↓第23話 にがてなジャンル、とくいなジャンル。

「パクさーん、ちょっといいですかー?」


 チャイムを鳴らして入り口のモニターに呼び掛けると、しばらくしてパクが出てきた。


『やぁ、メイコさん。聞き込みかい?』


「そうです。少しお時間よろしいですか?」


『うん、いいよ」


 扉を開けた彼は、迷子を部屋に招き入れる。


「どうぞ。ちょうどこれを見ていたんだ」


「おわ! なんですこれ!?」


 天井を見上げた迷子は思わず声を上げる。

 そこには燦々さんさんと降り注ぐ太陽の光があった。

 ガラス張りの壁の向こうには穏やかな海が広がり、一瞬、宇宙であることを忘れそうになる。


「まだ試してないかい? ステーションのガラスは特殊で、映像を投影できるんだよ」


 パクはベッドの枕元に備えつけてあるリモコンを手に取り、操作する。

 チャンネルを切り替えると、海の景色は清々しい高原や雪の降る大地の映像に変化した。


「同じ景色じゃ飽きちゃうでしょ。だからこういう配慮がなされているんだって」


 パクは部屋に置かれてある解説用の端末を取り、シスタークリムゾンの概要を読む。


「へぇ、すごいです……」


「ちなみに映画も映せるよ。ほら――」


 パクはヘッドフォンを耳にかけてリモコンを操作する。

 すると天井にSF映画が映し出された。

 凶悪エイリアンと戦うジャンルだった。


「うわー! わたし苦手です!」


「あ、ゴメン」


 パクは映像を切り替えて、説明を加える。


「視聴中にインターフォンが鳴れば画面に表示してくれるんだ。これなら安心してヘッドフォンが使えるよ」


「うぅ……怖いのはダメです。『スティーブン・マクフライ』監督作品がオススメです」


「マク? 誰だい?」


「今は無名ですけど、とてもいい映画を撮ります。彼の名はいずれ宇宙に轟くでしょう」


 迷子はドヤ顔で薦める。


「わかった。あとで探してみるよ」


 パクが頷くと、迷子は気を取りなおして本題に入った。


「では改めて、事件のことで少しお時間いただけますか?」


「ああ、そうだったね」


 パクはヘッドフォンを外す。

 テーブルのイスを引き、迷子を座らせた。


「せっかくだからお茶を淹れるよ。少し待ってて」


 彼は備えつけのティーサーバーを手に取る。

 すぐそばには食器棚があったが、しかしそこからティーカップを取らなかった。

 テーブルにティーサーバーを置いたあと、ベッドのそばに置いてあるキャリーケースを開ける。


「……?」


 迷子はその様子を窺う。

 パクはケースからコンビニで売っているような紙コップを取り出して、テーブルの上に並べ、お茶を注いだ。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 迷子は渡されたコップに口をつける。

 パクも一口飲んで、こう言った。


「もしかして犯人がわかったとか?」


「まさか。これからです」


「……そう」


 腕時計をいじりながら、彼は質問される体勢に入る。


「聞きたいことって?」


「まず一つ。ブラックさんが殺されたとき、機械音声が流れたのを覚えていますか?」


「えと、4年前の罪がどうとか言ってたね」


「わたしはそこに注目しました。あれを聞いたときの社長には、明らかな動揺が見てとれます。つまり心当たりがあるということです」


「うん」


「それを探ろうとしましたが、社長は口を閉ざしています。このままではらちが明きません。そこでパクさんにお願いです。4年前、社長の身辺でなにか特別なことがあったのなら教えてほしいのです」


「メイコさん、まるで僕がなにか知ってるみたいな物言いだね」


「あなたは世界で活躍するジャーナリストです。有名企業にスキャンダルがあれば、当然知っていてもおかしくはありませんよね?」


「…………」


「実は心当たりがあるんじゃないですか?」


 パクは紅茶を一口含み、静かに窓の外を見る。


「確かなことは言えないけど、4年前と聞いて思い当たる節は一つしかないよ」


「と、いうと?」


「『ウツロギ・マンジュ』を知ってるかい?」


「うつ? ひょっとして『空木万寿うつろぎまんじゅ』博士ですか?」


「そう、グラビニウムの第一人者で、シスタークリムゾンの設計者」


「たしか二十歳のときにアメリカに渡り、研究者である祖父のサポートを行ってきた、女性の天才博士ですよね?」


「うん、祖父が死んだあとも研究を引き継ぎ、やがてグラビニウムによる人工重力の開発に成功したのは有名な話だね」


「はい」


「ウツロギ博士には夢があったんだ。世界初の人工重力を備えた宇宙ステーション『シスタークリムゾン』を完成させること。しかしそこには大きな問題があったんだ」


「問題?」


「莫大な資金が研究に必要ってことさ。博士が資金繰りに苦労しているところに目をつけた屑岡は、グラビニウムの使用権と引き換えに、研究の支援をはじめたんだ。研究は継続され、お互いwinwinの関係が成立したってわけ」


