↓第26話 りみっと・ぶれいく。

 ボブは頭からシャツまで真っ赤に染まっていた。

 ひょっとして第二の犯行が行われたのかと思い、慌てて迷子は駆け寄る。


「たいへんです! 早く手当てを!」


「ん? ああ、これかい? 大丈夫、トマトソースだよ」


 ボブは頭についたソースを指ですくって舐めてみる。

 満足気に目を細めて親指を立てた。


「……え、どういうことです?」


「あ、いや、違うよ!? 食べたくて頭から被ったワケじゃないから!」


 ボブはハッとしてかぶりを振ると、


「そんなことより大変なんだ! 説明してるヒマないから、とにかくこっちへ!」


 迷子の手を掴み、キッチンへと連れていく。

 二人が入り口に立った瞬間、まるでUFOみたいにお皿が飛んできた。


「ひゃはははは! やっぱサイコーだぜこの船はぁ~! 『バルチカ』置いてるなんていいセンスしてるぜぇ~!」


 お酒の缶を呷りながら、カティポが頬を赤らめている。

 どうやら彼女が酔った勢いで食器を投げているようだ。

 飲んでいるのはバルチカと呼ばれるビール。

 ロシアのお酒で、缶に0~9の数字が表記されている。

 数字が高いほどアルコール度数が高く、カティポの足元には9番の缶が散乱していた。


「寝酒はないかっていうから冷蔵庫を案内したんだ。そしたらあっというまに数本飲んじゃって……」


 ボブが震えながら答える。


「迷惑な毒グモさんですね。飲んだら飲まれるな、です!」


 調理台の下に隠れながら、迷子たちはカティポの様子を窺う。

 正面ではアリスが飛び交う食器をかわしながら、両手で持ったピザを器用に口へと運んでいた。


「おいしいですねー! 絶品ですねー! 毒グモさんもいかがですかー?」


「あァン? ツマミはいらねぇよ」


 カティポは空になった缶を投げて口元を拭うと、


「それよりも気分がいい。なぁNINJA、アタシとヤろうぜ?」


「――んもう! やってるじゃない!」


「ひゃはは! これからもっと激しくなるぜぇッ!」


 気分がかなり高揚しているカティポ。

 彼女の視線の先には、腕をかばったゆららの姿があった。


「ゆららん!? どうしたんです!?」


 ボブは飛び出そうとした迷子を引き留めて、


「酔った彼女を止めようとして負傷したんだ! ボクたちの手には負えないよ!」


 ブルブルと首を振った。

 腕の調子が悪かったところに、酔った勢いの一撃が入ったらしい。

 ゆららが本気を出せない今、暴れるカティポを止めるのは容易ではなかった。


「マズイですね、こんなときうららんがいたら……」


 部屋で爆睡するディス・イズ・ニンジャの顔が浮かぶ。

 しかし、もう彼女はあてにならないと割り切って、迷子は立ち上がった。


「迷ってる場合じゃありません。わたしが止めにいきますっ!」


「ちょ、ミズ・メイコ!?」


 ボブの手を払いのけ、勢いよく飛び出す。

 飛来する食器を潜り抜け、迷子はカティポの正面で両手を広げた。


「やめなさい毒グモさん!」


「あァン? どけよチビ」


「チビじゃありません! これ以上ものを壊すとおやつあげませんよ!」


「ハン、誰がテメェの言うことなんか聞くかよ。アタシが興味あるのは後ろのNINJAだけだ」


「おとなしくしてください! いい子にしたら、あとでサインをあげます!」


「邪魔だ。なんならオマエから――」


 苛立ちをあらわにするカティポを前に、迷子は一歩も下がらない。

