↓第36話 りらっくすしている場合じゃないです。

「あ、これだね」


 食事を終えた迷子は、ハリーと一緒にスター・レイにやってきていた。

 コンテナに積んでいたトランクを受け取り、お礼を言う。


「ありがとうございます」


「オシャレなトランクだね。ひょっとして探偵道具でも入っているのかい?」


「ふふふ、よく聞いてくれました。ここにはわたしの『秘密兵器』が入っているんです」


「ヒミツヘイキ?」


「しかも今回のための『とくべつ仕様』です!」


 二人は会話しながら中央フロアまで戻ってくる。

 中身が気になったが、あまりプライベートなことを聞くのもどうかと思い、ハリーはそれ以上聞かなかった。


「ほんとに部屋まで運ばなくていいのかい?」


「はい。すぐ近くですし」


「わかった。それじゃあ気をつけて」


 二人はここで別れ、迷子は西側通路にある自分の部屋を目指す。

 はやくトランクの中身を空けたいと思いながら、部屋の扉の前に立った。


「…………あれ?」


 しかしカギが、ない。

 洋服のポケットに入れておいた部屋のカードキーが見当たらなかった。


「おかしいですね、たしかここに……」


 念のためポーチの中も確認するが、やはりない。

 どこかで落としたかもしれないと思い、来た道を戻ろうとしたが、


「!?」


 そのとき。

 迷子の背筋に悪寒が走った。

 開いていた。

 部屋のドアに、隙間が見える。


「え…………」


 恐る恐る中を覗いてみる。

 人の気配はなく、辺りはシーンと静まり返っていた。


「は……はは……ウソですよね~。誰かが侵入するなんてこと――」


 だが、すぐにまた警戒の色を強める。

 冷蔵庫の扉が開いていたからだ。

 しかも中のものが取り出されている。

 部屋のあちこちにゴミが散乱しており、迷子がここを出るときにはなかった光景だ。


「そんな……」


 つまり確かな侵入の形跡だ。

 顔を真っ青に染めた迷子は、ブルブル震え出して言葉を失ってしまった。


「あらァ? なにしてるのォ?」


 唐突な背後からの声に「あぎゃぁあああアアアァァー---ッッ!!」と悲鳴を上げて振り返る迷子。

 そこにいたのは焚川だった。


「ちょっとォ! ワタシはエイリアンじゃないわよォ!」


「あ……あわわ……」


「っていうかドア開けっぱなしじゃナイ。なにかあったのォ?」


「あ、あわわわ……!」


 あまりの恐怖に言葉が出ない迷子。

 それでもなんとかジェスチャーで状況を伝え、すがる思いで助けを求めた。


「ふ~ん、なるほどネェ……」


 なまめかしくあごに指を添えて、焚川は考えを巡らせる。


「ねェ、よかったらワタシの部屋に来ないィ?」


「あ……?」


「誰かが侵入したってことは確かでしょ? つまりミズ・メイコの部屋は、もう安全じゃないってコト」


 侵入者はなにかしらの目的で迷子のカードキーを盗んだ。

 部屋の主が自由に出入りできない以上、もうこの部屋で安全が保障されることはない。


「ああ……あわわわわ……っ!!」


「フフフ、大丈夫よォ。ワタシがかくまってア・ゲ・ル」


 焚川は子猫をあやすように、やさしい口調で語りかける。

 一瞬、迷子の心が揺らいだ。


「そういえば聞き取り調査をしてるんですってェ? ちょうどいいじゃなァい、ワタシの部屋でゆっくりしていったらァ」


 一理ある。

 思えば焚川の事情聴取はまだだった。

 正直、彼女のことは苦手だが、いつかはやらなければならない。

 このまま二の足を踏んでも、事件に進展がないことはわかっていた。


「あ、あわわ……」


「いっとくけどカギを盗んだのはワタシじゃないから。なんなら第三者を交えて調べてくれてもいいワ」


 そんなことを堂々と言う焚川からは、ウソを言っているような雰囲気はない。

 仮に彼女がカギを盗んだのなら、自分から調べろと言ってリスクを冒す必要はないだろう。

 それに監視カメラも作動している。

 迷子が部屋に入る証拠は残るわけで、もし焚川が犯人なら迂闊うかつなことはできない。


「…………」


 黙考していた迷子は、多少混乱しながらも一つの結論を出す。

 爆睡しているうららの部屋にも入れないことだし、事情聴取する間だけならかまわないと思った。


「――わかりました。しばらくお世話になります」


 その言葉を聞いた焚川は、自分の部屋へと案内する。


「ウフフ。さぁ、どうぞォ」


 迷子はドアを潜る。

 そこは他の個室と変わらない内装。

 とくにおかしなところは、なかった。


「ゆっくりしていってネェ――」


 扉は閉められる。

 そして訪れる二人だけの時間。

 迷子はこのとき気づかなかったが。


 焚川は荒ぶる呼吸を抑えて、いびつな笑みを浮かべていた――

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