↓第37話 ずどどどど!
「さ、どうぞォ」
焚川は迷子をイスに座らせると、テーブルの上にミルフィーユを持ってくる。
皿には金の装飾が施されており、高級感があった。
「あらヤダ。そういえば甘いものは苦手だったかしら?」
「え?」
焚川に会って間もないころ、『甘いものは苦手』という言い訳をして誘いから逃げたことを思い出す。
「へいきです! たったいま大好きになりましたのでっ!」
「……そう」
焚川は金の装飾が施されたティーカップに紅茶を注ぐ。
やわらかい湯気と共に、高貴な香りが鼻孔をくすぐった。
「さぁ、どうぞォ」
食器棚から取り出された『スプーン』が、差し出される。
それを受け取った迷子は、ふと違和感を覚えた。
「どうかしたァ?」
「あ、えと……」
先端の丸いスプーンでは、ミルフィーユが食べづらい。
フォークに替えてもらおうとして食器棚をチラ見したが、フォークどころかナイフもなかった。
家具や食器は、すべての部屋で共通していたはずだが……。
「どうしたの? 毒は入ってないワ」
「な、なんでもありません! いただきますっ!」
迷子は小分けにしたミルフィーユのパイ生地を
「――――」
おいしい。
さっき食事をしたのを忘れるくらい、頭の中はスイーツの甘味で満たされた。
「ウフフ、よかったらまだあるワよぉ」
「ありがとうございますっ! ん~っ! やっぱり甘いは正義です!」
「……ところで迷探偵サン」
「はむはむ、なんでしょう?」
「エイリアン、っていると思うゥ?」
「ブーー-っっッ!!?」
突然の質問に迷子はむせかえる。
目の前のティーカップを手に取り、紅茶をゴクゴクと飲み干した。
「ゲホゲホ……なんですか急に?」
「ゴメンなさいねェ。エイリアンのこと本気にしてるのかと思ってェ」
「いるに決まってます! きっと油断した瞬間、わたしたちを食べちゃうんですよ!」
迷子は想像するエイリアン像を熱弁する。
焚川はあしらうような笑みを浮かべた。
「フフフ、さすが迷探偵ねェ」
そしてテーブルに肘をつき、迷子の顔を見つめる。
「ねぇ、たとえば相手の城に乗り込むとき、なんの準備もなしに突撃すると思うゥ?」
「……なんの話です?」
迷子はきょとんと首をかしげる。
「情報が命運を分けるってハナシ。シスタークリムゾンに来るまで、ワタシがなにもしなかったと思うかしらァ?」
口元に微笑を湛える焚川。
迷子はミルフィーユを一切れ口に運び、質問した。
「焚川さんは宇宙葬の未来を見据えてここににやって来たんですよね?」
「ええ。宇宙産業が発展したことで、
焚川はイスから立ち上がり窓の外を見る。
「あなたも知ってるでしょ? 彼の黒いウ・ワ・サ」
迷子は思い出す。
屑岡と裏社会との関係を。
それに関することを、パクから聞いていた。
「大金を手にする? 理想を叶える? それが実現できれば最高でしょうねェ。でもこれだけは言えるワ。『危険なヤツからは死臭がする』」
「ししゅう?」
「ヤバいヤツはね、ニオイでわかるのよ。屑岡からも死体のニオイがプンプンしてた。そういうヤツは必ずどこかでとんでもないことをしでかすの。まぁ、これはワタシの経験則だけどネ。実際アイツは誰かに殺されたワ」
「…………」
「だから見極める必要があったの。黒いウワサはあれど屑岡はしっぽを出さない。もしそれが真実なら、彼が『黒』だという証拠がほしかったノ」
「…………」
「だから直接会うことにしたワ。相手がどんなヤツか、ここがどんな場所なのか。この目でできる限り確かめることにしたワ。ニホンで言うところの『百聞は一見に如かず』ってヤツねェ」
「ずいぶん思い切ったことをしますね……」
「フフ、父親の遺伝かしら? でもまぁ、死んだらどうしようもないワ。彼はいったい何を隠していたのか、4年前の罪とはなんだったのか。今となってはわからない」
焚川は暗い宇宙の彼方を見つめる。
迷子はミルフィーユを口に運んで、発言した。
「たしかに一番の情報を持っていたであろう屑岡さんが死んでしまっては、犯人を見つけ出すのも難しいかもしれません」
「……フフフ」
「どうかしましたか?」
「ミズ・メイコ。諦めるのはまだ早いワ」
「? どういうことです?」
「言ったでしょ、ワタシは葬儀屋。世界の著名人を相手に数々の葬儀をプロデュースしてきた。その中で得た情報は、今でもワタシの武器になっていル」
焚川は迷子に顔を寄せた。
「屑岡の秘書をご存知かしらァ?」
「ひしょ? 立薗さんじゃなくて?」
「前任の秘書よォ、海外在住の男性」
迷子は思い出す。
たしか立薗が言っていた。
依願退職で辞めた秘書がいたと。
「その方がどうかしましたか?」
「その秘書、殺されたノ」
「――!?」
「フフ、なんでそんなこと知ってるのかってェ? それは葬儀を担当したのがワタシだったから。アストロゲートの秘書ってことで、一応身辺は調べさせてもらったワ。仕事上、念のためってヤツね」
「それで、その秘書になにがあったんです?」
「彼は依願退職のあと実家に帰省していたノ。それからしばらくして死体となって発見されたワ。自室で首を吊っていたらしいけど、どうも妙なのよねェ」
