↓第33話 のこった、かのうせい。

 まだ頭の整理がつかない立薗は、手を引っ張られコントロールルームへとやってくる。

 もし屑岡が脱出を試みたとすれば、おそらく監視カメラにその姿が映っているはずだ。

 彼の行動を確認するためにも、迷子は立薗に協力を仰いだ。


「…………? これは」


 モニターの前でコンパネを操作する立薗の手が止まる。

 画像を巻き戻して、後ろに振り返った。


「才城様、これを」


「………………え!?」


 映像を観た迷子は息を呑む。

 さっき西側通路へみんなを呼びに行ったときの映像だ。

 うらら、焚川、屑岡の部屋を回って迷子が中央フロアに帰ったあと、屑岡の部屋のドアがゆっくりと開く。

 中から出てきたのは、宇宙服を着た屑岡だった。

 辺りを警戒しながら、西側のモジュールへと移動している。


「おいおいちょっと待って、これって彼が単独で行動したって証拠だよね?」


 後ろで観ていたパクが、思わず前に出る。

 腕時計をいじりながら、少し興奮した様子だった。


「やっぱり脱出を試みたんじゃないかな? 試作段階とはいえ、救命艇を使えば脱出できるかもしれない」


 パクの言葉に、しかし立薗が難色を示す。


「どうでしょう……テスト段階の船を動かそうとするでしょうか?」


「でも、可能性はゼロじゃないんでしょ?」


「とはいえ安全に動く保証はありません。社長もそれをわかっていたはずです」


「それだけ追い詰められていたってことじゃない?」


 立薗とパクのやりとりを聞いていた迷子が唸る。


「う~ん……」


「ねぇ、メイコさんはどう思う?」


「う~ん……」


「メイコ……さん?」


「わたし西側のモジュールを見てきます!」


 そう告げるとコントロールルームを飛び出していった。

 モジュールの中はカメラがないので、実際に見ないと何があるかわからない。

 手掛かりでも見つかればいいのだが……。


「――あ」


 すると扉を出たところで、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

 ボブに肩を貸したハリーだった。

 嘔吐したボブをトイレにつれていくところだ。


「ちょっとストップです!」


「ミズ・メイコ。どうしたんだい?」


「ハリーさんに質問なんですが、わたしがうららんたちを呼びに行っている間、誰か南側通路に移動した人はいましたか!?」


「いや、誰も。私はずっとあそこで準備していたし、誰か通れば気づいたはずさ」


 だとすればやはりおかしい。

 凶器となる槍を持ち出した人物はいないことになる。

 しかし実際、槍はなくなっていた。

 犯人はどうやって南側通路に出入りしたのだろう?


「ありがとうございましたっ!」


 迷子はお礼を言うと、再び西側通路へ駆け出す。

 パクもあとを追った。

 その道中で、迷子はとある懸念を懐く。


「ハァ……ハァ……」


 西側モジュールに到着した迷子は、膝に手を突いて辺りを見渡す。


「…………最悪です」


 しばらくしてから、懸念が的中したように声を漏らした。

 少し遅れてパクがやってくる。


「ハァ……ハァ……。どうしたのメイコさん?」


「ないんですよ……」


「え?」


「ひとつも……ないんです」


「ないって、なにがだい?」


「血痕です。殺害した際に飛び散った、血のあとです」


 モジュールで屑岡が刺された場合、ここにはおびただしい量の血痕が見つかるはずだ。

 ところがここにはなにもない。

 血の痕どころか、ニオイさえも。


「どうしましょう、ここが殺害現場じゃないなら、屑岡さんは宇宙空間で殺されたことになります……」


「えと……つまり?」


「誰が槍を刺したんです? あの状況で、誰にそんなことができたんです?」


 誰にも見つからず中央フロアを通り、凶器を持ち出して外に出た屑岡を殺す。

 そのあと何ごともなかったように、シスタークリムゾンに戻り、何食わぬ顔で乗客を演じる。

 宇宙服に着替えるだけでも時間を喰うことを考えれば、乗客にそれができたとは思えない。


「わかりません。犯人はどうやって……」


 迷子は頭をかかえる。

 こんな離れ業を、いったい誰がやってのけたというのか?


「…………」


 考える。

 考える……が。

 考えたくない一つの可能性に目を向けてしまった。


 人間にできなければ、人間以外がやったのではないか?

 半ばフィクションのたぐいと認識していたが、この状況では疑わざるを得ない。


 エイリアン。


 つまりパニック映画に登場するようなモンスターが、すぐそばまで迫っているのではないかと。

 今回の殺人を、実行したのではないかと。


「…………」


 迷探偵は沈黙する。


 どこまでも深い思考の闇は、果てない宇宙のように彼女をさまよわせた――

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