「なるほど……で、これらのことが4年前の罪に関係していると?」


「本題はここからだよ」


 パクは言う。


「屑岡は人工重力を兵器に転用しようとしたんだ」


「!?」


「秘密裏に武器商人と商談を行っていたんだよ。さらには開発した兵器を流して、マッチポンプで紛争を仕掛けようとしているなんてウワサもある。先に言っておくけど証拠はないよ。屑岡はボロを出さないよう徹底しているからね。でも、ジャーナリストの界隈では黒いウワサが絶えないんだ。ウツロギ博士はそれを知らずに、契約を結ばされたわけ」


「そんな……博士は訴えなかったんですか?」


「言ったでしょ、証拠がないって。これじゃあなにを言ってもムダだよ。仮にあったとしても、もみ消される可能性が高い」


 パクの取材によると、空木博士は同僚に相談を持ち掛けたことがわかっている。

 しかし証拠がない以上、巨大組織に盾突くことは難しく、深掘りするまで至らなかったようだ。


「まぁ、コントロールルームでの一件を見る限り、屑岡が黒だってことは確信に近づいたけどね」


「なるほど……毒グモさんが殺し屋とわかった以上、彼女を雇っていたブラックさんの企業がクリーンとは考えにくいです。そんな彼と付き合いのあった屑岡さんもまた然りということですね?」


「ああ、そしてそのブラックが問題の武器商人だろう」


 パクはそう言ってから、話をもとに戻した。


「グラビニウムが争いの火種になることを恐れた博士は、自ら行動を起こしたに違いない。まぁ、あくまで記者として推測の域を出ないけど、それが4年前に起きた死亡事故と関係している気がするんだ」


「…………」


「ちなみにウツロギ博士はアメリカを拠点に研究を続けていたんだけど、4年前に一度ニホンに帰った記録がある。偶然か否か、その日彼女は死体となって発見されたんだ」


「その現場というのは?」


「彼女の故郷だよ。時刻は夜、あたりはヒガンバナが咲き乱れる静かな墓地だった。そばには崖があって、そこから博士は転落したらしい。一応事故死というかたちで処理されているけど、僕には裏があるように思えてならないんだ」


「記者の勘――ってやつですか?」


「うん。ウツロギ博士は同僚に「家族の墓参りに行く」と伝えていたんだ。だけど彼女の家族はアメリカで寿命を迎え、ニホンに墓はない。だとすればいったい誰の墓を訪れたんだろう?」


「う~ん、適当な口実をつくったとか?」


「それも考えられるけど少し妙なんだ。その日、アメリカをってニホンに向かった人物がもう一人いる」


「もう一人?」


「屑岡だよ」


 ペンを走らせる迷子の手が止まる。


「彼の場合は仕事の経由で帰国して、その後、博士の故郷に向かっている。現地の目撃情報もあるんだ。ビジネスと関係ない町にわざわざ寄るなんて……おそらく博士と密会していたんじゃないかな?」