「妙?」
「家族の話だと彼は自殺するような人柄じゃないって。それに死ぬまでの数日間、なにかを警戒するように自室にこもり、常にカーテンは閉めていたそうよ。遺書も見つかっているけど、端末にテキストを打ち込んだ程度のものだし。おかしいと思わないィ?」
「たしかに……でも、それだけで他殺と決めつけるには――」
「フフ、実は気になる証言がもう一つあるノ」
焚川は妖艶な唇に人差し指を立てる。
「彼は退職する前、ニホンに向かっているワ」
「――!?」
「しかも屑岡がニホンに帰国した日よ。それは
「まってください。空木博士が亡くなった日に屑岡さんと秘書が日本にやってきて、のちに秘書は自宅で自殺……こんな偶然ってあります?」
「フフ、どう考えてもヘンよねェ」
微笑を湛えた焚川は、考えを巡らせる。
「こうは考えられないかしらァ? たとえば空木博士は屑岡の陰謀を止めようと密会を計画した。けれど逆に殺されてしまい、その現場を偶然見たのが前任の秘書。のちに職を辞任するも、屑岡は彼が現場を目撃したことを知っていた。だから騒ぎにならないよう、自分にアリバイをつくった上で、彼を自殺にみせかけて殺したのよ」
「なるほど、兵器転用が世間にバレるとまずいですからね……。でもそうなった場合、困るのは屑岡さんだけじゃないはずです」
「ええ、仕事のパートナーであった『ブッラク』もネ」
おぼろげだった点が、徐々に線となり繋がっていく。
「立薗さんの話だと、ブラックさんには以前、スーツ姿の男性が秘書についていたそうです。もしその人が裏社会の用心棒だとすると、始末したい人間を自殺に見せかけて殺すなんて造作もないことですよね?」
「フフ、その通りねェ」
迷子はガタっとイスから立ち上がる。
「秘密を知ったものは、この世から消すってやつですか!」
「まるで映画みたいな話だけど、今となっては信憑性があるワ」
「迷ってる場合じゃありません! ブラックさんの用心棒をしていた毒グモさんなら、スーツ姿の男性についてなにか知ってるかもです!」
可能性はある。
現在ブラックに唯一接点があるのは、カティポしかいない。
「ありがとうございました! わたし、いってきます!」
迷子はお礼を言って、すぐさま部屋の出入口へ向かおうとする。
が、しかし。
なぜか顔の横に床があった。
「あ……れ……」
ゴロンと。
迷子の身体は横になっていた。
自分が倒れたことに気づいたのは、目の前でほくそ笑む、焚川の姿を認識したからだ。
「フフフ」
「たき……がわ……さ……?」
「いかがだったかしらァ? ワタシの淹れた紅茶」
ティーカップをかざす彼女を見て、迷子は悟る。
即効性の睡眠薬を盛られた。
迂闊だった。
でも、身体が動かない。
「うぐ……ぐぐ……」
なんとか手を伸ばすも、全身の力は抜け、
――やがて迷子は意識を失った。
そんな彼女を見下ろして、焚川は今までにないくらい興奮した声を上げる。
「アーーーッハハはははハハハーーーッッ、はははハハハーーーっっッッ!!」
ゼェ、ゼェと息を荒げる焚川。
床に伏せる小さな身体を抱え上げ、そのままダンスを踊るようにベッドへと連れていった。
「ハァ、ハァ……! ング……! ハァ、はぁ……ッ!!」
喉を鳴らしながら、焚川は迷子の衣服を脱がしていく。
仰向けになった、ほぼ全裸の少女。
長い銀髪のせいもあってか、神聖な生き物を
「はあぁぁぁぁァァ……美しい……なんて美しいのォ……ッッッ!!」
恍惚な笑みを浮かべ、焚川は迷子の頬に顔を近づける。
妖精が紡いだ糸のような髪の毛を手のひらで撫で、おもいっきり息を吸う。
――もう我慢できない。
じんわり火照る身体で馬乗りになり、焚川は自分の髪をほどいた。
「はぁ……はぁ……ンっ……はぁァ……ッ!!」
そして隠していた縄状のものを取り出し、迷子の首に巻きつける。
それの両端をしっかり握ると、
「フフフ」
焚川はささやくように言った。
「おやすみなさい、迷・探・偵」
――――。
――。
キィィィ……ンと。
それは耳鳴りのようだった。
時間にしてわずか数秒。
その間に起きた出来事は、走馬灯のように焚川の脳裏に焼きついている。
「――――!!??」
声を発しようとしたときには遅かった。
ズドドドドと爆散する色とりどりの『カラフル煙幕』。
辺り一面は煙に包まれ、焚川の視界は一瞬で奪われた。
「――……なッ!!?」
そしてすぐに気がついた。
迷子に馬乗りしていたはずなのに、彼女が……いない。
手探りでベッドの周辺を探していると、やがてスモークの向こうにゆらりと人影が写る。
カギは閉めていたはずなのに、もしかして侵入者がいたのだろうか?
「だっ……誰ッッッ!!?」
ドレスを脂汗で滲ませながら、焚川は煙の向こうに問いかける。
やがて霧が晴れていくように。
視界は開け、その先に佇むシルエットが見えた。
その人物はニヤリと口角を上げ、チャームポイントの八重歯をキラリと光らせると、
「ディス・イズ・ニンジャ」
迷探偵を抱きかかえたまま、そう言った。
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