↓第30話 しばしの、きゅうそく。

「そうか、ありがとう」


 迷子はフロアに戻って、ハリーに報告する。

 のちほど西側通路のみんなには、ハリーから改めて連絡することになった。

 一方、うららが爆睡していることに関しては、フロアの電話を使い、迷子が倉庫のゆららへと伝言を残す。

 仕方がないと理解を示し、引き続き監視役をゆららが務めることになった。


「それじゃあ、ひとまずわたしも手伝います。料理はキッチンに?」


「ああ、ボブが作ってるよ。ミスター・タビーも一緒さ」


「わかりました」


 ハリーの言葉を受けて、迷子も食事の準備に取りかかる。

 おいしそうな香りが漂う中、すぐに時間は過ぎた。


 ――数十分後。


 配膳を終え、とりあえず集まったメンバーが席に着く。


「わーい! いっただっきまーす!」


 目の前に並んだ食事に、迷子は瞳を輝かせた。

 ピザのほかにフライドポテトやチキンなど、シンプルな料理が並ぶ。

 宇宙ステーションで食べるということもあり、なんだか特別なご馳走のように感じた。


「あ、サーヤ!」


 チキンを頬張ったボブが視線を向けると、そこに立薗がいた。

 仕事を終えてやってきたようだが、目頭を押さえてぐったりしている。

 相当疲れているようだった。


「ちょうどはじめたばかりだよ。さぁ、席について」


 ボブがイスを引いて立薗を座らせる。


「ありがとう」


「今、熱いコーヒーを淹れるよ」


 ボブはその足で、備えつけのコーヒーメーカーのもとへ向かった。

 フロアの壁際には、金や銀で装飾されたティーカップと使い捨ての紙コップが並べてある。

 ティーカップにコーヒーをそそいだボブは、それを立薗の前に差し出した。


「はい」


「……――」


 立薗はコーヒーを口に含むと、重いため息を吐いて軽く愚痴をこぼした。


「お皿が端末に見えてきたわ……もう仕事はゴメンね」


「お疲れ様。なにか食べなよ」


 気遣いながらハリーが声をかける。


「そうね。軽いものでももらおうかしら。って、社長は?」


「ああ、まだ部屋にこもってるみたいだよ」と、ボブがチキンを頬張りながら返答する。


「ハァ……まったく」


 立薗はまたコーヒーを一口含む。

 その苦い表情から察するに、彼女の屑岡に対する不信感が高まっている様子が窺えた。

 早く出てきて隠していることを話してほしい。

 そう思っているのは、おそらく立薗だけではないはずだ。


「そういえば他のみなさまは? それにこれ……」


 立薗は破損した箱型の空調機器に目を向ける。


「ああ、言うのを忘れていたね。実はさっき――」


 ハリーは先ほど起こったゆららとカティポの戦闘について話す。

 その結果、空調機器が破損して液体が漏れた。

 それだけでなく、アリスがプリンセスと名乗る怪盗だったという事実まで明らかになる。

 いきなりそんな話を聞かされたところで、立薗の理解が追いつくはずもない。


「……ごめん、コーヒーをもう一杯いただくわ……」


 次から次へとトラブル続き。

 秘書の頭痛の種は尽きない。


「やぁ、ごめん。もうはじまってるね」


 そこにやってきたのはパクだった。

 ようやく映画を観終わったようで、満足した表情をしている。


「遅かったですねパクさん」


「やぁメイコさん。『スティーブン・マクフライ』作品を観てたんだ。最高だよ。少年心をくすぐる展開と心温まる愛がある」


「でしょ! でしょ!? フフン、パクさんも見る目がありますね」


「ハマったよ。早く続きが観たい」


 映画の余韻に浸りながら、パクはテーブルを見渡す。


「――というか、すごいご馳走だね」


「おいしいですよ? アツアツのできたてです!」


 迷子は口の周りにソースをつけたままピザを頬張る。

 そんな中、立薗が飲むコーヒーの香りがパクの鼻孔をくすぐった。


「じゃあ、僕もそれをもらうよ」


 そしてコーヒーメーカーのもとへと足を運ぶ。

 ティーカップが目に入ったが、となりにある紙コップを取ってコーヒーを注いだ。


「集まったのはこれだけ? ほかのみんなは?」


 カップに口をつけたまま、パクは問う。


「まぁ……見てのとおりさ」


 ボブは気まずそうに言葉を濁した。

 さっき戦闘があったという事実を、また説明するのは大変そうだ。


「あ、そうだ。ミズ・ユララたちにも食事を持っていかないと」


 ボブはチキンを飲み込んで立ち上がる。

 見張りに神経を使ってばかりでは、お腹も空くだろう。

 その様子を見て、迷子も声を上げた。


「それならわたしが行ってきます。様子も気になることですし」


「そうかい。じゃあ頼もうかな」


 迷子はさっそく料理を皿に盛りはじめる。

 それをトレーの上に並べると、北側通路へ向かった。


「ゆららん大丈夫ですかねぇ……」


 殺し屋と怪盗の面倒を見るなんて、不安でしかない。

 余計なトラブルが起きていないことを祈りながら、迷子は歩みを進める。


 ――が。


 彼女が中央フロアを去ったこの僅かな時間。

 食事会を楽しむみんなの頭上に、目を背けたくなるような恐怖が迫っていた――

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