「なにか重要な話題が飛び出しそうな雰囲気ですね……」


「うん。もし博士が『兵器転用の中止』を訴えたとしたらどうだろう? この場所や状況にはなにかしらの意味があると思うんだ。密会の内容としてはあり得るかと」


「なるほど。ところが博士の存在を危惧した屑岡さんが手を下した。そう考えると帰国した日に転落死という不可解な事故にも説明がつきます」


 迷子は視線を宙に向ける。


「しかしなにか引っ掛かりますねぇ……」


「と、いうと?」


「この状況、博士はほかにも目的があったように思えるんですよね」


「どうだろう。ひょっとして本当にお墓参りにきたとか?」


「う~ん……ちなみに博士の家族はいなくても、親戚のお墓とかはあったりします?」


「その線も探ったさ。でも、あそこにそういったものはなかったよ。そうだな……別のものは気になったけど」


「別の?」


「当時ニュースを騒がせた家族のお墓があるんだ。まぁ、今回の事件とは関係ないと思うけど。え~っと……アカ……アカ、なんだっけ?」 


「アカ?」


「ごめん、漢字が苦手でよく思い出せないんだ。とにかくアカ……なんとかっていう名前のお墓だよ。有名な資産家の家らしくて、貿易の仕事で稼いでいたらしい」


「……それってどんなニュースです?」


「どうやらその家族が乗っていた貿易船が海賊に襲われたらしいんだ。戦闘に巻き込まれた一家は亡くなったらしく、あのお墓には3人の名前が刻まれてるよ」


「なんかその事件、テレビで見たような……ちなみに空木博士とは本当に無関係です?」


「そうだね。血縁関係はないよ」


「そうですか……」


 迷子は唸りながら頭を押さえる。

 なにかが記憶の隅に引っ掛かっているような違和感を覚えるが、その答えがわからない。

 一旦この話は置いておいて、話の筋を戻すことにした。


「とにかく今までの情報をもとにすると、4年前の罪は空木博士に関係がありそうです。こうなってくると彼女と親しかった人物が怪しそうですね」


「ああ。つまりは復讐の線だね」


 パクは紅茶をグイと呷る。

 迷子は走るペンを止め、質問した。


「シスタークリムゾンにそれらしき人物はいますか?」


「そうだね。仲のいい間柄となると、やっぱり同じ会社に勤める同僚が怪しい」


「すると現状では『立薗さん』『ハリーさん』『ボブさん』の三名ですか?」


「うん、でもハズレだった。取材した印象はただの同僚って感じで、復讐するほどの間柄とは思えないよ」


 パクは重いため息を吐く。


「あるいは警戒して関係を偽っているのかもしれないけど」


「う~ん、犯人に繋がる手掛かりはなしってことですか……」


「でも、諦めるのは早いかも」


「?」


「あの『殺し屋』はどうかな?」


「毒グモさんですか?」


「そう、あとで取材しようと思ってたんだ。ブラックの用心棒をしていたなら、彼についてなにか知っているかもしれない。もっともそこから屑岡や博士の真相に近づけるかは別問題だけど……可能性がゼロじゃあないと思うんだ」


「なるほど。のちに伺ってみます。なにか手掛かりが掴めるかもしれません」


 迷子はメモに『どくぐも、あやしい』と書く。


「あと、もうひとつ気になることがあるんですが……」


「なんだい?」


「屑岡さんの行いが事実だとすれば、世間を騒がす大ニュースになります。ひょっとしてパクさんが搭乗した理由って、彼の闇を暴くことだったんですか?」


 パクは目を伏せたあと、静かに窓の外を見る。


「それもあるけど……それだけじゃあない」


「ほかに目的が?」


「僕は純粋に宇宙が好きなんだ。わからないことだらけで、すべてが新鮮だ。ここで体験したことを、世界のみんなと共有したい。それに人工重力の発明なんて、それこそ奇跡だと思わない?」


 その口振りは、どこか少年のようでもあった。

 迷子は尋ねる。


「たしかに宇宙は魅力的ですが、リスクが大きいです。屑岡さんが空木博士の死に加担している場合、最悪パクさんが命を狙われてもおかしくないと思うんです。実際、こうして殺人が起きたわけですし」


 パクは一度瞳を伏せる。


「そうだね。殺し屋が出てくる時点でフツウじゃないよ。でも、だからといって僕が取材を辞める理由にはならないよ」


「なぜそこまで?」


「…………」


 しばしの黙考を挟み、パクは口を開く。


「姉を探しているんだ」


「え?」


「僕には姉と弟がいてね。昔、姉は父とケンカをして家を出ていったよ。些細な言い争いだったんだ。それから姉は家に帰ってこない。今はどこでなにをしているのかさっぱりさ」


 宇宙の彼方に光る星を見つめながら続ける。


「ジャーナリストになれば姉さんに会えると思ったんだ。世界中を飛び回って情報発信していれば、いつか記事を見てくれるかもしれない」


「…………」


「そんなことをしていたらいつの間にかこうなってた。ハハ、姉さんに会うにしても、今はここを出ないとね」


「迷探偵には期待しているよ」――軽口を叩くように、パクはそう言った。


「……わかりました。質問は以上です」


 紅茶を飲み干して、迷子はイスから立ち上がる。

 部屋を出る際、パクに振り返ってこう言った。


「そういえばパクさん、シスタークリムゾンのどこかにエイリアンが潜んでいるかもしれません。一人で行動するときは気をつけてください」


「は……え?」


「食べられたら大変ですよ!」


 そんなことを本気で心配する迷子に、


「はは、わかったよ」


 彼は頭を掻きながら苦笑いをこぼす。


「それではまた」


 迷子は扉の前で一礼して、パクと別れた。

 事件の進展があることを願いながら、迷探偵は立薗の部屋に歩みを進める――

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