 虚ろな視線でフラつくと、床の缶を小突き――


「――消えな」


 カティポは一瞬でその間合いを詰めた。

 迷子の認識を置き去りにして、毒グモの一撃が眼前に迫る。


「メイちゃん!」


 と、同時。

 神速の抜き足で体を入れ替えたゆららが前に出る。

 迷子の代わりに一撃を捌くと、空気が破裂するような振動が肌に伝わった。


「のわぁっ!」


 後方に投げ飛ばされた迷子。

 それをボブがキャッチする。


「だ、だいじょうぶ!?」


「うぅ……なんとか。でも――」


 ダメージがひどいのか、ゆららの表情が僅かに歪んでいる。

 明らかに押されているのが見てとれた。


「安心してメイちゃん。毒グモさんは私が倉庫へ連れて帰るわぁ」


「ゆららんっ!」


「オイオイ、ぬるいこと言うなよ。アタシは身体がアツいんだ。もっとヤらないとおさまらねェ」


 二人の会話にカティポが割って入る。

 息を荒げて、ゆららを凝視した。


「いいかげんにしてください毒グモさん! 今はこんなことしてる場合じゃないんですよ!」


「うるせぇなチビ……やっぱおまえからヤっちまうか?」


「メイちゃんに触れることだけは許さないわぁ」


 三人の間で視線が飛び交う。

 カティポはゆららにこう言った。


「あァン? どうしてもアタシとヤらねぇのか?」


「ええ」


「どうしても?」


「ええ」


「……そうか」


 すると軽く頭を掻き、スッと目を見開く。


「それじゃあ……、これならどうだァッッ!?」


 軽く姿勢を屈めたかと思うと、カティポは煙のようにゆららの前から姿を消す。

 地面を蹴っての瞬間移動だ。

 もはや人間離れした神業。一瞬で距離を詰めて、迷子の前に姿をあらわす。


「――わわっ!!?」


 そして彼女の身体を肩に担ぎ、あっというまにキッチンルームから出ていった。


「ちょ、わああぁぁーーーッ!!」


「メイちゃん!!」


 迷子はさらわれた。

 ゆららはあとを追い、隠れていたボブも驚いて立ち上がる。


「た……たいへんだー!!」


 すぐさま追いかける彼を横目に、アリスは両手のピザを口に放り込んだ。


「ピンチですねー! 追っかけるですねー!」


 そして部屋を飛び出す。

 カティポは中央フロアに入り、続いてゆららも扉を潜った。


「――――!」


 すると正面でカティポが待ち構えている。

 迷子を抱えたまま、不遜な笑みを浮かべていた。


「ハハッ! こいつを返してほしかったらアタシとヤれ!」


 そんなことを言うカティポ。

 フロアにいたハリーは混乱する。

 突然入ってきて戦闘を要求するなど、わけがわからない。


「おちついてミズ・カティポ。ここで争ってはいけない」


「あァン? だまれノッポ。どこでヤろうがアタシの勝手だ」


 ハリーは囚われている迷子を視認し、人質にされているのだと悟った。


「ミズ・メイコを離すんだ」


「ハン! 知るかよ!」


 なるべく刺激しないように語りかけるが、カティポは聞く耳をもたない。

 ゆららも努めて冷静に説得を試みる。


「やめなさい。今はそんなことしてる場合じゃないでしょ?」


「ならヤれよ。ここなら充分だろ?」


 ゆららに対し、カティポは両手を広げてアピールする。

 戦闘するには充分な広さだと言いたいようだ。

 迷子はカティポの肩で暴れるが、彼女はそんなこと歯牙にもかけていないようだった。

