↓第35話 とにかく、からあげです!

 焚川、パク、迷子の三人は中央フロアに戻ってくる。

 トイレから帰ってきたボブはぐったりして、ハリーは掃除を終えてイスに座ったまま項垂れていた。

 タビーは震えながら体育座りをして、立薗は目頭を押さえたままテーブルに肘をついている。


 焚川は立薗に詰め寄った。


「ちょっと、屑岡が殺されたんですってェ?」


「……はい」


「シャキっとしなさいよ! で、犯人は?」


「……それはまだ」


「ハァ? じゃあ『4年前の罪』ってのもわからないままなの?」


「……そうです」


 立薗は疲れた様子だった。

 焚川は腕を組んだまま続ける。


「ハァ……屑岡のヤツ、けっきょく秘密を墓まで持っていきやがったわネ。『4年前の罪』って、いったいなにをやらかしたのかしら?」


「さぁ、わたくしにもさっぱり……」


 困った表情を浮かべる立薗に、焚川は険しい表情を向ける。


「犯人が捕まってないのは厄介だワ。殺し足りなくてワタシたちを標的にするかもしれない」


「焚川様、そんな物騒なことは――」


「ないとは言い切れないでショ? 背中を槍で一突きなんてイカレてるワ。そんなヤツがおとなしくしてると思う? きっと今もこちらを狙ってるワ!」


 たしかに否定はできなかった。

 犯人が殺人自体を目的にしていた場合、今後も乗客たちは標的にされるだろう。

 焚川は苛立ちをあらわにする。


「けっきょく犯人を捕まえるまで安心できない。まったく……生きた心地がしないワ!」


 しばしフロアに冷たい沈黙がおりる。

 ここで口を挟んだのはハリーだった。


「そういえばミズ・タキガワ、今までなにをしていたんです?」


「シャワーよ。見てわからない?」


 彼女はそしらぬ顔で、頭に巻いたタオルを見せつける。


「せっかくシスタークリムゾンに来たんだから。人工重力のシャワーも体験したいじゃナイ?」


「そ、そうでしたか……」


 生きた心地がしないと言いつつ、しっかりやることはやっていたようだ。

 肝が据わっているのか性格なのか……かなりのマイペースっぷりだ。


「あ、だから部屋に行ったとき出てこなかったんですね!」


 迷子は食事の誘いにいったときのことを思い出す。

 そのときはすでに、シャワールームいたということだろう。


「あらァ呼びにきてくれたのネェ、ごめんなサイ。気づかなかったわァ」


 焚川は人形を愛でるように迷子の頬を撫でる。

 また食べられそうな気がして、迷子はフイと顔をそらした。


「とにかく救助はまだかしら? 逃げるが勝ちでしょ? もう相当時間が経ってるじゃなぁイ?」


「ああ、それがまだ……」


 力なく視線を落とすハリーの反応から、焚川は察した。

 下手をすれば、地球に救難信号さえ届いていないだろう。


「ハン、冗談じゃないワ! けっきょくワタシたちはここに閉じ込められて一人ずつ殺されていくのネ! 深紅の墓標で死ねるなんて、葬儀屋として本望だワ!」


 皮肉を吐く焚川に、しかし言い返す者はいなかった。

 場の空気がだんだん重くなる。

 食事をして気分転換するはずが、思わぬ事態になってしまった。


「はむっ!」


 そこで突然、迷子がテーブルに残っていたピザを頬張る。


「……迷子様?」


 立薗だけでなく、そこにいた全員が迷子に注目した。


「ングング、いけませんよみなさん! 不安な気持ちが疑心暗鬼を生むんです! ぜったいこのあと全員で殺し合って全滅するパターンですから! フラグですから!」


 迷子は「はむっ!」と唐揚げを頬張る。


「モグモグ……わたしには見えますよ、全滅したあとで犯人がほくそ笑む姿が。死んだと見せかけて「実は生きてました~」とか言っちゃうヤツが!」


 迷子はポテトを頬張る。


「ングング……! 迷ってる場合じゃありません! 爆食いする程度には鋼のメンタルだということを見せつけてやりますよ!」


 ゴクンと飲み込むと、


「かかってこい、です! わたしが犯人を――この謎を解き明かしてみせますっ!」


 口の周りをソースだらけにして、テーブルの上に仁王立ちする迷探偵。

 片手で大きなチキンを持ったまま、聖剣を引き抜いた勇者のようにそれを掲げていた。


「……ふふ、やっぱりメイコさんはおもしろい」


 数瞬の沈黙をはさんで、パクがお皿のピザを口に運ぶ。


「――うん、冷めてもなかなかいけるよ」


 微笑みながら固くなったチーズを飲み込む。

 それを見たタビーが、立ち上がってフライドポテトを口に入れた。


「モグモグ……オイ、シイ」


 立薗とハリーは顔を見合わせる。


 軽く肩を竦めると、立薗はハリーに問いかけた。


「コーヒーを淹れ直すわ。ハリーもどう?」


「……お願いするよ。ほら、ボブもどうだい?」


 ゲッソリしていたボブの肩に手を添えるハリー。

 ボブは薄く笑いながら、丸いお腹をゆっくり撫でた。


「ははは……戻しちゃったから食べ直そうかな」


 そう言うとイスに座り直し、大皿に盛られたチキンを取ってガブリとかぶりつく。

 焚川はその様子を見て、目を細めた。


「フン、ワタシは失礼するワ」


 手のひらで払う仕草をして、そのまま部屋へと戻る。

 その背中に迷子が呼びかけた。


「あ! 焚川さん!」


「なぁに?」


「エイリアンに気をつけてくださいっ!」


「はぁ?」


「ステーションのどこかに潜んでいるかもしれないのでっ!」


「フン……映画じゃないんだから」


「一応、念のためですっ!」


「――フフフ」


 そんな迷子に視線を向けた焚川は、口元に不敵な笑みを浮かべ、静かに口を開く。


「そうね。気をつけるべきだワ」


 妖艶ようえんな眼差しを送り、今度こそこの場を去った――

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