↓第42話 かれーは、どりんくです。
「やぁミズ・メイコ。さっきのはないだい?」
フロアにいたハリーが声をかけてくる。
となりにいた立薗も興味があるように、クイっとメガネを正した。
「自転車の練習ですよ。見てください、折り畳み式で座席の高さも自由自在なんです!」
そう言って迷子はMVMを見せる。
「さらに隠し機能として、電動バイクにもなるんですよ! あ、もちろん免許が必要なのでわたしは乗れませんけど」
「ほんとだ、アクセルにナンバープレートまでついてる」とハリー。
「フフフ、目に浮かびます。風になって世界中の大地を爆走するわたしの姿が!」
自転車に乗れるようになった自分を想像してニヤつく迷子。
ハリーと立薗はぽかんとした表情でそれを見ていた。
「あ。そういえばボブさんやタビーさんがいませんね?」
迷子はMVMをテーブルの側に立てかけ、辺りを見渡す。
「ああ、ミスター・タビーがピザのおかわりが欲しいって言ったんだ。ボブは一緒にキッチンに向かったよ」
「ちなみに才城様はまだ練習を?」と立薗。
「いいえ、ノドが渇いたのでなにか飲もうかと」
立薗は柔和な笑みを向ける。
「ちょうどよかったです。わたくしたちも話し合いが終わったので、休憩しようと思っていたんです」
壊れた空調を一瞥して、立薗は続ける。
「これの修理は地球に還ってからです。……とはいえ、いつ還れるのか……」
「まだ地球からのアクセスはないんですか?」
「はい。やはりこちらの状況が伝わっていないものかと」
疲れたように首を振る立薗。
「仕方ないよサーヤ。こうなった以上、私たちにできることは待つことだけさ」
「そうね……考えてもしかたないわ」
立薗は思考を切り替える。
「ドリンクをお持ちします。才城様とうらら様はなにをご所望で?」
「牛乳がいいです!」
「あたしカレー!」
一人ドリンクじゃないオーダーをしたニンジャがいるが、立薗はにっこりと笑う。
「かしこまりました」
「ハリーはなにがいい?」
「ああ、私は――」
彼がそう口にした途端、フラっと視界が揺らぐ。
ハリーはそのまま床に倒れた。
「ちょっと、ハリー!?」
「ハリーさん! しっかりしてください!」
駆け寄る迷子と立薗。
うららが彼の身体を支えて、抱き起こした。
「ああごめん、ちょっとした貧血だよ」
「精神的にまいってるんじゃないかしら? ちょっと寝たほうがいいんじゃない?」
立薗が気を遣う。
「ありがとう。だけどそれもできないよ。こんな状況だ、いつなにが起きるかわからない」
犯人がわからない以上、中央フロアで監視することには意味があった。
たとえ監視カメラが作動していようとも、犯人が動いたときにボブと二人で取り押さえる心構えもある。
そんな会話をしている最中。
フロアに一人の男性がやってきた。
「おや? ひょっとしてなにかあった?」
パクだった。
今まで自室にこもっていたみたいだが、トイレに行く途中のようだ。
「倒れたのかい? ダメだよ無理しちゃ」
「大丈夫だよミスター・パク。私は平気さ」
「う~ん……」
パクは少し考える。
「パイロットが倒れたら僕たちは地球に還れない。少しだけでもいいから、ゆっくり寝なよ」
「しかし……」
「心配しないで、見張りは交代する。僕の部屋を使いなって」
パクは勧める。
こんな体調で見張りどころではないだろう。
「……わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
ハリーは彼の部屋を使うことになった。
パクは自分のカードキーを渡し、立薗が肩を貸してハリーを部屋につれていく。
パクは腕時計をいじりながら、そのままトイレへと向かった。
「う~ん……心配ですね、ハリーさん」
「やっぱ健康第一だな」
迷子とうららはイスに座ってしばらく待つことにした。
そこにピザとドリンクを持ったボブとタビーがやってくる。
「あれ? サーヤとハリーは?」
「あっ、ボブさん。実は――」
迷子は状況を説明した。
「ええっ!? ハリーが!?」
「しばらく休むしかないですね」
「なにか食べさせたほうがいいかな……そうだ! アツアツのピザを!」
ボブは差し入れを思いつく。
彼の頭は、常に小麦の香りで満たされているのかもしれない。
その横でタビーは、皿を持ったまま迷子の席に走ってくる。
無言でイスに座り、アツアツのピザを頬張った。
「タビーさんよく食べますね」
「はむ……はむ……」
「そんなにおいしいんですか?」
「はむ……はむ……」
「……………………」
「おい迷子、ヨダレ出てんぞ」
うららに言われてハッとする。
ノドが渇いていたのに加え、お腹まで空いてきた。
「ミズ・メイコにもあとでピザをつくってあげるよ。ちょっと待っててね」
ボブの言葉に「すみません……」と申し訳なさそうに言う迷子。
そこでうららが、ふと口を挟んだ。
「なぁ、フロアの温度って下げれないのか? 空調がブッ壊れたんだろ?」
「それなら安心してよミズ・ウララ。本命の空調なら別にある」
「え、そうなの?」
ボブは壊れた機械を指差す。
「あれは予備で入れたらしいんだ。本来ならこっちの空調で温度管理をおこなうから問題ないよ」
すると壁際に備えつけてあるモニターを操作する。
温度管理の画面に切り替わったので、設定温度を少し下げた。
天井や柱に目立たないように設置されているダクトから、ひんやりとした風が流れてくる。
「これでOK。寒すぎたら言ってね」
「サンキュー! 助かるぜ!」
うららは八重歯を光らせて胸元を手でパタパタと扇ぐ。
練習に熱中したせいで、かなり火照っていたようだ。
「…………」
迷子は天井を見上げ、違和感を覚える。
「…………」
頬に受ける穏やかな風。
それを感じ取ったとき、ハッとして肩を震わせた。
「ん、どした?」
ひんやり涼んでいるうららを無視して、迷子は無言でイスから降りる。
そしてダクトの穴に顔を寄せ、それをじーっと眺めていた。
「なんだ? なにかあるのか?」
「…………」
「おーい」
「…………」
「おーいってば」
うららの声が届いていないのか、迷子は次に天井を見上げる。
アゴに指を這わせて、真剣な表情になった。
「めいこぉー! おーい! めいこってばぁー!!」
「――……わぁ!! う、うるさいですよ! 鼓膜がびっくりです!」
「こっちのセリフだよ。なに見てんだ?」
「あ、まぁ、その……なんでもありませんので気にしないでください」
「?」
訝しむうらら。
迷子はイスに座って咳払いする。
タビーはピザを咥えたまま、不思議そうに首をかしげた。
(…………)
迷子はしばらく考えていた。
このフロアに残留する違和感。
これがもし、事実だとしたら……。
事件の真相に近づけるかもしれない。
(……迷ってる場合じゃありませんね)
壊れた空調を静かに眺めつつ。
迷子は『とある仮説』を脳内で検証していた――
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