 瞳は常にゆららを見据えている。


「……わかったわぁ」


 やむを得ない状況と判断したゆららは、ゆっくりと腕の力を抜いた。

 だらんと上半身を屈める独特の構えに、辺りの空気がピリッと張り詰める。

 苦楽園流暗殺術の、戦闘態勢だ。


「いいぜぇ」


 それを見たカティポはニヤリと口角を上げる。


「ヒャハハハハハハハー---ッッッ!!」


 高笑いと同時に、迷子は空中に放りだされた。

 カティポは目にも留まらぬ速さで、ゆららとの間合いを詰める。


「メイちゃん!」


 地面に落下する迷子。

 このまま見過ごすことはできないが、しかし助けにいけば確実にスキを作ることになる。


「…………クッ!」


 ゆららは奥歯を噛み締めた。

 下手をすれば自分は死ぬかもしれない。

 しかし、迷ってる場合ではなかった。

 なによりも主人を助けることが自分の使命だと心に決めて、その覚悟を瞳に宿す。

 風を切るような跳躍力で、ゆららは迷子のもとへと駆け出した。


すくいますよー! 救いますねー!」


 と、そんなとき。

 場違いに明るい声が、ゆららの前を横切る。

 とてつもない速さで飛び出したそれは、落下寸前の迷子をスライディングキャッチした。


「あ……アリス……さん?」


 迷子が驚いて目をパチパチ瞬いていると、アリスは「ニヒヒ」と怪しく肩を揺らす。


「さぁ、ゆららさん。こっちに構ってるヒマはないですよ?」


 そんなことを言うアリスに反応して、ゆららは瞬間的に思考を切り替えた。


「ハハハハ! いいぜ、いいぜェッ!!」


 音速で飛んでくる蹴り、蹴り、蹴り。

 そのすべてを目にも留まらぬ速さで捌いていくゆらら。

 その攻撃は酔っているとは思えないほど的確だった。

 脚の先端は毒グモの牙のように鋭い。

 喰らえば一撃で人体をむしばみ、死に至らしめる経穴けいけつばかりを狙ってくる。

 少しでも捌く速度が遅れたら、瞬きする間に神経を刈り取られ、ゆららは二度と目覚めないだろう。


「クッ…………ッ!」


「どしたどしたあァァッ!! 早く捌かねぇと死んじまうぜェッ!!」


 なおも蹴りの速さは増していく。

 それなのに息ひとつ切らさずに動き続けるカティポの身体能力とその体力は異常だ。

 完成された暗殺マシーンを前にして、負傷した腕をかばいながらゆららは押される。


 マズイ。


 このまま長期戦になれば、確実にやられる。


「オラあァッ! イッちまうぞあアアぁぁァァッッ!!」


「……ッ、こうなったら……」


 ゆららは表情を引き締め、相手の攻撃に集中する。

 いつもは笑っている細いまぶたが薄っすらと開き、蹴りの引っ込むタイミングを見極めた。


 ――と、次の瞬間、


暗鬼絶殺あんきぜっさつ・『天鷽あまうそ』」


 その刹那。

 ゆららは音も立てずに相手の懐に飛び込む。

 肩の関節から指の先までを鞭のようにしならせると、その両手から掌手が放たれた。


 ――ズドンと。


 相手の脇腹に、突き上げるような一撃を叩き込む。


「――カハ……ッッッっ!!」


 床から数センチ浮いたカティポの身体。

 彼女は脳みそを揺さぶられたような感覚を覚え、視界がブレた。


「う……ググ……ッ!」


 警戒してゆららから一旦距離を取り、ゆっくりと息を吸い込む。

 自分の胸元をそっと撫で、薄笑いを浮かべた。


「……へへ、やるじゃねェか」


