↓第24話 あいかわらず、しごとです。
「どうしました才城様?」
迷子が部屋を訪れると、立薗がタブレット端末を持って現れた。
ネットは繋がらないが、あいかわらず仕事をしていたようだ。
「お忙しいところすみません。事件のことで少しお話を伺いたいのですが」
「……わかりました。どうぞ」
立薗は迷子を招き入れる。
イスに座ると、丸いテーブルを挟んで二人は向かい合った。
「さっそく本題から入りましょう。立薗さん、4年前の
「ひょっとして事故死のことをご存知で?」
博士の名前に、立薗が反応する。
「はい。先ほどパクさんから伺いまして」
「……そうですか」
立薗はメガネの位置を直して姿勢を改めた。
「その件についてはなんとも……お力になれるかどうか」
「空木博士が亡くなった日に屑岡さんも日本にいらしたそうです。秘書のあなたは一緒じゃなかったんですか?」
「はい。わたくしが入社したのは2年前で、実は当時のことをよく知らないんです」
立薗は申し訳なさそうに下を向く。
「だとしても前任の秘書からなにか聞いていませんか? 屑岡さんのプライベートな用事だったとか?」
「申し訳ございません。前任の者は依願退職したようで、直接会ったとこがありません。仕事や引き継ぎに関しても別の者から教えられて……当時の事件もニュースや同僚から状況を窺った程度なんです」
「前任の秘書は依願退職ですか……」
迷子は一回、呼吸を挟む。
「それでは質問を変えます。最近、屑岡さんの様子がおかしかったり、あやしい行動が目立ったりしていませんか?」
「そうですね、特にそのようなことはございませんが」
立薗は少し考えてから、
「――ただ、気になることがあります」
「それは?」
「…………」
立薗は言い淀んで目を伏せる。
しかし「才城様になら」と呟いて、タブレット端末の画面を見せた。
「こちらを」
「?」
「屑岡のスケジュールです」
「くれぐれもご内密に」と釘を打って続ける。
そこには彼の予定が分刻みで表示されてあった。
「多忙ですね。シスタークリムゾンの視察にメディアの取材……えと、映像関係の資料提供というのは?」
「はい。本社は独特な外観の建物や宇宙ステーションを所有していますので、ゲーム会社や映像関係の企業が視察に来るんですよ。要はロケハンです」
つまりアストロゲートの私有地が、創作物の資料として活用されている。
それをもとに映画の背景や、ゲームのマップなどが作られるのだ。
迷子は砂の大地にそびえる近未来的な本社の建物を思い出す。
確かに創作物にぴったりなビジュアルだった。
「なるほど、アストロゲートは宇宙事業や半導体など幅広い事業を展開されていますね。それと……このスケジュール欄に内容が明記されていない箇所はなんですか?」
迷子は画面を指す。
「ああ、これは屑岡が打ち合わせをする時間です。宇宙開発のことでブラック様と会合の場を設けてありますが、詳しいことはわかりません」
「立薗さんは同席されないんですか?」
「このときばかりは秘書でも同行が許可されていないんです。屑岡から厳命されています」
「ん~、極秘プロジェクトとかですかね?」
聞くところによると、本来なら今回も打ち合わせをする予定だったらしい。
特に今日は大事な会合だったらしく、しかし内容まではわからない。
「宇宙事業の仕事か、あるいはパクさんの言うことが本当なら、兵器転用の商談かもしれませんね……」
「え?」
「失礼ですがブラックさんに関してよくないウワサを耳にしています。屑岡さんと
「……それはないと思いますが――」
立薗は少し考えるが、
「でも、今は少し疑問です」
深いため息を落としてから、こう続ける。
「正直よくないウワサは耳にしていました。宇宙機器の企業は表向きの顔だと。ですが根拠がありません。仕事自体はまっとうでしたし、今までトラブルが起きたことは一度もありませんでした。ですが今回ブラック様は殺され、屑岡は部屋にこもりました。殺し屋まで関与していたとなると……わたくしはなにを信じればいいのか」
立薗は困ったように頭をおさえる。
かなり参った様子が窺えた。
「ちなみにですが、屑岡さんとブラックさんの付き合いはどのくらいで?」
