのもしませんし」


「わかるぜ。毒グモ野郎はともかく、みんなフツーな感じだしな」


「はい。もちろんあえて悟られないようにしているのかもしれませんけど……」


「だな。あと案外みんな冷静だよ。まぁ、怪しいヤツはゆららが倉庫で見張ってるし、それもあってどこか安心してるのかもな」


「そうですね。とくに毒グモさんは殺し屋なので、犯人と疑われても仕方ないのかもしれません」


 しかし迷子は疑問を感じながら、ボフッっとベッドに横になる。


「ただ、どうも『4年前の罪』というのが気になります。おそらく空木博士の死が関係しているのでしょうが、それだと博士と関係のある人が犯人だと思うんです。はたして毒グモさんがそれに該当するでしょうか? どうも関係あるとは思えないんです」


 もしカティポが博士の肉親や関係者なら、倉庫で質問したときに喋っていただろう。

 しかし彼女から語られたことは、戦闘に関する内容ばかり。

 無自覚で相手を殺める天然っぷりは、頭の中まで筋肉と思わせるほどの戦闘狂だ。


「やはり計画殺人ができるほどの器用さが毒グモさんにあるとは思えません。うららんはどう思いますか?」


 言いながら迷子はベッドから乗り出して、カーペットに横たわるうららに聞いてみる。

 しかし彼女は、


「くかぁー……くかぁー……」


 大の字になったままイビキをかいていた。


「むぅ……主人を守るのがニンジャじゃないんですかね」


 迷子は頬を膨らませて、天を仰ぐ。

 あまり考えても出口が見えない気がした。

 この広大な宇宙のように。

 謎は果てしない。


「…………スヤァ」


 気づけば迷子も眠っていた。

 束の間の夢の世界に浸りながら。


 そこで彼女は、『とある再会』を果たすことになる――

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