「そちらこそ。っていうかなんで喋れるのぉ?」


「ハハッ! 肺を殺したんだろ? たしかにイッちまって酸素が入んねェ」


「そのわりに平気そうねぇ」


「まぁな。5分程度なら無酸素で戦える」


「……あなたサイボーグぅ?」


「うるせェよ。んじゃ、次はこっちの番だぜェ!」


 カティポは自分の稼働時間を計算した上で、早急に勝負を仕掛けてきた。

 無呼吸状態でのダッシュ。

 大振りな一撃で、ゆららを仕留めにかかった。


「オラァッ!」


 誤魔化しなしの前蹴り。

 ノーモーションからの鋭い脚の先端が、突如として目の前に繰り出された。


「……ッッ!!」


 常人なら間違いなく即死だった一撃を、しかしゆららは神がかった反応速度でガードする。

 クロスした両腕は槍のような蹴りを受け止めるが、皮膚から筋肉へと貫通する力の波が、毒のように神経をむしばんでいった。


「グッ……!!」


「へへ、効いてるな。んじゃもういっちょ!」


 カティポは身体を大きくひねると、その反動を利用して今度は大振りの回転蹴りを繰り出す。

 ひるんだゆららはそれをかわすことができず、両腕を身体の前に出し、なんとか防御することで精いっぱいだった。


「うおりゃあああぁぁアアアァァァー--ッッ!!」


 強引な力技で繰り出されたカティポの回転蹴りは、ゆららの身体を豪快に吹っ飛ばす。

 まるで映画のワイヤーアクションのように、放物線を描くゆららの身体。

 フロアに設置していた巨大な空調機器に、おもいっきり背中から激突した。


「――カハ……ッッ!!」


 空調機の側面は大きく凹み、中から液体が漏れ出す。

 ゆららは口からかすれた息を吐き出し、そのまま床にくずおれた。


「へへ、やっぱ最高だよオマエ」


 もう動けないであろう彼女を見下ろし、カティポは嬉しそうに舌なめずりする。

 そして片脚立ちになると、「じゃあな」とトドメの一言を添えてもう片方の脚を垂直に振り上げた。


「ゆららあぁぁぁァァァー--ん!!」


 迷子は叫ぶが、カティポを止める力もなければ、駆けつけて間に合う時間もない。

 脚が振り下ろされると同時、鈍い音が響いた。

 ゆららの頭蓋が砕かれる音だ。

 辺りに真っ赤な鮮血が飛散して、誰もがその光景に絶句する。


「…………!!!!」


 放心状態になり膝をつく迷子。

 ハリーは唖然と立ち尽くし、ボブは衝撃のあまり気を失ってしまった。


「キャハハハハァ!! 最ッっっ高だぜェッッ!!」


 興奮が抑えきれずに高笑いを撒き散らすカティポ。

 トドメを刺した感触を確かめるように、自らの身体を強く抱きしめる。

 この快感を脳裏に焼きつけようとするように、彼女は見開いた目をゆららの死体に向けた。


「…………あァン?」


 おかしい。


 すぐに違和感を覚えた。

 そこにあるはずの死体が……ない。

 自分の仕留めた獲物を確かめるように、カティポは瞬きして目を細める。

 死んだはずのゆららがいた場所には、大胆に凹んだトマトホールの缶があり、辺りにはその中身が豪快に飛び散っていた。


「クックックックッ。れでぃーす・あ~ん・じぇんとるめ~ん!」


 背後から女性の声がした。

 カティポは振り返る。

 それはアリスだった。

 ゆららをお姫様抱っこして、クツクツ肩を揺らしながら笑っている。


「どういうことだァ?」


 カティポは睨みを利かせる。

 いつの間にトマト缶とすり替えたのだろう?