「おそらく長いと思います。少なくともわたくしが入社したときにはもう」
「あの毒グモさんも当時から一緒だったんですか?」
「毒グモ……ああ、あのカティポという方ですね? いいえ、以前は男性の方が一緒でした」
「男性、ですか?」
「はい。秘書のようでしたがすごい殺伐とした雰囲気の方です。……こんなこと言うのもなんですが、フツウじゃない感じがしました」
立薗は声をひそめる。
当時、ブラックの傍らにはスーツ姿の男性がいたらしい。
一見ただのインテリに見えるが、ビジネスマンという雰囲気でもなかったという。
話を聞いた迷子は考える。
「独特のオーラが出ていたと……もしかしてその人も殺し屋だったんですかね? だとすればブラックさんの裏社会説が濃厚になってきますが」
そこで立薗が、気まずそうに口を挟んだ。
「あの、失礼ながらわたくしからもよろしいでしょうか?」
「? なんでしょう?」
「その……才城様のご活躍は存じているつもりです。ニホンにおける犯罪の数々は、迷探偵の活躍により解決に導かれたと。SNSなどで拝見している次第です」
少し美化されている気もするが、だいたい合っている内容を口にする立薗。
「えへん! そのとおりです! わかりました、サインがほしいんですね? いいでしょう、いいですとも! わたしのとくべつイラストつきサインをあげま――」
「いえ、そうじゃありません」
あっさり拒否され、迷子は勢いを失う。
「つまり、その……うらら様とゆらら様は信用しても大丈夫……ですよね?」
立薗はチラリと視線を上げた。
迷子はハッとする。
ゆららは乗客の目の前でカティポの攻撃を受け流し、そしてシックス・アイの情報を公開した。
つまり立薗からしたら、メイドの二人も『フツウじゃない人』なのだ。
「あ、すみません……そうですよね、はじめての人からすればびっくりしますよね」
「申し訳ございません。才城家の関係者を疑うようなことを……」
「いいえ、こちらも気を遣うべきでした」
そう言うと迷子は、
「大丈夫です。うららんとゆららんはツフウじゃないですが、フツウ以上に頼りになるニンジャです!」
堂々と胸を張る。
「まかせてください、二人は犯人じゃありませんから」
「信頼しているんですね」
「はい。わたしが保証します!」
「……わかりました」
迷子の目を見て、立薗はうなずく。
そのとき、立薗が首から下げているペンダントがきらりと光った。
「そういえばそのペンダント……。ボブさんやハリーさんと仲がいいんですよね?」
「ええ、これですか?」
言ってペンダントを取りだす立薗。
「三人とも話が合うんです。まるで兄妹みたいに仲がよくって」
「へぇ、ちなみに立薗さんにご兄弟はいらっしゃるんですか?」
「弟が一人います」
言ってペンダントの表を開ける。
そこには古い写真が貼られてあった。
「わたくしの小さいころのものです。父、母、弟――そしてわたくしです」
「小さいころから可愛かったんですね。実家は日本ですか?」
「はい。アメリカ暮らしが長いですが……もうずいぶん家族には会っていませんね」
「そうですか」
立薗はペンダントを閉じる。
「ご協力ありがとうございます。今後の参考にしますので」
迷子はカタルシス帳を閉じ、お礼を言う。
「わたくしもできる限り協力します。困ったことがあればいつでもお申しつけください」
立薗が一礼すると、
「そうです、この質問を忘れるとこでした!」
迷子が思い出したように手を叩く。
「立薗さんの身長は何センチですか?」
「身長、ですか?」
「ブラックさんを槍で刺した犯人は背の高い人です。あるいはエイリアンの可能性が浮上しています!」
「え、えいりあ……?」
しばらく目をパチパチさせていた立薗は気を取り直し、
「えと……わたくしは160センチです」
「フムフム、ありがとうございます。それではお気をつけて。エイリアンはどこにいるかわからないので!」
注意を促して、迷子は部屋を去った。
「え、エイリアン……」
部屋の扉の隙間から、立薗はぼそりとつぶやいて、
「……大丈夫でしょうか」
ほんのちょっぴり、迷探偵に不安を覚えてしまうのだった――
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