 その場にいた迷子やハリーも、手品を見ているような視線でアリスを見つめた。


「ゆららん……? ゆららん!!」


「やーやー安心してください。彼女は無事です。とりあえず下ろしましょうかねー」


 駆け寄った迷子にゆららを渡すと、アリスはカティポに向き直る。


「さぁ、お遊びはここまでです。余興はこのくらいにして、地球に還る方法を一緒になって考えましょう」


「あァン? ふざけんな。人のケンカに手ェ出して、タダで済むと思ってんのかァ!?」


「ノンノン。ふざけている場合ではないのです。今こうしている間にも、殺人鬼がわたしたちの首を狙っているのですよ?」


「関係ねェ。アタシは強いヤツとヤれたらそれでいい」


「はぁ、オツム入ってるんですかー? 今は異常事態なんですよー?」


「ザコに興味はねェ。――が、邪魔するんなら仕方ねェ。アタシとヤろうってのか?」


「いいんですかー? ダイジョブですかー?」


「ハン! いい度胸だ! 大口たたきやがって。恨むんなら自分の非力さを恨みながら死ぼがガホハッ……!?」


 カティポは喋りにくそうに口をモゴモゴする。

 気づいたたらできたてのピザを咥えていた。

 思わず手で掴み、伸びたチーズをきょとんとした目で見る。


「いけませんねー、いけませんよー。お腹が空いているとニンゲン機嫌が悪くなるんですよねー」


「……てめぇ、なにしやがったァ?」


「ピザをあげただけですねー。ついでに飲み物もどうですかー?」


 アリスはおどけるようにその場でくるくる回る。

 挑発されたと思ったカティポは、牙を剥き出しにして猛犬のように襲い掛かった。


「てンめェ……ッッッ!!」


 しかし飛び出した瞬間。

 カティポはものすごい勢いで転倒した。

 脚や胴体にまとわりつく違和感……。

 藻掻きながら自分の身体に目を向けると、いつのまにかロープが幾重にも巻きつけられていた。


「なっ……なんだアァッ!!?」


「とにかくおとなしくしてください。今は争ってる場合じゃないのです」


「てんめぇェェェ……ッ!!」


 ロープを縛ったのはアリスだろうが、どんな手を使ったのかわからない。

 その場にいた迷子たちも、目の前で起こっている状況を理解することができなかった。


「少しそこでおとなしくしてください。え~、それではみなさん! 一旦この場を片づけて作戦会議を――」


 アリスが振り返ってみんなに語りかけようとしたそのとき。

 身体を縛られているにもかかわらず、カティポは片脚だけの力で跳躍する。


「死ねえエエぇぇぇェェェー--ッッ!!!」


 落下のスピードをそのままに、鎌のように振り下ろされた瞬足の蹴り。

 その斬撃はアリスの首を跳ね飛ばした。


「――――!!」


 迷子もハリーも、もはや言葉が見つからない。

 床にゴロンと転がったアリスの首は、喋っていたときの表情のまま固まっている。


「チッ……弱ェ」


 つまらないといったふうに嘆息するカティポ。

 また人が死んだ。

 事件とは関係ないところで、殺人が起きてしまった。

 なにもできなかった無力さと、現場の混乱が入り混じって迷子は放心状態になる。

 虚ろな目で、残ったアリスの胴体を見つめた。


「…………?」


 なにか様子がおかしい。

 よく見ると床に血が散乱していない。

 それに胴体にも出血のあとがなく、なぜか一本の導火線が繋がっていた。


『クックックッ。クライマックスはこれからですよー!!』


 そして吹っ飛んだ首がぐるりと振り返り、カタカタと揺れながら喋った。

 迷子が思わず息を呑んだ瞬間、


『ひゃッハァー--!!!』


 ドーンと。

 アリスの身体は爆散した。

 死体は作り物だったのか、周囲にカラフルな紙吹雪が舞い、爆発のフラッシュがカティポの目をくらませる。


「なッ……なんだァ……ッ!!?」


「フッフッフッ、おどろきですかー? おどろきですよねー? 楽しんでいただけましたかー?」


「てんめェ……ッ!!」


「あんまり動かないほうがいいですよー。そろそろあなたの身体は「おネム」の時間ですからねー?」


 無酸素での戦闘を繰り広げ、もう5分が経過しようとしていた。

 アルコールを摂取して暴走した結果、カティポはムダな動きの連発による余計な体力を消耗していた。


「お、おまえは……」


 目をかばうようにしてフラッシュの向こうにいるアリスに語りかけるカティポ。

 しかしそこにいたのは別人だった。

 袖の長い白衣も、度数の高いメガネも、一つに結ったポニーテールも。

 そこにはなにひとつない。


 彼女の髪の色はセンターで左右に別れ、瞳の色もまた左右で異なっていた。

 王様のようなマントをひるがえし、高笑いを響かせると、


「わたしの名前は『プリンセス』」


 ――以後、お見知りおきを。


 そう言って静かに一礼し。

 彼女はニヤリと顔を上げた――

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